幕間 残された者たち
インベントがアイレドの町から去った。
理由もなにも告げずに。
これは、インベントが無責任に去った後の、アイレド森林警備隊のお話。
森林警備隊の場合。
『黒猿』が討伐されて数日後。
インベント・リアルトとアイナ・プリッツの二名が失踪していることが判明する。
どこを探しても発見できない。
そのため――死亡扱いになりそうになっていた。
なぜならキャナルとペイジアが――
「『黒猿』を倒しに向かった」
と証言したからだ。
『黒猿』を倒しに行き、そしてそのまま失踪。
確かに、この話だけを聞けば、『黒猿』討伐中に死亡したと結論付けられても仕方がない。
だが、たったひとりだけ、死亡扱いに待ったをかけた。
「だーかーら! 死んでねえっての!」
会議室には総隊長のバンカースと総隊長補佐のメイヤースを含めた五名。
バンカースが吠えた。
実際問題、インベントもアイナも生きている。
なにせ会っているし、インベントが『黒猿』を討伐したことも知っているのだから。
だが、メイヤースが呆れ顔で――
「だったらなぜ姿を現さないのですか?」
「そ、そりゃあ……」
バンカースには総隊長としての発言権がある。
事実も知っている。
しかしながら証拠は無いのだ。
「ハア……いいでしょう。
総隊長のお話をまとめましょう。
まず、討伐隊に撤退命令を出した後、総隊長と『黒猿』は一時間近く交戦」
「うんうん」
「で、なぜかインベントとアイナの両名が突然現れる。
そしてインベントはよくわからない被り物をして『黒猿』と交戦」
「そうそう」
「インベントは終始『黒猿』を圧倒しましたとさ、めでたしめでたし」
「あ~、まあそんなとこだな」
メイヤースが乱暴に机を叩いた。
「そんなわけないでしょうが!!」
「な、なにがだよ!?」
「そもそもなぜインベントが『黒猿』の元へやってきたのですか?
なぜ居場所を知っているのですか?」
「そ、そりゃあ……空飛べるからじゃね?」
インベントが『黒猿』の居場所を知っていたのは、キャナルが教えたからである。
だがキャナルはその点に関しては報告していない。
キャナルは野生の勘で、話せば責任問題になることを察知したのだ。
「まあいいでしょう。
偶然にもインベントが『黒猿』を発見したとしましょう。
で、『黒猿』をインベントがひとりで圧倒したというわけですか?」
「おう、そうだぜ」
メイヤースは呆れ顔。
「いいですか? 総隊長。
精鋭10名で倒せないモンスターだったんですよね? 『黒猿』は。
総隊長もよ~くご存じですよね。
で、そんなモンスターをインベントひとりで圧倒したと?
確かにインベントは空を飛べるという能力はあります。
ですが戦闘力という点では、どうでしたっけ?」
「むむ……」
「アタッカーとしては並み。
ですが協調性が無く使いにくいというのが現場の隊長たちからの意見です。
そんなインベントが? 単独で?」
「そりゃわかってる!
だけど、本当に圧倒してたんだ!
なんかワケのわからねえ遠距離攻撃したり、近寄ってきた『黒猿』をババーンとぶっ飛ばしたり!」
メイヤースは苛立ち、爪で机を小刻みに叩く。
「ハア~、どうも抽象的ですね。
では、どうやって遠距離攻撃したんです?
【弓】ですか? それとも【雹】?」
「い、いや……なんかこう……びゅん! って」
メイヤースは眉間に皺を寄せる。
「バン! とかビュン! とかあなたは子どもですか!
正確に、明確に、厳密に説明しなさい!!」
「し、仕方ねえだろ!
よくわからねえんだから!
