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黒猿⑧

 シロの提案。

 それは乗っ取り。


 クロは呆れ顔でシロを見る。


「アイナっちがいないからって悪い女だねえ、まったくよ」


「え、あ、あはは。

 し、仕方ないじゃん!

 そ、その~、そう! 緊急事態だもん!

 ベンちゃん大ピンチだもん。

 だから……一回だけなら……アイナちゃんも許してくれる……はず」


 クロの、小さな舌打ちと大きな溜め息。

 その後「だめだ」と一言。


 シロは反射的に「どうして!?」と言うが――


「そうだよね、だめだよねえ~。

 アイナちゃんと色々お話ししたばかりなのに、こっそり乗っ取りなんてしちゃだめだよね。

 えへへ」


 反省するシロ。

 だが――


「言い方が悪かったな。

 ダメじゃなくて、できない。

 乗っ取りは多分できねえよ」


「え?」


 クロはもう一度舌打ち。そして天を仰ぐ。


「確かに乗っ取れば、どうにかできたかも。

 いや……どうかな? あのバケモン相手に勝てるのか?

 まあ、乗っ取れば逃げれるか。カカカ」


「う、うん?」


「ああ、ごめんごめん。

 乗っ取りたくても乗っ取れないんだよ。今のインベントはな。

 乗っ取りするには、下準備がかなり必要なのさ。

 じ~っくり、夢と現実の境界線をあやふやにする必要があるんだ。

 『胡蝶の夢』って知ってるだろ?」


「うん、夢と現実が区別つかなくなっちゃうアレでしょ?」


「そ。

 『胡蝶の夢』状態にするには一日二日じゃ無理。

 というか、ベン太郎からすれば二年も接続を切られた状態なんだろ。

 その間一度もゲームの夢見てないってことだ。

 状況が変わり過ぎてるからなあ~。

 少なくとも今すぐには絶対にできねえ」


「……でも」


「わかってるよ。『どうしよう!?』だろ。

 わかってる……わかってるが……」


 焦る。

 打つ手を思いつけず苛立つ。


「くっそお……できることが限られ過ぎてる。

 ジャスラのタイミングを提示するぐらいしか……。

 いや、それも危険か」


「危険――なの?」


「ジャストアクションなんてものは、要はジャストなタイミングで攻撃なり回避なりすることだ。

 ベン太郎に確実にジャスラを決めさせるなら、モンスターの動きと、ベン太郎の動きを完璧に把握してなくちゃならん」


「モンスターはわかるけど、ベンちゃんも?」


「カカカ、そりゃそうだろ。

 攻撃判定が発生するまでのフレーム……フレームって言ってもわからんか。

 攻撃ボタン押してから、実際に攻撃判定が発生するまでの時間は武器やキャラによって変わるだろ。

 双剣みたいに反応がいい武器もあれば、大剣みたいにじれったい武器だってある。

 ベン太郎に合図送って、どれぐらいで攻撃が相手に届くかってのは重要な要素だ」


「なるほど」


「何回か合図送ってみて気付いたんだけど、久々だからベン太郎が戸惑ってるんだよな。

 それに……逆に攻撃スピードが若干向上してる。

 筋トレでもしたのかな。

 ま、このズレを修正するのはすぐには無理」


 クロは眉間を指で挟みグリグリと脳に刺激を送る。


「それにベン太郎(こちら)側は緊急回避に不安が残ってる。

 なのにあのクソザルは一撃必殺だ。

 こんな死にゲーで無茶はさせられねえ。


 もっと厳しいのは、クソザルの野郎、さっき攻撃パターンを変えやがった。

 偶然ならいいけど、まさか学習してるんだったらマジでやばい。 

 クッソ、AI搭載してんのか? モンスターの分際で!」


 不安そうな顔のシロ。

 そんなシロを見て――


「てなわけで、こっちから合図出した結果、ベン太郎の助けにならない可能性があるってこった。

 うかつに合図出した結果、ベン太郎が死んじまってもいいならやるけどさ!」


 クロが「だああぁ!」と叫びながら頭を掻きむしる。


「くそお!

 見てるしかねえのかよ、このクソゲー!

 ちきしょ……ゲート一枚でも譲ってくれれば。

 なにかできることはねえか?

 見落としてることは、なんかねえか?

