黒猿⑥ 残機ゼロ
「アロンダイト。
ミョルミル。
ミストルテイン。
ブリューナク。
カラドボルグ。
クラウソラス。
トールハンマー。
ん~っと、他になんかあったっけ」
剣、短剣、斧。
手持ちの武器を投射する。
『モンブレ』から知った伝説の武器の名を、淡々と呟きながら。
一撃一撃が伝説の武器の名に恥じない威力。
『黒猿』は動けない。
だが決定打にもならない。
(的が小さいとやりにくいな。
それに……あの両手が厄介だなあ)
『黒猿』が両手に纏う禍々しい幽力。
攻撃として使えば、致命的一撃になり、防御に使えば最強の盾になる。
インベントは攻撃を止めた。
「……ロメロさんならそのままぶった斬れるんだろうな。
さあて、どうしたものか」
遠距離からの物量作戦。
ノーリスクで狩ることができるが、インベントは諦めることにした。
『黒猿』を狩る前に、武器のストックが底をつきると判断したのだ。
インベントはじっと『黒猿』を観察する。
インベントにとってモンスターの行動パターンの把握は、基本戦術である。
(少し上半身を沈めたね。
右手で大地を触れた。
一、ニの、三)
インベントは早業で右手に盾を。
『黒猿』がまるでワープしたかのように高速で接近してくる。
だがインベントにとっては予測していた動き。
「最後に一歩――」
踏み込んだ後の強烈な一撃。
だが、どれだけ速く、どれだけ強力な攻撃だとしても、完全に予測できるのであればカモだ。
「――縮地」
インベントは絶妙のタイミングで左方向に移動する。
左方向を選んだのも、『黒猿』は右手で攻撃してくるためだ。
『黒猿』自らの手が死角になり、そのスピードも相まってインベントを完全に見失う。
回避が成功した瞬間には『死刑執行人の大剣』を手に。
急加速し『黒猿』を追い、続けて武器を加速させ背面から『黒猿』を斬る。
一撃喰らわせた後、インベントはすぐに距離をとる。
(う~ん、結構重い一撃だと思うんだけどな。
攻撃するとすぐに反撃体勢整えてくる。
いや~骨が折れるね、こりゃ)
予測からの完璧な回避。
そして背後からの不意打ち紛いの一撃。
だが攻撃を当てることで、インベントの位置を把握する『黒猿』。
すぐにインベントに反撃を仕掛けようとしてくる。
それを見越して、インベントは距離をとる。
良く言えばヒットアンドアウェ―。
撃たれずに撃つ。
だが追撃できないため、攻撃がぶつ切りになってしまう。
「う~ん、怒ってるし、息も荒くなってる気がする。
ダメージは蓄積してるとは思う。
思うんだけどなあ」
幾度このヒットアンドアウェーを続けた先に、『黒猿』が倒れるのか?
少なくとも、『黒猿』の動きは悪くなっていない。
インベントの目的。
それは『黒猿』を狩ることだ。
これは決定事項。
ではどうやって狩るのか?
リスクを冒して、相応のリターンが得られるのであればインベントは躊躇なく実行するだろう。
だが有効な手段や、試してみたい手段は浮かんでいない。
それゆえの妥協策、ヒットアンドアウェー戦法を続ける。
(また、少し上半身を沈めた。
また、右手で大地を触れた。
一、ニの、三)
予測可能な攻撃に対しては、しっかりとカウンター攻撃を積み重ねる。
反対に、初見の動きに対しては徹底的に観察に努める。
攻めたくて疼く心を制御しつつ、予測可能な攻撃パターンを増やしていく。
非常に地道な作業。
インベントがやろうとしてるのは、ゲーム的に言えばノーダメージ縛り。
一度もダメージを受けず勝とうとしている。
それも初見のモンスターに対して。
(よしよし、このパターンは覚えた。
うひひ、木を蹴って反動を利用するパターンだね)
対応可能なパターンは増えていく。
着実にダメージを積み重ねる。
『黒猿』の全ての攻撃パターンを知り終え、全てのパターンに最善の対応策を準備。
ミスさえなければ確実に勝てる状況を目指して。
だが、汗びっしょりのインベント。
なにせ一度のミスでゲームオーバー。
ゲームオーバーの代価は、自らの命。
これぞまさに死にゲー。
死の重圧がインベントが感じてるよりも重くのしかかる。
それでも前進を――継続を止めない。
(お? またまた上半身を沈めたね。
よ~し、ボーナスチャンス!)
