世界があなたに味方する
インベントは人生で一番幸せな朝を迎えた。
これほど幸せな朝をインベントは一生忘れないだろう。
逆に、一睡もできず最悪な気分のアイナ。
「かったるい。眠い。
……かったるい。眠い」
うわ言のように呟くアイナ。
睡眠不足で瞼が重い。
胃がムカムカしている。
更に、宿を出る際――
店主から一言、「若いねえ~」と。
(うう~、ちがうちがう~!
清楚なアタシのイメージがあ~!!)
情熱的スケベカップルだと勘違いされ頭を抱えるアイナ。
「どうしたの~?」
幸せいっぱいのインベント。
身体中から放たれる幸せオーラに苛立つアイナは――
「それもこれも全部お前のせいだっ!」
そう言ってインベントの脛を蹴飛ばした。
「痛い!」
「ちくしょ~……あ~寝たい」
インベントに八つ当たりし、ぼやきつつもアイナは目線を上へ。
ある建物を視界に収め、大きく深呼吸。
自ら頬を叩き気合を入れる。
「眠いし、だるいし、かったるいけど……いっちょ頑張りますかねえ」
「アイナ、頑張ってね!」
アイナはインベントの脇腹を突いた。
「ひやっ!?」と驚いて声をあげたインベントを、横目にアイナは突き進む。
「ま、やるだけやってみる。
期待すんなよ~」
アイナは建物の中へ。
古巣、カイルーン森林警備隊本部へ。
アイナは総隊長のメルペに会うべくやってきた。
と言っても、アポ無しで会えるとは思っておらず、まずは会う時間を確保してもらうために。
**
「……遅いな、アイナ」
待つこと一時間。
一向にアイナは帰ってこない。
だが待ちくたびれることはない。
いくらでも待っていられる。
「むふふ」
目を閉じれば――いや、目を閉じようが閉じまいが、昨晩の夢のワンシーンがインベントの世界を彩っていく。
夢のような夢。
全てのシーンが愛おしい。
今、世界で一番幸せなのは自分だと断言できるほどの幸福感に満たされている。
住む場所も、お金が無いことも、仕事が決まっていないことも些細な事。
「ぐふ、ぐふふふ」
「――おい」
急に声をかけられて慌てるインベント。
目の前にはアイナが立っていた。
「アイナ。いつの間に……」
「一分ぐらい待ってたけどな。ニヤニヤしやがって気持ちわり~。
不審者扱いされてもしらねえからな」
「いやいや、不審者って」
「……自分の顔、見たほうがいいぞ~。まいいけどさ。
とりあえずヨダレを拭け」
インベントは口回りを拭きながら――
「で? どうだったの?」
アイナは腕組みし、渋い顔。
「だめだった?」
「……逆だ」
「逆? なにが逆?」
アイナは首を振る。
「よくわからねえんだけど……。
カイルーン森林警備隊は、アタシたちを最大限バックアップするんだとさ」
**
一時間前。
森林警備隊本部に入り、受付の女性に声をかけたアイナ。
幸運なことに知り合いだったため、簡潔に事情を説明し、メルペ総隊長に会いたいと伝えた。
更に幸運なことに、メルペは手が空いていたためすぐに部屋に通されたアイナ。
「おお、おお、久しぶりだな、アイナ」
「お久しぶりですう、メルペ総隊長。
今日もお髭が決まってますね」
「ははは、褒めてもなにも出んぞ。
それでどうしたんだ? なにか悪巧みか?」
「いえいえ、悪巧みなんて滅相もございません。
まあ……お願いがですねえ」
メルペはただ頷く。
(相変わらず、なに考えてるのか読めねえ人だ。
まあいいけど)
「実は色々あって、色々な場所を巡ってました。
ほら、二年ほど前に『陽剣のロメロ』と一緒にカイルーンの町に戻ってきたじゃないですか」
あえてロメロのことを強調するアイナ。
メルペはロメロの名を聞き、分かりやすく、にこやかな表情に。
「おお、おお、ロメロさんな。
まさかアイナとロメロさんが一緒にカイルーンに来るとは驚いた。
よ~く覚えているよ」
「ええ、ええそうなんです。
ロメロさんのお手伝いを色々させてもらいましてですね~。
いや~ロメロさんの剣捌き。メルペ隊長にも見せたかったなあ」
メルペは本気で羨んでいる。
(よしよし、掴みはええ感じ!)
「まあ、ちょ~っと前にロメロさんとはお別れして、アタシも少し怪我したりなんかして、アイレドでゆっくりしていたんですよ」
「ほう?」
「あ、でも、今は凄い元気なんです!」
「ふ~ん。ただ少し顔色悪いぞ」
「あれえ? そうですかねえ? おほほほ」
(し、しまった!)