わけわからねえけど、『黒猿』をぼっこぼこにしてたんだよ!」
数時間に及ぶ激論……いや口喧嘩。
インベント失踪の理由。
それがまさか億劫になったから、なんて子供じみた理由だとは知らぬメイヤース。
結果としては、『インベント、アイナの両名は極秘任務のためアイレドを離れた』ということになった。
いつもなら言い負かせるはずなのだが、今回はどうしても死亡を認めないバンカース。
根負けしたメイヤースが、適当に理由をつけて決着したのだ。
ちなみにインベントが生きていることを知っているのは、バンカースとラホイルである。
ラホイルがしっかり証言すれば良かったのだが、それどころでは無かったのだ。
****
ラホイルの場合。
(……なんでこんなことになってもうたんや)
「ラホイル・オラリア! 前へ」
「は、はいぃ!」
名を呼ばれ、起立し、緊張した顔で数歩前に。
ラホイルの左右には20名以上が列を成している。
その中には、バンカースやメイヤース、更にラホイルの両親や兄弟も。
厳粛な空気。
そしてラホイルの目の前には、厳粛な空気が良く似合う、白髭を蓄えた初老の男性。
男性は咳払いをひとつし――
「森林警備隊、隊長。
ラホイル・オラリア。
貴殿はこの度、町の平和、市民の安全に多大に貢献した。
ここに『星褒章』を授与する。
アイレド市長、ガース・ヒルデヨース」
市長は秘書から勲章を受け取り、前へ。
ラホイルは震える手で、勲章を受け取り――
「ありがとうございますう!」
イントネーションの狂った感謝の後――
盛大な拍手がラホイルに贈られた。
そう、これは叙勲式である。
**
勲章は年間数名に授与される。
森林警備隊以外が対象者になることもあるが、やはり森林警備隊から選ばれることが多い。
だが、若干18歳のラホイルが選ばれるのは異例の事態である。
なぜラホイルが選ばれたかと言うと、他に誰もいなかったからである。
これまでも大物が討伐されると、慣例として数名に勲章が授与されてきた。
最も貢献した人物に送られてきたため、死亡者が対象になることもある。
ちなみにノルドも紅蓮蜥蜴を討伐した際に授与されている。
さて『黒猿』の場合。
最も貢献したのはインベントで間違いない。
だがインベントはいない。
更に、バンカースは討伐成功と主張しているが、『黒猿』の死体は確認されていない。
なんとも曖昧な状況なのだが、『黒猿』の脅威が去ったのは間違いなかった。
だから誰かに勲章を授与しなければならない。
しかしながら討伐隊に選ばれた11名は全員拒否した。
総隊長を囮にして逃げる事態になったのだから、勲章など貰いたくないだろう。
そこで白羽の矢が立ったのがラホイルだったのだ。
****
(勲章……もろてもうた。
なんかお金も貰えたし、やったでえ)
勲章は実家に預けたラホイル。
両親は泣いて喜んだ。
別に悪い気はしない。
だが――
(別に……褒められるようなことしてへんねんけどな)
「は、はは」
率先し囮になり、部隊を救った青年。
話に尾ひれが付き、ラホイルが『黒猿』を崖から叩き落したことになっている。
つまり、『黒猿』を討伐したのはラホイルということになってしまった。
事実を説明しても、とりあってもらえない。
複雑な気分のラホイル。
そんなラホイルの背中が叩かれた。
「あいて!?」
「にゃはは~、どうしたのラホイルく~ん。
今日からラホイル隊、再開だねえ」
「うふふ~、久しぶりねえ~。
あれえ~? 勲章はつけてないのかしら~?」
ラホイル隊のキャナルとペイジアである。
「なんやなんや、びっくりしたなあ。
勲章は実家に置いてきましたで。
あんなもんつけて任務なんてできまへん」
「あ~勲章をあんなもん扱いしちゃいけないんだあ」
「そうよ~ラホイルくん。
あ~、違った違った。
『天眼』のラホイル隊長(た~いちょ)」
「へ? な、なになに?
テンガン?」
「まるで天から地上を見渡しているかのような眼」
「だから~『天眼』だって~。
よかったわねえ~、『警笑』からかなり進化したじゃな~い」
ラホイルはバツが悪そうに溜息を漏らす。
「誰がつけたんや……そんなけったいな二つ名。
こないに細い目、前見るだけでやっとですわ。
はは、さっさと集合場所行きましょ」
そう言って、とぼとぼと歩き出したラホイル。
キャナルとペイジアは目を合わす。
「あんま元気無いね」
「勲章貰ったなんで聞いてびっくりしたけどお……。
なんでかしらねえ」
「う~ん……インベントいなくなったからかねえ。
ラホイルって結構繊細だし。
ったくう、手のかかる隊長さんだこと」
「ふふ、まったくねえ」
「勲章なんか貰ったせいで、ラホイル隊の解散、白紙になっちゃって。
私たちの身にもなれっていうね!」
ラホイル隊はそもそもインベントのために組織された隊である。
インベントは自身を監視するための隊だと勘違いしていたが。
インベントがいなくなった今、ラホイル隊を存続させる理由は無くなってしまった。
だが勲章を授与されたラホイル。
すぐに隊を解散するのは、体裁が悪いため継続することになったのだ。
キャナルとペイジアは微笑み合う。
「ま、乗り掛かった舟だね~」
「ふふ、そうねえ」
「もう少し、盛り上げてやるとしますかね!」
駆けだす二人。
そして背後から、ラホイルの右手をキャナルが、左手をペイジアが抱きしめた。
「お、おわ? な、なんですのおふたりさん!?」
「今日からまたよろしくね~ん!」
「うふふ~よろしくう」
「え、あ、そのお……」
目を白黒させるラホイル。
「あっれえ? 照れてるのかなあ?」
「ふふ~両手に花だもんねえ」
「ちょ、ちょっと! からかわんといてえなー!」
****
**
巡り巡ってインベントに翻弄されてきたラホイル。
この後もなんだかんだ隊長として頑張っていくことになる。
頼りない青年。
身の丈に合っていない隊長職と勲章。
だが、投げ出さず、努力を重ねた先に、頼れる隊長に育っていく。
そして数年後――
二つ目の勲章を授与されたラホイル。
と同時に、ラホイルとキャナルは結婚することになる。
幕間、もう一話続きます。
すご~くいやらしい話なのでお楽しみに。