 なにができる? どうすりゃいい?」



****


 インベントが戦い、クロが頭を悩ませている頃――


「大丈夫ですか? 総隊長」


「お、おう」


 インベントが苦戦しているとは露知らず。

 負傷したバンカースと共にイルイックの滝へ向かっていた。


 バンカースは負傷しているとはいえ、幸い歩くことはできる。

 危険区域に留まるよりは、安全区域まで向かうのが最善と判断したのだ。


 バンカースを先行させ、アイナは左右と後方を警戒している。


「へ、へへ、しかしあれだな」


「はい? どうしました?」


「アイナ……お前結構強かったんだな。

 剣術は相当できるだろ?」


「いやいや、アタシはポンコツなもんで。

 ちょっとばかし剣が使いこなせてやっと半人前ですよ」


「謙遜しやがって……。

 しかしその腕なら、入隊試験の時に気付きそうなもんだが……」


 アイナはカイルーンの森林警備隊出身であり、逃げるようにアイレド森林警備隊に身を寄せた経緯がある。

 それも後方支援部隊へ。


 アイナは説明がかったるいため、笑って誤魔化す。


「しかし、インベントは大丈夫なのか?

 俺なんか放置して手助けしたほうが」


「いやいや、インベントの邪魔になるだけですよ」


「ふ~ん、確かに空飛ぶやつと連携ってのは難しそうだな。

 それにインベントはいざとなれば空へ逃げられる。

 となると……俺たちのほうが危ないのかもしれないな」


 アイナは愛想笑い。


「そりゃあ大変ですね。

 さっさと安全区域まで行かないと」


(インベントが逃げるわけないでしょうけどね~。

 そろそろ終わったかな?)


**


 イルイックの滝。

 バンカースの指示で、野営でよく使う場所へ。

 人間の匂いが染みついた場所は、動物はもちろんモンスターも寄ってくることは少ない。


 バンカースは折れてしまった腕の応急処置と、休息を。

 まだまだアイレドの町は遠く、帰るための英気を養っている。


 アイナは周辺警戒を実施。


「ま、大丈夫だろ。

 インベントと合流できたら、インベントに総隊長運んでもらうとしますかね~」


**


 小一時間の休憩後――

 バンカースは「出発しよう」と言う。


「あ~、一応、インベント呼んでみていいですか?

 結構、元いた場所から移動してますし」


「ああ、それもそうだな。わかった。

 俺の鞘を使え。良い音が鳴るぞ」


「へへ、ありがとうございます」


 アイナは鞘を受け取り、周囲を見回す。

 そして焦茶色の木に近寄っていく。


「こりゃ~良い音が鳴りそうだなっと!」


 鞘で木を叩くと、甲高い音が鳴り響く。


 通常、モンスターに人間の縄張りだと主張するために行う木叩きだが、今回はインベントに位置を知らせるために木を叩く。

 リズミカルに数度。


 そして暫し待つ。無言で待つふたり。


 すると――


「お? キタキタ」


「ん? どこだ?」


 アイナが指差す。


「ほら、あっちですよ。

 あの薄紫色の花が咲いてる木の先です」


「ん~? お、いたいた――――え?

 おい、なんか……ついてきてねえか?」


「はい? ん?

 え!?」


 低空飛行のインベント。

 そんなインベントを追う『黒猿クロザル』。


「ななななななんで、アイツ『黒猿クロザル』連れてきてんだ!?」


 あろうことか『黒猿クロザル』を連れてきているインベント。

 インベントは手を振っている。


 全くもって意図がわからない。


 倒せていないのは仕方ない。

 だがなぜ、あえて連れてきたのか?


 インベントならば撒くことは可能だったはずなのに。


(どうしよう!

 え? どうしよう!)


 急すぎる展開。


 なにをすべきか全くわからない。

 心も体も戦う準備などできていない。


 だが、アイナは無意識に剣を抜いた。


 次の瞬間。

 アイナから見て、インベントが左に飛ぶ。

 インベントを追うように、『黒猿クロザル』も左へ。


 するとアイナとインベントたちの間に大木が。


「見えねッ!?」


 ただでさえなにをすべきかわからないのに、視界から消えてしまった。


 またまた次の瞬間。

 これまた予想外の展開へ。



 ふたつの風が連続してアイナの近くを横切っていく。

 アイナは剣を構えながら、どうにか風を、目と身体の向きで追う。


 風が過ぎ去っていくと思いきや――

 なんと先行する風がなんとバンカースを攫っていく。


「おわー!?」


 インベントは、バンカースを抱きしめて飛んでいったのだ。


 追いかける『黒猿クロザル』。


 放置される女がひとり。



 理由は全くわからない。

 あえてバンカースを攫っていったのには理由があるのだろう。


 だが、アイナはなんとも言えない敗北感で、頬を膨らませる。







「そこは…………アタシやろがい」

???「俺はおっさんだって構わないで食っちまう人間なんだぜ」

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― 新着の感想 ―
[一言] インベントはバンカースを装備した!!
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