無計画な始まり
『13章 収納空間と極める男』
開始します。
『無計画は失敗を計画するようなものだ』。
胡散臭い自己啓発書に書いてありそうな言葉。
だが最もインベントに適した言葉かもしれない。
インベントは、なんとなく億劫になったからアイレドの町を離れ、心機一転カイルーンの町へ。
まさに無計画極まりない。
失敗するに決まっている展開。
これで上手くいくのであれば、ご都合主義極まれりであろう。
****
カイルーンの町に向かい飛ぶインベント。
背中にはアイナ。
アイナの顔は渋い。
冷静に今後のことを考えれば、問題が山積しているからだ。
『おい、あんぽんたん』
「ん?」
『これからどうすんだよ』
「どうって~?」
『予想通りな~んも考えてないんだな、このスカポンタン。
まず、どこに住む気だ?』
「……家?」
『誰の』
「アイナ?」
『どーせ覚えてないだろうけど、カイルーンにアタシの家は無いぞ。
両親も引っ越しちまってるし、アタシが住んでた家も無いし』
「じゃあ……宿かな」
『宿ねえ。
で、金はあるのか?』
「……ちょっとなら」
アイナはインベントの鼻を叩いた。
「い、痛い!」
『金が無いのにど~すんだこのやろう。
宿は? 飯は? 生活費は!?』
「……あ! カイルーンの森林警備隊に入ろう!
働いて稼ごう!」
『そうだな~、働くことは大事だよな~。
少し前進したぞ。
で? カイルーン森林警備隊にど~やって入るんだ?』
「え……?
入れないの?」
『ハア~。
昔、ロメロの旦那がいた時は、簡単に入隊できたけどな。
あんなの異例中の異例。普通即日で入隊なんてできねえの。
森林警備隊に入りたいなら年に一度の入隊試験。ま、半年後だけどさ。
もう一つは、ちゃんと手続きする方法』
「手続き?」
『他の町で森林警備隊をやっていた場合、正当な手続きをしてたら入隊できる……こともある』
「おお~、だったらそれで――」
アイナは優しく首を絞めた。
「ぐえええ」
『言ったろ? 正当な手続きだ。
アイレド森林警備隊を正式に除隊手続きしてんなら、その線もあった。
だけどなー! 急にバックれた奴なんか信頼ゼロだ!
むしろマイナス、下手すりゃ、悪いことして逃げてきたと勘違いされるかもしれね~な~。
とは言え…………ま、その話はいいか』
ちなみにアイナは、元々カイルーン森林警備隊に属していた。
色々あって嫌になり、アイレド森林警備隊に入隊したのだが、その際、カイルーン側で除隊手続きをしていない。
アイナが言葉を濁したのは、インベントを叱れる立場じゃないと気付いたからである。
似た者同士である。
「う、うう」
『いっそ運び屋に転職したらどうだ~?
モンスターを狩る時間は無くなっちゃうかもしれねえけど』
「だ、だめだよ!」
『誰のせいだと思ってんだ! コンチクショウ!
ったく……。ま、一応、交渉してみるか……かったるいけど』
「交渉?」
『ほれ、ロメロの旦那と初めてカイルーンに行ったとき、ロメロ隊って名前は目立つからって理由でよ、名目上アイナ隊になってるはずなんだよ。
それが今もまだ有効なんだとすれば……なんとかなる』
「おお!」
『かもしれないレベルだ、期待すんじゃねえよ。
どう考えても望み薄なのは間違いない。
なにせ二年も前の話だしな。
メルペ総隊長が辞めてないとは思うけど、辞めてたら完全にアウトだな。
それにメルペ総隊長は、ロメロの旦那のファンなんだ。
旦那がいないとなると……まあやっぱり望み薄だな。
シシシ、どうだ? 勝算が低いことがわかったか?
ま、どうしようもなくなったらアイレドまで逆戻りだな~』
インベントはげんなりしつつも、カイルーンの町が見えてきた。
「う~ん……。
今日は疲れちゃったし、考えるの止めるよ。
早く休みたい~」
『へいへい』
****
カイルーンの町に到着し、宿へ。
「いらっしゃい。
あれ? アイナちゃんじゃないか」
主人のギーグとは顔馴染みのアイナ。
「あ、ども~、お久しぶりです」
「いや本当に久しぶりだね。泊まる……のかい?
あ、そういえば家はもう引き払ったらしいね」
「あはは、色々ありまして」
「そうかそうか。若いうちは色々あるもんさ。
さて、今日は……ふたりかい?」
店主はインベントをちらと見る。
「あ~そうっすね」
「部屋はどうする?
二部屋かい? それとも――」
アイナは店主の発言を遮るように「二部屋で!」と。
店主は察し「そうかい」とそっけなく応えた。
だが――
「一部屋でいいよ、アイナ」
インベントがいつの間にか隣に。
「うぇ?」
「お金だってあんまりないんだし」
「い、いや、まあ、そうだけど」
「じゃあ一部屋で。
よろしくお願いします」
強引なインベント。
まるでアイナと同部屋になりたくて仕方がないようにも見える。
店主は「わ、わかった」と鍵をインベントに手渡した。
「二階、204号室だよ」
「は~い、ありがとうございます」
インベントはスタスタと部屋に向かう。
残されたアイナ。
そんなアイナに対し小声で話しかける主人。
「なあなあ、アイナちゃん」
「え? なんすか」
「あんまり詮索するのはマナー違反だと思うけどさ……。
そうだな……うん、頑張ってね」
「へ? ガンバルぅ?」
「『お金無い』って言ってたし、あれだろ、駆け落ち。
ふふ、宿代は安くしておくよ」
店主はウインクし、笑顔を見せる。
「は!?
