踊るなら
インベントがアイナの両肩を掴む。
見る角度によっては、壁際で唇を奪おうとしているかのようにも見える。
全く持って色っぽい状況では無いが。
アイナはインベントの顔を覗き込むように見る。
実際にはインベントの奥の、見えないクロを見ているのだ。
『おいクロ。
パワーアップはわかったけど、なんだその【オレッツエ】ってのは?』
『【俺TUEEE】ね。
要は、修業して滅茶苦茶強くなっちゃった結果、アレ? みんな? ゴミカスなの?
【俺って最強じゃん、俺強い~】って状態のことだ』
『な、なんだそれ?』
首を傾げるアイナ。
そもそもクロの声が聞こえないため、ただ待っているインベント。
クロからの解説が続くかと思いきや――
シロが『なんか違うよ』と口を挟む。
『なにがだよ? シロ』
『多分フミちゃんがイメージしてる【俺TUEEE】ってなんかズレてる気がする。
修業してパワーアップする展開って……う~ん』
『あ、あれか。
実は勇者一族で、死の淵から蘇えって――』
『やっぱりなんか違うよ。
フミちゃんラノベ読まないから知らないんでしょ。
【俺TUEEE】系って、神様みたいなすご~い人から力を貰って、たいして努力して無いのに、バンバン事件を解決してくような話だよ』
『あれ? そうなの?』
『物語の開始時点からチート貰う展開が多いかな~。
努力とか修業がほとんどなくて、ストレスフリーなお話……かな』
『それ……なにが面白いんだ?』
『え? あ~、う~んとねえ』
『私は修業ありきで強くなる話だと思ってたんだけど』
『修業して徐々に強くなったら俺TUEEEじゃなくない?
それじゃすごーく王道展開だよ。
修業ありきで俺TUEEEにする場合は、冒頭で修業終わらしちゃう感じかな。
世界一の賢者に育てられてて、15歳になったから町に行くの。
そしたら世間知らずの主人公が【これぐらい普通ですよね?】とか言いながら最強魔法撃っちゃう感じ』
『おお~なるほど、理解理解』
『俺TUEEE展開って、冒頭がピークだったりするかも。
結局のところ、主人公が登場しちゃった時点でなんでも解決しちゃう感じだから。
お話の展開としては、隠していた力を徐々に開放していくとか、実は弱点があるとか、謎解き要素を散りばめるとか』
『そこは作者の力量ってことだな』
『そうなの』
『ほ~ん』
『まあ、当たり外れあるよ』
『そっか』
『うん』
『……』
『……』
――沈黙。
『って何の話だよ!』
アイナの大音量の念話が、クロたちに向け放たれる。
クロたちの声は聞こえないが、アイナの念話は聞こえるためインベントも驚いた。
『おわっ! びっくりした』
『びっくりしたじゃねえんだよ!
で、結局、なにがどうしたいんだよ!』
『あ~、いや~ごめんごめん。
シロの話聞いて思ったんだけど、俺TUEEEじゃないかも。
別に私たちがチート能力授けるわけじゃないし。
私がイメージしたのはどっちかと言うと古き良きジャンプ系って感じかな』
理解不能な【俺TUEEE】の次は、これまた理解不能な『ジャンプ系』だと言い始めるクロ。
苛立ったアイナは胸倉を掴んだ。
当然、クロの胸倉ではなくインベントの。
「ちゃんとわかるように説明しろっての!」
『ちゃんとわかるように説明しろっての!』
声と念話。
器用に両方で怒りをぶつけるアイナ。
更に掴んだ胸倉を前後させ、インベントを揺する。
「あわわわわ」
「わけのわからねえことばっか言いやがって!
ただでさえ混乱してるのにぃ!」
『わけのわからねえことばっか言いやがって!
ただでさえ混乱してるのにぃ!』
怒り心頭のアイナ。
だが、周囲のざわめきにハッとする。
遠巻きから数人がインベントとアイナを見ているのだ。
「痴話げんかかしらねえ?」
「凄く怒ってるし、浮気じゃないかしら?」
「ギャンブルかもしれないわよ」
「あら……あの子どこかで見た気がするわねえ」
まずいと感じたアイナは、インベントを強引に引き連れてその場を後にした。
****
カイルーン森林警備隊が用意してくれた家にやってきたアイナ。
元々森林警備隊が管理する倉庫だったこともあり、十分な居住スペースと物資保管スペースがある。
インベントを家の中に押し込み、乱暴にドアを閉めるアイナ。
「ああ~んもう!
かったるい!」
地団太踏むアイナのことを気にせず、インベントはマイペースに部屋を見回す。
「おお~広いねえ」
家の中を見て回ろうとするインベントだが、アイナに手を掴まれる。
『さっさと話を進めるぞ!