『黒猿』の攻撃パターンによって、反撃しやすいパターンがある。
反撃しやすく、何度も実行してくるパターンは狙い目。
「くふふ、縮地で避けてっと――」
避けた瞬間には『死刑執行人の大剣』を手に。
「追撃ー!」
『黒猿』の背中を追いかける。
背後からの斬撃後、距離をとる。
一連の流れ――――のはずだった。
「え!?」
『黒猿』の首が180度回る。
身体は前方を剥いているのに、顔だけが後ろを向いている。
目と目が合う。
一瞬にしてインベントから汗と血の気が引いていく。
(パターンが変わった?
いや、誘い込まれた?
学習したのか? モンスターなのに?
う~ん、ボーナスパターンだったのにな。
あれ? そんなこと考えてる場合か?
さっさと逃げないと、着地する前に逃げないと。
後ろ? 左右? 上? 上か?
いや、剣を持ってるんだから後方へ飛ぶか)
声に出せば10秒以上かかる。
そんな内容を瞬時に思考するインベント。
そして導き出した答え。
「こりゃまずい」
恐れていた状況。
咄嗟の判断が求められる展開に引きずり込まれている。
前方に急加速していた状態からの、一気に後退。
臓器に圧し掛かる重圧。
『黒猿』の顔が小さくなる。
と思えば、元の大きさに戻り、更に大きく。
(まずいまずい!)
咄嗟に丸太ドライブで押し返そうとするインベント。
だが判断を一つ誤った。
迫る『黒猿』の右手に対し、丸太ドライブを発動してしまったのだ。
幽壁を纏った右手は、丸太を溶かしていく。
顔面、もしくは胸部を対象にするべきだった。
それでも多少減速させることに成功した。
(とにかく、きょ、距離を――!!)
咄嗟に丸太を踏む。
だが暴発を恐れ加減しすぎたためか、思ったよりもスピードがでない。
再度肉薄する『黒猿』。
またもや咄嗟の判断に迫られる。
それも今度は二択。
距離をとるか、それとも弾き返すか。
そんな中インベントが選んだのは――
(両方だ!!
両方同時にやる!!)
インベントはゲートを二つ同時に起動した。
片方からは丸太ドライブ零式で『黒猿』を弾き飛ばす用。
もう片方は、ゲートの先に砂空間を開き反発移動用に。
(吹き飛べ!!)
丸太ドライブ零式が『黒猿』の顔面にヒットした。
強烈な反発力で吹き飛んでいく。
頭が弾けるように吹き飛び――
首がゴムのように伸び――
背中は、まるで背骨が無いかのように湾曲する。
後は身体そのものが吹き飛んでいけば、窮地を脱する。
インベントは吹き飛んでいくと信じて疑わなかった。
だが、『黒猿』の上半身が押し倒したバネのように戻ってくる。
凄まじき身体の頑丈さ、柔軟さ、そして筋力。
加えて、これまでに受けた痛みに対しての復讐心。
(――あ!)
反発移動は準備している。
後は砂空間に『死刑執行人の大剣』を刺すだけ。
だがその『刺す』という簡単な行為がもどかしいほど、凄まじい速さで『黒猿』の右手が迫る。
『イルイックの滝』南部。
人知れず、光が弾けた。
直後、インベントの身体が後方へ飛んでいく。
反発移動で飛んでいく。
…………その前に。
『黒猿』の右手は、インベントの胸部へ到達していた。




