表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

320/446

レベル1へ

 椅子に座るアイナ。

 

 それに対し、インベントは床に正座している。

 そしてインベントの左手は、アイナの右手を握っている。


 なんとも言えない、まぬけな構図である。


(なんでアタシがこんなことしなきゃならねえんだよ……。

 かったるいことこの上なし)


 視線を動かすと、目を輝かせ、期待に胸を膨らませるインベントの姿が。


(あ~ん、もう、視線が眩しい!)


 アイナは顔がこそばゆくなり、表情筋を動かした。

 仕方がないので気合を入れなおす。


「あ~ごほん!

 インベントよ。

 このパワーアップ計画だが、それはそれは厳しいものになる。

 おぬしに耐えられるか?」


「はい! もちろんです!」


 茶番。

 タイトルは『凄い師匠に弟子入りするシーン』。


 実はこのやりとり、すでに七回目である。

 クロが用意した台本を、アイナが読み上げているのだ。

 だが、すでに六度『カット!』がかかっている。


(もっと師匠っぽく喋れとか、重厚感のある声とか文句言いやがって!

 何回やりゃ~気が済むんだよ!)


 やり直すこと七回目にして、やっと次の段階に進む。

 クロが念話でアイナに話す内容を、そのまま読み上げる。


「それでは早速明日から修業を開始することにしよう。

 今日はゆっくりと体を休めるがよい。

 ひとつ大事な話がある」


「なんでしょうか!?」


「今日から数日、『モンブレ』の夢が見れなくなる」


「え、え!? ええぇっ!?」


 インベントはこの世の終わりがやってきたかのように驚愕し、復唱しているアイナもちょっぴり驚いた。


「数日だけだ、我慢するのだ」


「は、はい……わ、わかりました。

 あ、質問よろしいでしょうか!?」


「うむ、言ってみろ」


「えっとですね、師匠のことは、なんとお呼びすればよいでしょうか?」


 アイナは「クハハ!」と奇妙な笑い声を発した後――


「クロ! 変な笑い方すんな!

 は? だーくうぃざれ……長い長い! 長いんだよ!

 覚えられねえ! もっと短くしろ! てかクロでいいだろ!

 なんだって? 『師匠っぽい呼び方』じゃなきゃヤダ?

 だったらクロ師匠でいいじゃねえか。

 は!? ダサイ? クロマグロみたいで嫌? どーでもいいだろっての呼び方なんて」


 アイナの発言が、アイナ本人のものなのか、それともクロの発言なのか。

 インベントはただただ困惑しながら、見ているしかなかった。




 ちなみに協議の結果、クロの呼び方は『闇の師匠』――

 『マスターダーク』になった。 


****



 インベントはワクワクしていた。


 どんなパワーアップなのか?

 そしてどんな方法で?


