準備
インベントに事の経緯を話すアイナ。
インベントは徐々に目を細めていく。
「つまり……俺はアイナ隊の一員。
そんでもって隊員は増やしても増やさなくてもオッケー。
物資も正規の隊員と同じで使い放題。
お給金はちゃんと貰える。
だけど指定任務は無し? 自由行動ってこと?」
「ま、そういうことだな」
「更に、なんとカイルーンの町で家まで貰える。
ははは、冗談?」
「嘘つくならもちっとマシな嘘つくわ!
アタシもよくわからん。
おっかしいなあ、トントン拍子に話が進んじまった。
しかしまあ……お? これだと働かなくても生活できちまうな。
ハッ!? まさかアタシたち試されているのか!?」
「試す?」
「アタシたちがサボるかどうか監視されてるんだよ。
くう~、サボる環境を整えておいて、サボるかどうか監視。
な~んてかったるい!」
「かったるいというか、回りくど過ぎじゃない?」
「……うん、言ってて無理があると思った」
「まあいいよ。
でもこれでモンスター狩り放題だねえ、うふふ」
「ハア……上手くいくか不安だったけどよ。
上手くいき過ぎると、なんかムカつくな。
おい、一発殴らせろ、インベント」
「いやだよ~。ふふ~ん」
上機嫌継続中のインベント。
「クソ。
まあいいか。
で、今日はどうする大将。
とりあえず家に行ってみるか?」
インベントは手を挙げる。
「物資補給したい!
『黒猿』狩りで、もうスッカラカンなんだよね」
「あ~ごめん、森林警備隊の倉庫はまだ使えないぞ。
手続きやなんやらがあるらしくて、三日ぐらいは待てってさ」
「そっか……。
あ、だったらあそこに行きたい。
『重力グリーブ』とか徹甲弾つくってくれたとこ」
「ああ、ドウェイフさんのとこか」
ドウェイフ工房。
店主ドウェイフの確かな腕と、インベントの無理難題にも応えてくれる安心と実績のある工房。
「もう徹甲弾も無いし、他にも新しい装備が欲しい!
専用装備……うん、欲しい!」
「ま~た変なモン作らせる気か……まあいいけど。
あ、でもドウェイフさんに頼むと、当然お金かかるからな。
昔は、ロメロの旦那が法外な値段払ってくれたから、なんでもやってくれたけど。
今は、旦那がいないから――――ってなんだよインベント」
クスクス笑うインベント。
「いや、昨日も同じようなこと言ってたな~と思って」
「うるせい。
とにかく今日は挨拶だな。
武器の発注はまだお預けだからな!」
「はいはい」
**
「あっれえ? おっかしいな」
ドウェイフ工房には『準備中』の看板が掲げられていた。
「お休みかな?」
「う~ん……お、でも中にドウェイフさんいるぞ。
休みだとしても挨拶ぐらいオッケーだろ」
「わかった」
ノックし、ドウェイフと目が合うアイナ。
「こんちゃ~、久しぶ――」
カウンターに座っていたドウェイフは、血相を変え駆け寄ってくる。
それもなぜかインベントに向かって。
「ハアハア! ぼ、坊主。
久しぶりだ。インベントだな!?」
「え? あ、はい」
ドウェイフと最後に会ったのは二年以上前。
よく名前を憶えているなと、インベントは感心した。
インベントは当然、ドウェイフの名前など忘れていたのだけれど。
「ど、どうしたんだよ、おっちゃん」
「お、おお、アイナ。アイナか。
ちょうどよかったぜ。
こ、この坊主はナニモンなんだ?」
「な、なにもの? 普通の男……いや普通ではないか」
「やっぱり普通じゃねえんだな!?」
「え? いやいや、普通と言えば普通……。
変な奴だけど、悪い奴じゃないぞ?
てか、なんの話してんの?」
ドウェイフは髪を掻き乱す。
「おかしいと思ってたんだよ。
ありゃあ二年前だったか?
『陽剣のロメロ』と一緒に現れただろ?
そんでもって大金を坊主に投資した」
ドウェイフはインベントを指差した。
「ずばり! 坊主は偉い奴の子供なんだろ!?
『陽剣』に子供がいるなんて話は聞いたことがねえが、隠し子か?
いや、それとも、もっと……例えば王族関係者とか!
どうだ!? 当たってるだろ!?」
「俺も、両親もただの一般人ですけど……」
「かあー! そんなわけ絶対にない! ありえねえ!
ちょっと待ってろ!」
話の全容が全く見えないインベントとアイナ。
ドウェイフは帳簿を手に取り、ふたりに見せた。
「ここ! 見てみろ!」
帳簿の中、他の項目よりは桁二つ大きい数字を指差した。
アイナは「何だこの数字……」と目をパチクリさせている。
インベントはじっくりと数字を確認し――
「帳簿ですね。
これ……入金額か。すごいな。
三年は遊んで暮らせる額だ。
う~ん、でもこれ……なんか変だな。
売り上げじゃないし……貸した金の返済金でもない。
ん? これって誤入金じゃないですか?」
アイナと違い、インベントはある程度ならば帳簿を理解することができる。
それは15歳まで運び屋の仕事を手伝っていたからだ。
アイナが「誤入金ってなんだ?」と問う。
「入金額間違えることだよ。
有名な事件だけど、間違えて10万入金するはずだったのを、4600万入金した事件があるんだよ」
「うぇ!?」
ドウェイフは首を振る。
「坊主はちゃんと数字がわかるんだな。
確かに誤入金に見えるけど、そうじゃねえよ。
坊主の言う通り、本来俺たちみたいな工房は品物を納品して金を貰う。
だがこの金は先払いだ。
項目としては『インベントのサポート料金』ってとこかな」
インベントとアイナは目を見開いた。
「俺のサポート料金??
え? てことは……」
「お、おっちゃん。ここにロメロの旦那が来たのか?」
昔、ロメロはドウェイフに一年間の収入以上の金額を渡したことがある。
インベントの理想――というよりも『モンブレ』の世界からインスパイアされた武器や防具を作成してもらうために。
だからインベントもアイナもロメロが頭に浮かんだのだ。
ドウェイフは首を振る。
「ロメロさんは来てねえ。
だが代わりに……なんと『宵蛇』の隊長が来た!」
「『宵蛇』の隊長? っていうと……」
「そうだ、『炎天狗のホムラ』だ。
驚いたぜ、隊長ひとりで突然やってくるんだからな!
だが、ちょっと変だったなあ」
「変?」
「そうなんだよ。
なんか、『多分数日後にインベントが現れる』だとか、
『もし現れたらサポートを頼む』とか、
『仮に現れなくてもお金は返してもらわなくて良い』とか。
ど~も話があやふやだったんだよなあ。
本当に現れるか不安になっちまったよ。
ま、現れてくれて、ちょっとホッとしたぜ。
てことで、なんでも最優先でつくってやるからな! ハッハッハ!」
カイルーン森林警備隊に続き、ドウェイフ工房からも手厚いサポートを得られることになった。
インベントにとっては最高の状況が整いつつある。
だがインベントもそうだが、インベント以上にアイナは困惑していた。
(『宵蛇』が動いてる?
インベントのために?
まさか森林警備隊の件も『宵蛇』が手を打ってたのか?
でも……なんでだ?
ロメロさんか?
え? わかんねえ。
なんなんだ、この状況?)
アイナは知らない。
アイナはただ巻き込まれているだけだということを。
アイナは知らない。
アイナは招かれざる客であることを。
困惑の原因がアイナ自身であることを。




