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椅子に座るアイナ。
それに対し、インベントは床に正座している。
そしてインベントの左手は、アイナの右手を握っている。
なんとも言えない、まぬけな構図である。
(なんでアタシがこんなことしなきゃならねえんだよ……。
かったるいことこの上なし)
視線を動かすと、目を輝かせ、期待に胸を膨らませるインベントの姿が。
(あ~ん、もう、視線が眩しい!)
アイナは顔がこそばゆくなり、表情筋を動かした。
仕方がないので気合を入れなおす。
「あ~ごほん!
インベントよ。
このパワーアップ計画だが、それはそれは厳しいものになる。
おぬしに耐えられるか?」
「はい! もちろんです!」
茶番。
タイトルは『凄い師匠に弟子入りするシーン』。
実はこのやりとり、すでに七回目である。
クロが用意した台本を、アイナが読み上げているのだ。
だが、すでに六度『カット!』がかかっている。
(もっと師匠っぽく喋れとか、重厚感のある声とか文句言いやがって!
何回やりゃ~気が済むんだよ!)
やり直すこと七回目にして、やっと次の段階に進む。
クロが念話でアイナに話す内容を、そのまま読み上げる。
「それでは早速明日から修業を開始することにしよう。
今日はゆっくりと体を休めるがよい。
ひとつ大事な話がある」
「なんでしょうか!?」
「今日から数日、『モンブレ』の夢が見れなくなる」
「え、え!? ええぇっ!?」
インベントはこの世の終わりがやってきたかのように驚愕し、復唱しているアイナもちょっぴり驚いた。
「数日だけだ、我慢するのだ」
「は、はい……わ、わかりました。
あ、質問よろしいでしょうか!?」
「うむ、言ってみろ」
「えっとですね、師匠のことは、なんとお呼びすればよいでしょうか?」
アイナは「クハハ!」と奇妙な笑い声を発した後――
「クロ! 変な笑い方すんな!
は? だーくうぃざれ……長い長い! 長いんだよ!
覚えられねえ! もっと短くしろ! てかクロでいいだろ!
なんだって? 『師匠っぽい呼び方』じゃなきゃヤダ?
だったらクロ師匠でいいじゃねえか。
は!? ダサイ? クロマグロみたいで嫌? どーでもいいだろっての呼び方なんて」
アイナの発言が、アイナ本人のものなのか、それともクロの発言なのか。
インベントはただただ困惑しながら、見ているしかなかった。
ちなみに協議の結果、クロの呼び方は『闇の師匠』――
『マスターダーク』になった。
****
インベントはワクワクしていた。
どんなパワーアップなのか?
そしてどんな方法で?
インベントでは想像しないような能力や、特殊能力が得られるのではないかと胸を高鳴らせていた。
だが蓋を開けてみればーー
「ハイハイ、もっと腰を入れて」
インベントは木剣を振っていた。
とにかく木剣を振っていた。
「左、右、左」
アイナの掛け声に合わせて、ひたすら剣を振るう。
朝から晩まで剣を振るう。
今更、凄まじく、地味~な修行。
クロがインベントに与えたお題。
それは『剣術を一般レベルにすること』である。
そして、『一切収納空間を使わないこと』である。
クロはアイナに『二刀流を教えてやってくれ』とオーダーしたのだが、アイナが断った。
アイナ自身が二刀流ではないからである。
そもそもイング王国で、二刀流の使い手が稀有なのだ。
ちなみに二刀流使いで最も有名なのは、『宵蛇』の隊員であり、ロメロの弟でもある、『月光剣のピット』だ。
アイナが教えれないのは誤算だったクロ。
クロは妥協し、アイナに普通の剣術を教えるように頼んだのである。
**
模擬戦。
「ほ~れ、ほれほれ」
「ぐ!? う? ぬぬう!?」
小柄で非力。
そんなアイナが片手で剣を持ち、しっかりと構えずに木剣を振るう。
完全なる舐めプ状態。
だが、インベントは手も足も出ない。
剣術のレベルが違い過ぎるのだ。
「ほら、脇を締める。