昨晩ほとんど眠れていないことを悔やむアイナ。
「ま、まあそんなわけでですねえ。
森林警備隊で働きたいなあ~と。
元々ロメロ隊は、カイルーン森林警備隊に所属していたと思うんで。
だったら……」
メルペはアイナを制止する。
「言いたいことは大体理解できた。
さすがにかの有名な『陽剣』の名を冠したロメロ隊は目立つから、アイナ隊にした気がする。
うん、確かそうだ」
メルペは鋭い眼光でアイナを見る。
「そうそう、除隊申請も無しにいなくなったお前を、例外的に不問にしたんだったな」
「ぎくぅ」
昔、森林警備隊をバックレた事実は、アイナ一番の泣き所である。
「そ、その節は大変ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げるアイナ。
「ふむ、まあいいだろう。
反省しているようだし、ロメロさんのお役にたった実績もある。
事情が事情だから、アイナ隊は名目上残っているしな。
復帰を認めよう」
「ありがとうございます!
あ、もうひとつお願いがあるんですが」
「ん?」
「アイナ隊って、四人だったんですが、その内二名は『宵蛇』。
で、もうひとりいるんですが……そいつも森林警備隊に……」
メルペは渋い顔をした。
(だ、だよな~。インベントって誰だよって話だし!)
アイナはメルペにNOを突き付けられる前に、先制口撃。
「わ、わかりますよ! 総隊長。
よく知りもしないやつを、森林警備隊に入れるのは不安ですよね。
でも実力は折り紙付きです!
インベントって言うんですけど、ロメロ隊長にも気に入られているし!
ちょ~っと集団行動が苦手……いやいや!
単独でモンスター狩れるぐらいの実力者なんです!
テストしていただいても構いませんし……そのお」
将来の旦那――もといインベントが定職につけるかどうかの瀬戸際。
不安と焦りから饒舌にまくしたてる。
そんなアイナの言葉が、メルペを動かす。
「なんだそういうことか。
わかった。インベント君の入隊を認めよう」
(うおお! やったあ! 言質とったぜい!)
ガッツポーズしそうになる両手を自制し、笑顔になるアイナ。
「うん、そうだな。
だったらアイナはアイナ隊の隊長として存続させよう。
そしてそのままインベント君はアイナ隊の一員に」
「へ?」
「他に人員が欲しいなら言ってくれ。
すぐには難しいかもしれんが融通しよう。
いらないなら二人体制で構わん。
支援物資に関しては、好きに使ってくれて構わん」
「え? え?」
「そうだそうだ。
家も無いんじゃないか?
物資倉庫……ハリド管轄だった物資倉庫が空き家になっている。
そこに住むといい」
トントン拍子――
否――トントントトントントトン拍子で話が進むため、呆気にとられるアイナ。
そんなアイナをよそに、メルペは「おい! デグロム!」と叫ぶ。
「え?」
デグロム。
メルペの実子であり、隊長職だった男。
アイナとは同期である。
また、アイナをポンコツ扱いしていた張本人でもある。
乱暴にドアが開かれた。
「アァ? なんだよ親父!
って、テメエはアイナ!? なんでこんなところに!?」
「デグロム! 総隊長と呼べ、ばかもん!
おい、ハリドの物資倉庫にアイナが住むことになった。
手続きしてこい」
「ハァ!? なんで俺がそんなこと!」
「雑用係だからだ! さっさと行け!
クビにしてもいいんだぞ!」
デグロムは怒りに身体を震わせながら「わーったよ!」と乱暴にドアを閉めた。
「あ、あのう、総隊長?」
「すまんすまん、見苦しいところを見せた」
「デグロム……こんなとこで何してんすか?」
「ああ。
あいつ、『軍隊鼠』に指を食いちぎられてな。
それ以来、モンスター恐怖症になっちまった。
だから、雑用としてこき使ってるわけだ」
「それは……ご愁傷様です。
いや、そんなことより!
そ、そんなことではないですけど……。
いいんですか? 家まで用意してもらって」
「構わん。
基本的にアイナ隊は自由に動いて良い。
全面的にバックアップしよう。
定期報告も不要だ。必要あれば報告してくれ。
おっと、次の予定を忘れるところだった。
おい! デグロム!
デグローム! 返事しろー!」
「うるせえな!
親父が手続きしろっていうからやってるんだろうが!」
嵐のように去っていくメルペ。
兎にも角にもアイナは最高の結果を手に入れた。
最高過ぎる結果を。
ピコーン。
インベントとアイナは仕事を手に入れた。
インベントとアイナは家を手に入れた。
インベントとアイナは森林警備隊のサポートを手に入れた。




