自分本位に生きる人たち
戦いは終わった。
「むむむ?」
狩りを終えた満足感と喪失感を感じつつ、インベントは首を捻る。
『黒猿』が最期、『アイレド』と呟いたからである。
「ふ~む……空耳かな。
まあいいや。さ~て、アイナのところに戻ろうかな」
兎にも角にも、人知れず戦いは終わったのだ。
**
アイレドの町から少し離れた場所。
石に腰かけ、瞑想する美少女がひとり。
灰色の細く長い髪をたなびかせている。
クリエ・ヘイゼン。
見た目は少女だが、齢60歳である。
クリエが目を開こうとする直前――
「――レイか」
「あ、ど~もど~も。
邪魔しちゃいましたか?」
レイシンガー・サグラメント。
『宵蛇』の隊員。
二つ名は『妖狐』。
アイレドの町にあるサグラメント孤児院の出身であり、ロゼと同じ孤児院の出身である。
「いや。ちょうど終わったところよ。
しかし勘の良い童よ」
「へっへ、カリューちゃんが反応してたもんで」
神猪カリュー。
クリエと行動を共にしている、白く巨大化した猪である。
「なるほどのう」
「で、どうなったんすか?
今日動くんならそろそろ――」
クリエは鼻で笑う。
「安心せい。もう――片付いたようじゃ」
レイシンガーは両手を挙げて驚きを表現する。
「わーお!
インベントちゃん、人型を退治しちゃったんすか?」
「そのようじゃのう」
「そりゃすげえ。何人で?」
クリエは目を伏せる。
「ふむ……わからんのう」
「ええ~? クリエさんがわからない?」
「ふん。
私も全てがわかるわけではないからのう。
周辺に数人気配は感じるが……。
四……いや五……六……う~む……」
クリエのルーンは【読】。
それも進化した【読】であり、様々な事を風として見ることができる。
『黒猿』がアイレドの町に近づいていることは知っていたクリエ。
『黒猿』の風が消えた――つまり死んだことも、把握している。
そしてその周辺には複数の風――インベント、アイナ、バンカース。更にもうひとり。
だがインベントの風はなぜか複数名が混ざり合ったような不思議な風として見えていた。
「はっはっは、クリエさんでもわからないこともあるんすね」
「そりゃそうじゃ。
まあ、インベントが単独で倒したと思うがのう」
「ほっほーう! そりゃすげえや!
てか、どうやったんだろ?
ま、インベントちゃんに話聞いてみようかな」
「――無理じゃな」
「へ?
今日はアイレドの宿に泊まろうと思ってるし、会えないことは無いと思うんすけど。
なんでまた?」
クリエはシンプルに「会えないから」と答えなっていない答えを。
だがレイシンガーは納得し大きく頷いた。
「ふ~ん、じゃあしゃーないっすね」
すっぱりと諦めるレイシンガー。
それはクリエの発言――予言を信頼しきっている証であった。
「ま、とりあえずみんなと合流しましょうよ」
「ふむ、わかった」
クリエとレイシンガーは歩き出す。
みんなと――『宵蛇』の面々と合流するために。
「しっかし、デリータ隊長たちはいつ戻ってくるんすかね?」
「……さあの。
ま、かなりかかるじゃろうて」
「そっか~」
「なんじゃ? 私では不満かえ?」
ジト目のクリエ。
レイシンガーは腕を組み、悪ガキのように笑う。
「くっかっか、まさかまさか。
デリータ隊長が『宵蛇』を離れるって聞いた時は驚きましたけど、まさか姉さんがいるとは思いませんでしたよ。
それも――――隊長よりも優秀な」
クリエは大きく溜息を吐いた。
「私がデリータより優秀じゃと思っておるのか?
ほんに、阿呆じゃのう」
「ええ~? そうっすか?
だって予知に関しては、明らかに精度が高いっすよ。
デリータ隊長、『あれ? 問題なさそうだな』って展開、たまにありましたし」
「デリータは恐らく、可能性が低い場合も律儀に出向いたんじゃろうて。
私はそこまで律儀では無いからのう」
「ふ~ん、そうかな~」
「まあよい。
デリータには、レイが悪口を言ってたことをし~っかり伝えておくからのう」
「いやいやいや!