膝を上手く使って。
あ~もう、全身に力を入れすぎ」
「だ、だって!」
「ったくもう……」
アイナは流麗な動きで、インベントが剣を振り下ろせば、木剣が突き刺さる位置に剣を。
硬直するインベント。
「そんなに肘を伸ばしちまったら、力任せに剣を振るしかなくなるだろうに」
「そ、そっか」
「ま、色々意識して、素振り100回してこい」
「はーい!」
インベントは木に吊るした的に向かい、剣を振り始めた。
アイナは腰掛け、その様子を眺めている。
「……前途多難だ」
インベントは真面目である。
アイナのアドバイスを聞き、改善しようと努力しているのは見てわかる。
向上心も高い。
心酔するクロ――マスターダークからの指示であり、やる気満々。
だが、残念な事に圧倒的に足りていない。
剣術の才能、センスが足りないのだ。
(あ~あ~も~、ぎこちない。
腕の使い方も変だし、肩と腰もチグハグ。
そんでもって特にひどいのが……足運びだな)
剣術は全身運動である。
腕力のみで剣を振るのではなく、身体の各所を連動させる。
足運びも非常に重要であり、力強く大地を強る時もあれば、柳のようなしなやかさが必要な時もある。
欠陥だらけのインベントだが、特に足運びは目を覆いたくなる酷さなのだ。
(ハア。
理由はわかってる。
そもそもセンスが無いってのもあるが、使ってこなかったってのが大きいな)
個人で『黒猿』を撃破できるほどの強くなったインベント。
その強さの源はやはり『収納空間』なのだ。
収納空間を自在に操り、『モンブレ』の世界から着想した技を実現してきたからこその強さ。
収納空間ありきの攻撃、収納空間ありきの防御、回避、移動。
インベントはこれまで剣も多用してきたが、インベント流の剣術と、広く普及している剣術は根本的に違う。
(クロがなに考えてるかわかんねえけど、収納空間を封じたインベントってのはつまり……)
「ド素人じゃねえか……。
かったるう~~~」
****
「ねえ、フミちゃん」
「んあ? なんだよシロ」
インベントが剣の特訓に精を出している頃――
クロは黙々と作業していた。
「ベンちゃん、剣の練習がんばってるよ」
「あ~そうかそうか」
「でも大変みたい。
本当に剣の達人になれるのかな~?」
「さ~、どうだろうな」
シロが話し、クロが適当に返事をする。
そんなやり取りを繰り返し――
「なんか……忙しいみたいだねフミちゃん」
「カカ、シロはくっそ暇みたいだな」
「そ、そんなことないけど」
「ふ~ん」
実際問題、シロは暇だった。
クロはインベントパワーアップ計画のために準備を進めているが、シロにできることは無い。
蚊帳の外。
お友達を彼氏にとられちゃった気分。
ちょっぴり寂しい乙女心。
そんなシロを察し、クロは大きく伸びをして休憩を。
「ふあ~あ、いやはや色々大変だ」
「そなの?」
「まあな。
二刀流を覚えさせたかったんだけど、アイナっちと話した感じ難しそうだからな。
早速計画の修正だ。ま……予定通りいかないもんだな」
「でもなんで剣の練習なの?」
クロは頬づえをつく。
「ベン太郎単品の戦闘力向上は、地味だけど効いてくるはずなんだよな。
それに……仮想敵にもよるけど……まあそこは追々か。
ま、じっくりコトコト煮込んでいくしかねえな、カカカ」
「ふ~ん、そっかあ。
私にもできることがあったら言ってね。
なんでもするから」
呆けた顔のクロ。
その呆けた顔が徐々に邪悪な笑みに変わっていく。
「カカカ。
な~に言ってんだよ、シ・ロ・ちゃん」
「へ?」
「アイナっちにも言ったけど、インベントのパワーアップには全員の力が必要不可欠。
全員の中にはと~うぜんシロも含まれてるぜ」
「で、でも、私にできることなんて……」
クロは笑う。
ただただ笑う。
にやにやと。
「え?」
クロは笑い続けている。
「ちょ、ちょっと、なによ?」
「ちゃ~んと用意してるさ。
シロが大~活躍できるステージをさ、ケッケッケ」
シロ――不安でしかない。




