黒猿⑫
鬼と刀。
鬼を斬ったとされる刀は数多くあり、鬼と刀は因縁深い関係にある。
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『黒猿』はインベントと戦う最中に突如角が生えた。
その形容はまさに鬼である。
『鬼化』した『黒猿』だが、それでもインベントを仕留めきれない。
それどころか、徐々に対応され反撃される始末。
そんなインベントは手の届かない上空へ。
上空へ飛ぶ前に盛大に顔を汚してきた。
怒りや苛立ちが『黒猿』を狂わせる。
そして新たな武器を与えた。
右手の幽力が増え、棒状に伸び、無駄が削ぎ落されていく。
その結果――不格好ではあるものの刀状になっていったのだ。
(なんだ?)
上空から『黒猿』を眺めるインベントには、『黒猿』に起きている変化が正確にはわからない。
だが身体を捩る動作を見て、なんとも言えない悪寒を感じていた。
そして――
インベントは咄嗟に高度を上げた。
すると刃状の幽力が飛んでくる。
それもかなりの速さで。
「はは、遠距離攻撃まで覚えたのか」
「なんだなんだ!?」
喜ぶインベント。
驚くアイナ。
「ここにきて新技か~、やるなあ。
当たったら一撃だね。連発はできるのかな~?
くふふ、でも失敗――悪手だよ、それ。
初見だったら避けれなかったかもしれないのに、空にめがけて撃つなんてさ」
インベントはゆっくりと高度を落とす。
アイナは撤退するように言おうかと思ったが止めた。
諦めたのだ。
インベントは狩るまで止まらない。
それでこそ昔のインベントであり、今この瞬間のインベントなのだ。
『あ~もうどうとでもなれ。
おい、インベント。
収納空間がすっからかんだってさ!
まずは色々拾えってご命令だぞ!』
インベントは目を見開き、収納空間の中身を確認する。
「おお、ほんとだ!」
『あと、アタシを降ろせ!
もう吐きそうなんだよ!』
「あ~はいはい。
ん~でも、どこに降ろそうかな。
『黒猿』の攻撃に巻き添えになったら大変だし……。
う~ん……お、あそこにしよう!」
『お、おい!? どこ行くんだよ!?』
**
泥地。
さきほどバンカースを捨てた泥地に戻ったインベント。
「う~ん、総隊長いないね。
ま、いっか」
「よ、よくねえだろ!」
「まあどこかに隠れてるんじゃないの?
ははは、さてさて――」
インベントは泥地の真ん中へ。
『黒猿』の動向を注視する。
「ぷふふ、やっぱり泥は嫌いなんだねえ~、変な奴」
「ホントだ。泥嫌いなのか?」
やはり泥地を嫌う『黒猿』。
だが――
『黒猿』は飛び上がる。
右手に膨れ上がる幽力が刃を成す。
それを振りかぶって投げた。
「うは~」
インベントは避けるが、盛大に泥が舞う。
着弾地点はパックリと割れた。
インベントは『黒猿』を注視したまま、アイナをゆっくりと泥地に降ろす。
「それじゃ、後で迎えに来るね」
道中で拾った槍を『黒猿』へ投げつけ、ヘイトを自らに集めつつ、離れるインベント。
アイナはなにか話しかけようとした。
だが邪魔になるかもしれないと思い、一言だけ。
「ちゃんと…………帰ってこいよ!」
インベントは「わかった~」と軽く返事した。
インベントはその場を離れ、『黒猿』はインベントを追う。
残されたアイナ。
「へ。
ちゃんと帰ってきたら、チューぐらいしてやろうかね」
**
アイナが巻き添えにならないように、泥地から遠ざかりつつ集中して戦える場所へと向かうインベント。
道中、これまで使用してきた丸太や武器をある程度回収しつつ、手ごろな石や、砂を収納空間へ。
「――さあて」
一撃必殺の遠距離攻撃を会得した『黒猿』。
遮蔽物は自らの首を絞めかねない。
インベントは開けた場所まで『黒猿』を誘導した。
『黒猿』は右手に禍々し幽力の刀を。
「……刀を持ったモンスターか~。
尻尾が剣みたいなモンスターは知ってるんだけどねえ。
さすがに刀を持つ……というか生えてるって感じだね。
ふふ、これはこれで面白い」
インベントは石を軽く投げ、ゲートから収納空間へ。
すると――
一気に加速し『黒猿』へ発射された。
「おほう。
コレにも技名考えないとな~、くふふ」
『黒猿』は石を寸前で躱しつつ、幽力の刀を投げ飛ばす。
とてつもない速さ。
恐ろしい威力。
大地は抉れ、木々がバターのように溶けていく。
だが、その動作はあまりにもわかりやすい。
簡単に回避するインベント。
再度インベントは石を。
それに対し『黒猿』はむきになって刀を投げ返す。
そんなやり取りを繰り返す。
するとインベントの後方は大災害が発生したかのような酷い惨状へ。
だが当のインベントは無傷。
「あの刀……すごい幽力を使ってると思うんだけど……大丈夫かな?」
挙句の果てには『黒猿』の幽力を心配する始末。
「このまま持久戦すれば……勝てる気もするねえ。
おっと、俺も収納空間の在庫は気を付けないとね」
インベントの目の前に光が点滅する。
クロからの肯定的なサインに、インベントはにんまりと笑う。
「遠距離の持久戦もありだけど……まあ、幽力の底が見えないからなあ。
ふふ、それに……」
インベントは妖しく微笑む。
飛来する幽力の刀。
あろうことかインベントは、前方に駆け出し――加速し――際どく回避しつつ『黒猿』との距離を詰める。
「なんだろうねえ。
――負ける気がしない」
突然近寄ってきたインベントに驚きつつも、『黒猿』は刀を振う。
幽力を纏った拳で戦っていた時よりも、リーチは広がり、威力も格段に向上している。
更に飛ばすことも可能な幽力の刀。
『黒猿』は――鬼は刀を振るう。
インベントを細切れにしようと一心不乱に振り続ける。
積み上げた技術は無くとも、人間のレベルを遥かに超えた速さで振るわれる刀。
だがインベントはいとも簡単に回避する。
刀そのものが飛来する可能性もしっかりと考慮し、縦横無尽に避けまくる。
つかず離れずの距離。
しっかり幽結界の中に『黒猿』が入る距離で戦う。
「ふふ、なるほどなるほど」
一振り一振りを観察し、余裕すら持って回避するインベント。
『黒猿』の死角に入りこむことは可能なのだが、あえて入らない。
徐々に慣れてきたインベントは、わずかな攻撃の合間に槍でチクリと刺した。
構わず反撃してくる『黒猿』だが、やはり当たらない。
『黒猿』からすれば、攻撃力が上がりリーチも伸びた。
戦いにくくなったはずである。
であるにも関わらず、『黒猿』刀を持つ前よりも、なぜかインベントには余裕がある。
事前に攻略方法を知っていたかのような動きなのだ。
(ああ……なんか昔を思い出すな)
インベントは危機感と懐古が入り混じる、不思議な感情を抱いていた。
刀を振るう鬼と対峙することで、インベントはとある過去の出来事を思い出している。
そして、攻撃を華麗に回避し、合間に攻撃を加えるごとに、インベントの集中は増していく。
まるで錆びていた刀が、磨かれ元の名刀――いや妖刀に戻っていくように。
過去の出来事。
それは――
自分勝手。
自由奔放。
だが紛れもなく世界最強の男と過ごした時間。
「剣は失敗だったね。
『黒猿』なんかじゃ足元にも及ばない――
『ロメロ』と何度も戦ったことがあるんだよ」
 




