ノルド隊(仮)⑥
「フウ……決まった……」
頭上から丸太を落とす技、丸太ドライブ参式が決まりロゼは完全に沈黙した。
ちなみに技名に『ドライブ』が入っているのはカッコいいからだ。
(いやあ……危険な賭けだったなあ)
少しでも丸太を落とす地点がズレれば負けだった。
ゲートを開く場所が自分自身から離れれば離れるほど扱いが難しくなる。
まあインベント以外に自分自身から離れた場所にゲートを開こうとした人はいない。
そんな技術を体得しても使い道が無いからだ。
思った通りの結果を出すことができてインベントは満足していた。
「馬鹿!! やりすぎだ!」
「え?」
模擬戦が決着を迎えたが、大慌てでノルドがロゼに駆け寄る。
「ま、丸太を後頭部に思い切りぶつける奴があるか!」
「い、いや……思い切りではないです……けど」
「あ~くそ~めんどくせえな! 完全にノビてるじゃねえか!
さっさと医務室に連れていくぞ」
「は、はい」
**
その後――
ノルドとインベントは盛大に怒られた。
駐屯地勤務ではないロゼを模擬戦で意識不明の状態にしてしまったのだから当然と言えば当然である。
いつもは基本的に我関せずのノルドも今回は多少なりとも責任を感じているらしく、嫌々ながらも説教を受け入れていた。
ロゼは一度夕刻に目を覚まし、意識が朦朧としているようだったが水を飲みつつずっと窓から見える空を見ていた。
翌日、医療班が健診を行いしばらく安静にするように言い渡された。
面会が許されたのはその翌日だった。
「あ、どうも」
「あら、ノルドさんにインベント」
ベッドに横たわりながらも血色も良さそうであり、インベントは安堵した。
「ご、ごめんね。大丈夫?」
「ん? ええ、気にしないで。模擬戦をしかけたのは私ですし」
「あはは」
ロゼが元気そうなのでインベントは笑う。
ノルドは腕組みをしながら、バツが悪そうにしていたが――
「……悪かったな」
と言う。
ロゼはノルドが謝罪している様子があまりにも似合わないので笑う。
「うふふ、本当に気にしないでください」
「いや……まあ……なんだ。大事にならなくて良かった」
「そうですね。そんなことよりも……私は……どうなって負けたんですか?
後頭部が凄く痛いんですよね。どうやって後頭部に攻撃してきたのかずっと考えてるんですがわからないんですよ」
「あ~……そりゃあ~」
ノルドはインベントを見た。
「丸太を後頭部にぶつけたんだよ」
「丸太?」
「これなんだけど――」
と言いインベントはニメートルの丸太を出した。
「これはまた……中々の迫力ですわね」
「これを落としたんだ」
「落とす??」
インベントは笑った。
「まずね、ゲートを開くでしょ」
と言い――掌を上に向け、ゲートをロゼの目線の高さで開いた。
「ゲートを下向きに開いて、丸太を出したんだよね~……あ」
ゲートからゆっくりと丸太が出てくる。
そして地面にドスンと言って丸太がぶつかる。
地面が少しめり込み、ノルドは「おい」と少し苛立った。
ただでさえたくさん怒られたのでこれ以上怒られたくないのだ。
「ははは。自分から離れれば離れるほどゲートって扱いにくくなるんだけど、あの時は立ち止まっていたでしょ?
だからじっくりとゲートを開く準備ができたんだ」
インベントは楽しそうに実演する。
「ねえ、インベント」
「ん?」
「そもそもなんですけど、ゲートっていうのは何かしら?