クロ! 聞こえてんだろ!?』
『はいは~い。
ほほう! ここがふたりの愛の巣ですか!』
シロが『やだあ~フミちゃん』と嬉しそうに応じる。
『愛の巣じゃない!』と言おうとするアイナだが、インベントに聞こえていることを思い出し――
『そ、そんなことはいいから、さっきの続きだ!』
『へいへい。
しかしアイナっちがいないと……ベン太郎と話せないのは面倒だな。
ま、そこは研究だな~』
アイナは溜息を吐いた。
『まったくだよ……。
毎回毎回インベントに私の身体を掴ませるんじゃねえっての』
『まあまあ、そこはスキンシップだと思ってさ』
『……で?
今からはワケわかんねえ言葉、禁止な』
『おっけーい。
そんじゃあ、ちゃんと説明するからアイナっちは復唱よろしく!』
『そっか。インベントにも聞かせねえといけねえからか。
復唱は念話のほうがいいのか? クロ』
『どっちでもいいけど、念話のほうが助かるかな』
『了解。
ってことで、インベント。
クロとシロの話は私が復唱すっからな』
「はっ、はい!」
インベントにとって、シロとクロは『モンブレ』の世界の住人。
神様のような存在なのである。
背筋を伸ばすインベント。
『おうおう、元気がいいことで。
そんじゃあどうぞ、クロ』
クロが『おっけいおっけい』と前置し――
『まずはふたりの意見。
ベン太郎はモンスターを狩りたい。
アイナっちは、現状把握がしたい。
ってことでオッケー?』
アイナは復唱した後、『そうだな』と。
『で、私とシロは、インベントのパワーアップに時間を使うべきだと思ってる』
『パワーアップのために時間を使いたいらしいぞ。インベント』
インベントは――
(パワーアップ……か。
新しい装備とかかな? 新しい技?
ふふ、楽しそう)
「良いと思います!」と発言し、笑みを浮かべ妄想を膨らませるインベント。
『カカカ、ベン太郎は喜んでるみたいだからまあいいや。
そんじゃ、なんでパワーアップに時間を使いたいかって話をしようかな』
『ああ』
『私……というか、シロの意見から言うと、ずっと変わらずベン太郎に死んでほしくないってのが本音。
ベン太郎が死ぬと私たちがどうなっちゃうのかもわかんねえし、自己保身の意味もある。
で、私としてはシロのお願いを叶えてあげたいわけだ。
まあ、そのために私たちができることはやるつもりではいる』
『それは知ってる』
『カカカ、いっそのことベン太郎が隠居でもしてくれたら最高なんだけどな。
だけどまあ、ベン太郎はモンスターが大好き。
そんでもって困ったことに事件も引き寄せる体質。
そんなベン太郎を死なせないために、やるべきことはなにか?
そう! それはインベントを【俺TUEEE】に……は違うんだったな。
すっごい無茶苦茶強くしちまえって考えたわけだ!』
『……でもインベントは十分強いじゃねえか』
『チッチッチのアイナっち。
十分じゃねえのさ。どう考えても不十分。
【黒猿】との戦いは本当に冷や冷やした。
正直な話、死んでもおかしくなかった。
それぐらい強かったんだよ。
まあ、アイナっちは見てないからわからねえだろうけどさ』
『そう……なのか』
『まあブランクがあったのも原因だけど、本調子だとしても確実に勝てる相手じゃなかった。
正直な話、復帰戦にしては敵が強過ぎだっつの!
ま、それぐらいの相手だったってわけ』
アイナは唸る。
『カカカ。
このままじゃマズいなって思ってたんだ。
だから修業できる時間ってのは渡りに船なんだわ。
オイハギだかウワバミだかが、なんで最高の状況を整えてくれたのかはわかんねえ。
知りたきゃ本人に聞くしかないだろ』
『【宵蛇】な。知ってて言ってんだろ』
『それそれ。
機会があれば聞きに行けばいいんじゃねえの?
かといって探しにいく?
居場所知ってるの?』
『むむむ』
揺らぐアイナ。
畳みかけるクロ。
『確かに不気味ではあるけど、この状況はありがたいっちゃありがたい。
色々試したいこともある。
このチャンスに、私たちでじっくりと未来の旦那様を育成しようぜ!
育成プランは考えてあるからさ。
な? な!? な!?』
『うぬぬ……てか、旦那じゃねえし。
ハア……わかったよ。
インベントのパワーアップとやらはクロに任せるよ』
クロは『やれやれ』と呆れ顔。
実際にはクロの顔は見えていないのだが、容易に想像できるクロの表情に苛立つアイナ。
『インベントのパワーアップには全員の力が必要不可欠なの。
私、シロ、もちろんベン太郎。
当然アイナっちも。
四人が力を合わせて、インベントを強くする!
努力! 友情! 愛情!
一緒にインベントを強くしようじゃありませんか!
おー!!
おー!!
ほれ、シロも!』
シロはクロに促され『おー!』と声をあげた。
『ほら、アイナっちも!』
『お、お~』
『もっと元気よく!』
アイナは仕方なく『オー!』と叫び、右手を突き上げる。
インベントはなにがなんだかわからないが「オー!」と声をあげた。
さあ、主人公を魔改造しよう!