おふたりとも誠に素晴らしいということでありまする!」
「まったく、調子の良い童よ」
「がはははは」
クリエは目を細め、ぼそりと呟く。
「あの子こそ、イング王国になくてはならぬ至宝じゃよ」
「んあ? なんか言いました?」
「なんでもない」
「あ、そっすか」
クリエはインベントの風が吹く方角を眺め――
(私利私欲で生きる私とは比べ物にならん。
デリータには悪いことをしたわい。
それにインベントも。
巻き込んでしまって申し訳ないのう)
現在、『宵蛇』には最重要人物のデリータがいない。
代わりになぜか、クリエが『宵蛇』に同行しているのだ。
そして、もう一人の重要人物も――
****
インベントが『黒猿』を狩った日。
時同じくして――
「ふんふんふふ~ん」
最強が歩く。
ひとり歩いている。
「お? お!?」
ロメロ・バトオは発見した。
「こいつは当たりだな~、人型じゃないか。ははは」
『黒猿』と酷似したモンスターを発見したのだ。
『黒猿』と違い、毛髪は朱色である。
『朱猿』と言ったところだろうか。
ロメロは歩調を変えず、特に警戒もせず、『朱猿』に近づいていく。
「ハッホッホッホ?」
無邪気に近づいてくる『朱猿』。
ロメロは笑顔のまま、剣を抜き垂直に掲げた。
「ハハハ、アホだな」
ロメロはまるで一筆書きをするかのように、ゆっくりと、だが美麗に剣を振るう。
すると、額、頬、胸、左腕、腹と順に裂け目が。
続けて裂け目からだらりと血が流れていく。
一瞬の出来事に何が起こったのか理解が追い付いていない『朱猿』。
「寝ぼけてないで、さっさと本気で殺しに来い」
一閃。
小指の第一関節から先が綺麗に吹き飛んだ。
「ホッキャアアアアアア!!」
「ハハハハハハ」
剣を持ったまま腕を組むロメロ。
上体を反らすだけで攻撃を回避した。
「ほ~ら、がんばれがんばれ」
四肢を振り回し攻撃してくる『朱猿』。
否――攻撃しようとする『朱猿』。
だが――
剣一本。
攻撃を続行すれば自ら剣に刺さりにいくような位置へ。
まるで指導でもするが如く、出鼻を挫いていく。
『朱猿』が攻撃に躊躇した瞬間――
「どうしたどうした?」
ロメロは再度頬を斬った。
「さっさと本気を出せ。
追い込まれると本気を出すんだろ?
俺の出来の悪い弟のピットがな~、本気出したお前のお仲間相手に怪我したんだよ。
まったく……弱いってのは羨ましいよ」
『朱猿』の全身を斬り刻んでいくロメロ。
斬り刻むと言っても、薄く表皮が裂ける程度に。
ロメロが『朱猿』を見下しているのは間違いない。
だが期待しているのだ。
覚醒した先に、ロメロを楽しませる力を得るかもしれないからだ。
「ホッアッ! ヒアアアァァ!」
咆哮と同時に、幽力の爪が発現した。
全ての指から30センチメートル程度の幽力の爪。
「ほお~う」
形勢逆転。
迫る『朱猿』。
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」
連続攻撃をいとも簡単に避けるロメロ。
20回ほど避けた後――溜息。
「よいっしょっと」
ロメロは先程と同じように、剣を突き出し、攻撃を続行すれば自ら剣に刺さりにいくような位置へ。
左腕の攻撃を封じ込めた。
だが『朱猿』の両腕には必殺の爪がある。
左腕がだめならと、右腕で攻撃を仕掛けるのだが――
「ほらよっと」
右腕の攻撃も封じられてしまった『朱猿』。
ロメロは二刀流になっていた。
「さあ~てどうする?」
ロメロは前進する。
『朱猿』は仕切り直し攻撃を仕掛けようとするが、ことごとく二本の剣に邪魔される。
「ははは、二刀流もちょっと練習したんだぜ。
あ! なんで練習したと思う!?
インベントっていうやつがいてなあ。
あいつは本当に面白かったんだよ。
なにが面白いって言うとだな~、う~ん、まずは観察力だな。
どうやれば勝てるかをちゃんと考えるタイプなんだ。
それを、この俺相手にもやってくるのが最高なんだよ。
そうそう――――」
インベントのことを楽しそうに語るロメロ。
顔だけ見れば、隙だらけ。
だが顔と身体がまるで別人のように、動いている。
『朱猿』がやろうとしている行動を全て封じているのだ。
ただただゆっくりと後ずさりすることしか許されていない『朱猿』。
『朱猿』がこの状況を打破するためには、自身の殻を破り成長するしかない。
だが――
『朱猿』は尻もちをついた。
そして両手を挙げた。
その姿はまるで降伏宣言である。
ロメロは心の底からがっかりした表情で――
「つまらん」
と吐き捨てた。
そして踵を返し去っていく。
放置された『朱猿』。
『朱猿』はロメロの背中を見ながら――
ぼとり。
自らの左腕が地面に落ちていくのを見た。
ぼとり。
自らの右腕も落ちていくのを見た。
ぐるり。
自らの頭が落ちていくのは見られなかった。
次で12章終わりです。