収納空間の入り口ってことかしら?」
「そうだよ」と言いゲートをロゼに向けて開いた。
「なるほど……そのゲートとやらを私の頭上で開いたのね」
「うん」
ロゼは「なるほど」と言い――
「もしも……丸太を鉛筆のように尖らせていれば、私は死んでいたわね」
「あ~それも考えているんだけど、まだ遠隔ゲートは練習段階なんだよね。
結構昔に練習してたことはあるんだけど、最近は使ってなかったから。
正確に当てられないと意味無いし」
ロゼは「ふふふ」と楽しそうに笑う。
これまでロゼに渦巻いていた負の感情は消え、15歳の女の子の顔になっている。
そして――
「なるほどですわ……ですがこれからは問題ないでしょう」
インベントは首を傾げ「問題ない?」という。
ロゼは笑う。
「私がモンスターの足止めをする。そしてインベントが丸太を落とす。
ふふふ、完璧じゃない」
インベントは柏手を打って「……あ~確かに!」と笑う。
「ちょ、ちょっと待て」
勝手に進む話にノルドは慌てた。
「どうしましたか? ノルド隊長」
ロゼはあえてノルドに対し「隊長」という。
「い、いや。勝負をけしかけておいてなんなんだが……。
本当に俺の部隊に入っていいのか?」
「丁度、前の隊からは除隊したところです。恐らく問題ありません。
まあ大物狩りの件で色々……ありましたので」
「あ~……なるほど……。だ、だがバンカースはその~」
ロゼはクスクス笑う。
「うふふ、気にかけていただいているみたいですけど、バンカース総隊長に関しては大丈夫ですよ。
目をかけてくれてはいますが、別に何か命令されているわけではないですし」
「そ、そうか……」
ノルドは胸をなでおろす。
「しかし……あれだな」
「なんでしょう?」
ノルドは言いにくそうだ。
「どうしました? 隊長」
「あ~! 隊長隊長言うな!」
ロゼは不思議そうな顔でノルドを見る。
「はは、ノルドさん。照れてる」
インベントは初めて見る照れているノルドを見て笑った。
「う、うるさい」
数年、一匹狼だったノルドにとって「隊長」と呼ばれるのは小恥ずかしいのだ。
「ハア……お前……もっとそうだな……なんというか」
「なんでしょう?」
「いや……性格のねじ曲がったガキだと思っていたんだけどな」
ストレートな物言いにロゼは両手で口を隠しながら笑う。
「……調子に乗っていたのは認めますわ。
早く……偉くなりたかった……。
ですが……三度も負けてしまっては調子に乗るわけにはいかないですよ」
「はは、そうか」
インベントは――
(三度? 二度の間違いかな?)
と思ったが、ロゼにとっては二度目の模擬戦で精神的に三度負けた感覚なのだ。
兎にも角にも、こうしてノルド隊にロゼが参加することが決まった。
ノルド隊がやっと三名になり、なんとか隊として認められることになったのだ。
****
バンカース総隊長のお部屋――
「な、なにい!?」
バンカースのもとにロゼがノルド隊に入ると連絡が入った。
新人がどこに配属されるかなんて大した問題ではない。
だがバンカースにとって、とある理由でロゼは特別だった。
(な、なんでまたノルド隊に……?
というかノルドさんに任せて大丈夫なのか……。
いや……というかなんでノルド隊? あの人、隊員なんて率いてないじゃないか!
い、いや……今はインベントがいるか……)
バンカースは水をグイっと飲んだ。
(いや……しかし……あの向上心というか功名心が異常に高いロゼがノルド隊にねえ)
バンカースは妙な取り合わせだと思った。
(ノルドさんは功名心を捨てた人だ。
妻と娘さんを亡くされてから、とにかくモンスターを殺すことに執着するようになった。
誰にどう思われようがとにかくモンスターを狩りまくってる。
殆どの隊員は知らねえだろうが、あの人を総隊長にしようって動きもあったぐらいだ。
実力は折り紙付きだし、部下の育成もやろうと思えばちゃんとできるはずだ。
俺よりも早く隊長職になった人だしな)
バンカースは目を瞑り物思いに耽る。
ノルドは39歳、バンカースは36歳になる。
接点がそれほど多かったわけではないが、ノルドの戦いは何度も目にしている。
アイレド森林警備隊の中でも有数の実力者であるノルド。
「案外……ロゼを任せるのはアリなのかもしれねえな」
****
ロゼ・サグラメントのお部屋――
ロゼは腕立て伏せをしている。
インベントに負け、二日間鍛えられなかった。
その分自分を追い込んでいるのだ。
筋力では男性に勝てない。それでも無いよりはマシ。
だからこそ筋トレは欠かさない。
「う、うふふ」
(私より筋肉の無さそうなインベントに負けちゃったけど)
自嘲的な笑みを浮かべつつ肉体を鍛える。
事実現状では、インベントのほうが筋力が無い。
腕相撲をすればインベントが負ける。
(それでも……私は上を目指さないといけない)
インベントとの戦いで感じたのは自分自身の実力不足。
二度負け、精神的には三度負けている。
自分は特別であり、最速で大物狩りメンバーになれると思っていた。
慢心ではなく、自信があった。
だが負けた。
(認めざるを得ないわ。私はまだまだ未熟。だけど…………だからこそ!!)
肉体を限界まで追い詰めつつ、新しくスタートすると意気込むロゼ・サグラメント。
(私は……『妖狐』を超えてみせる)
決意を胸にロゼは今日も鍛えるのだ。
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