 インベントでは想像しないような能力や、特殊能力が得られるのではないかと胸を高鳴らせていた。


 だが蓋を開けてみればーー


「ハイハイ、もっと腰を入れて」


 インベントは木剣を振っていた。

 とにかく木剣を振っていた。


「左、右、左」


 アイナの掛け声に合わせて、ひたすら剣を振るう。

 朝から晩まで剣を振るう。


 今更、凄まじく、地味~な修行。


 クロがインベントに与えたお題。

 それは『剣術を一般レベルにすること』である。

 そして、『一切収納空間を使わないこと』である。


 クロはアイナに『二刀流を教えてやってくれ』とオーダーしたのだが、アイナが断った。


 アイナ自身が二刀流ではないからである。


 そもそもイング王国で、二刀流の使い手が稀有なのだ。

 ちなみに二刀流使いで最も有名なのは、『宵蛇よいばみ』の隊員であり、ロメロの弟でもある、『月光剣のピット』だ。


 アイナが教えれないのは誤算だったクロ。

 クロは妥協し、アイナに普通の剣術を教えるように頼んだのである。


**


 模擬戦。


「ほ~れ、ほれほれ」


「ぐ!? う? ぬぬう!?」


 小柄で非力。

 そんなアイナが片手で剣を持ち、しっかりと構えずに木剣を振るう。

 完全なる舐めプ状態。


 だが、インベントは手も足も出ない。

 剣術のレベルが違い過ぎるのだ。


「ほら、脇を締める。

 膝を上手く使って。

 あ~もう、全身に力を入れすぎ」


「だ、だって!」


「ったくもう……」


 アイナは流麗な動きで、インベントが剣を振り下ろせば、木剣が突き刺さる位置に剣を。

 硬直するインベント。


「そんなに肘を伸ばしちまったら、力任せに剣を振るしかなくなるだろうに」


「そ、そっか」


「ま、色々意識して、素振り100回してこい」


「はーい!」


 インベントは木に吊るした的に向かい、剣を振り始めた。

 アイナは腰掛け、その様子を眺めている。


「……前途多難だ」


 インベントは真面目である。

 アイナのアドバイスを聞き、改善しようと努力しているのは見てわかる。


 向上心も高い。

 心酔するクロ――マスターダークからの指示であり、やる気満々。


 だが、残念な事に圧倒的に足りていない。

 剣術の才能、センスが足りないのだ。


(あ~あ~も~、ぎこちない。

 腕の使い方も変だし、肩と腰もチグハグ。

 そんでもって特にひどいのが……足運びだな)


 剣術は全身運動である。

 腕力のみで剣を振るのではなく、身体の各所を連動させる。


 足運びも非常に重要であり、力強く大地を強る時もあれば、柳のようなしなやかさが必要な時もある。


 欠陥だらけのインベントだが、特に足運びは目を覆いたくなる酷さなのだ。


(ハア。

 理由はわかってる。

 そもそもセンスが無いってのもあるが、使()()()()()()()()ってのが大きいな)


 個人で『黒猿クロザル』を撃破できるほどの強くなったインベント。

 その強さの源はやはり『収納空間』なのだ。


 収納空間を自在に操り、『モンブレ』の世界から着想した技を実現してきたからこその強さ。

 収納空間ありきの攻撃、収納空間ありきの防御、回避、移動。


 インベントはこれまで剣も多用してきたが、インベント流の剣術と、広く普及している剣術は根本的に違う。


(クロがなに考えてるかわかんねえけど、収納空間を封じたインベントってのはつまり……)


「ド素人じゃねえか……。

 かったるう~~~」




****


「ねえ、フミちゃん」


「んあ? なんだよシロ」


 インベントが剣の特訓に精を出している頃――

 クロは黙々と作業していた。


「ベンちゃん、剣の練習がんばってるよ」


「あ~そうかそうか」


「でも大変みたい。

 本当に剣の達人になれるのかな~?」


「さ~、どうだろうな」


 シロが話し、クロが適当に返事をする。

 そんなやり取りを繰り返し――


「なんか……忙しいみたいだねフミちゃん」


「カカ、シロはくっそ暇みたいだな」


「そ、そんなことないけど」


「ふ~ん」


 実際問題、シロは暇だった。

 クロはインベントパワーアップ計画のために準備を進めているが、シロにできることは無い。


 蚊帳の外。

 お友達を彼氏にとられちゃった気分。


 ちょっぴり寂しい乙女心。

 そんなシロを察し、クロは大きく伸びをして休憩を。


「ふあ~あ、いやはや色々大変だ」


「そなの?」


「まあな。

 二刀流を覚えさせたかったんだけど、アイナっちと話した感じ難しそうだからな。

 早速計画の修正だ。ま……予定通りいかないもんだな」


「でもなんで剣の練習なの?」


 クロは頬づえをつく。


「ベン太郎単品の戦闘力向上は、地味だけど効いてくるはずなんだよな。

 それに……仮想敵にもよるけど……まあそこは追々か。

 ま、じっくりコトコト煮込んでいくしかねえな、カカカ」


「ふ~ん、そっかあ。

 私にもできることがあったら言ってね。

 なんでもするから」


 呆けた顔のクロ。

 その呆けた顔が徐々に邪悪な笑みに変わっていく。


「カカカ。

 な~に言ってんだよ、シ・ロ・ちゃん」


「へ?」


「アイナっちにも言ったけど、インベントのパワーアップには全員の力が必要不可欠。

 全員の中にはと~うぜんシロも含まれてるぜ」


「で、でも、私にできることなんて……」


 クロは笑う。

 ただただ笑う。

 にやにやと。


「え?」


 クロは笑い続けている。


「ちょ、ちょっと、なによ?」




「ちゃ~んと用意してるさ。

 シロが大~活躍できるステージをさ、ケッケッケ」


 シロ――不安でしかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