ち、違う違う!」
「ははは、ちょっと抜けてそうな子だけど、しっかり者のアイナちゃんには合ってるかもね。
付き合って、もう長いのかい?」
「い、いやいや――」
『付き合っていない』と否定しようとしたものの――
(『好き好き大好き』って言っちまってるからな……。
付き合ってはないと思うけど……う、うう~ん。
言い訳するのもかったるいし、いいやもう)
「まあ、ぼちぼちですよ。
へ、へへへ」
「そっか、なにかあれば力になるからね」
「は、ははは」
**
204号室。
二台のベッドと、テーブルを挟み二脚の椅子。
非常にシンプルな構成。
「ハァ~アっと、疲れたな。
……あれ?」
アイナは様子のおかしいインベントを発見した。
椅子に座るインベント。
遠くを見つめ、物憂げな表情。
(え? なんだ……?)
落ち込んでいるようにも見えるし、考え事をしているようにも見える。
考えが読み取れない。
(なんか話しかけづらいな……。
え……なんだろう)
アイナは考える。
インベントがなにを考えているのか。
(う~ん……緊張しているようにも見えるな。
緊張……なんで? え?
まさかアタシと同室だから?
え? あれ?
ど、同室だからって緊張?
それってつまり……)
アイナは身の危険を感じ、後ずさる。
(いやいや待て待て。
いきなりそんな展開にはならねえだろうっての。
ったく、店主が駆け落ちとか言うから……。
でも……そういえばインベント、童貞じゃないとか言ってたな。
え? 実はそういうとこはアグレッシブ?)
自身の知るインベントと、夜のインベントがせめぎ合う。
扉の前でどぎまぎしていると――
「――よし」
インベントが立ち上がった。
「うひっ!?」
アイナはビクリとした。
インベントは扉の前で立っているアイナを不審に思いつつ――
「それじゃ、寝るね。おやすみ」
「あ、はい。
おやすみなさい」
ベッドに潜り込むインベント。
アイナは少し警戒しつつ、ベッドの中のインベントを眺めていた。
**
「ホントに寝ちゃったよ。
って、別になにか期待してたわけじゃねえし。
今日は色々あったからな。アタシもマジで眠くなってきたわ。
ゴホン。さっさと寝よ~っと」
アイナの独り言。
少し声のボリュームを上げたのは、インベントが起きているかどうか確認するため。
インベントは無反応。
アイナは寝支度を始めるが――
「――えふ」
(ん? 寝言か?)
インベントの寝言が聞こえてた。
少し変わった寝言だが、気にせずアイナは寝支度を続ける。
だが――
「――え、えふふ、えふえふ、えひゃひゃ、っふぃふぃ!」
寝言にしては、気味が悪く、声も大きく、そして長い。
アイナは驚き、身を竦める。
「ッハッハ! っふぉっふぉふぉふぉ! あひゃっふいい!」
寝言は悪化の一途。
加え、身を捩り、大きく痙攣し、軋むベッド。
寝相が悪いというレベルを超えている。
悪霊に乗り移られたかのようなホラー展開。
「お、おい~? い、インベントくん? ど、どうしたあ??」
アイナは恐る恐る少し離れた場所からインベントの顔を見る。
その顔は、口は半開きで、よだれを垂らしている。
目こそ閉じているが、恍惚感いっぱいの表情。
「あっふぇえ! うふぇえ!」
完全にイってしまっているインベント。
それもそのはず。
インベント――二年ぶりの『モンブレ』を夢の中で楽しんでいるのだ。
寝る前に椅子に座っていたときは、暗算をしていた。
昂り過ぎて、このままでは眠れないと考えたインベントは、脳を疲労させて眠りに誘うために。
「や、やばいやばい……どうしよう」
オロオロするアイナ。
(こ、こんな深夜にご近所迷惑過ぎる!!
とりあえず一回叩き起こすしかねえ!!)
「お、おい! インベント!」
アイナは近寄り、インベントの頬を優しく叩く。
何度も呼びかける。
だが起きない。
(あ、そうだ!
こういう時は念話だ。
大音量で目覚めさせて――)
遅かった。
判断が遅かった。
「え?」
眠りながらもアイナの手をがっちり掴むインベント。
「あふぇふぇ…………オトモ?」
モンブレの世界には『オトモ』と呼ばれるシステムがある。
インベントはアイナをオトモと勘違いしたのだ。
「あふふ、おいでおいで~」
「おあ!? ちょ、ちょっと!」
インベントはアイナを引き寄せ、ベッドの中に引きずり込む。
「むふふ、オトモ~。
むふふふうう~」
「お、おい!
どこ触ってんだ!
うひ!? にはははは! や、やめろ~! ぬおお~!?
は、はなせええ~!」
****
**
203号室、205号室、206号室、そして主人のギーク。
皆、同じことを思った。
「ヤってるな」
そして――
「激しすぎ」
――と。
9章の最後もこんな展開だったような……。
エロパート? はここで終わりです。




