黒猿④ あなたが教えてくれたもの
丸太ドライブ零式が不発に終わる。
『黒猿』とインベントは目と鼻の先。
インベントの幽結界内に侵入している『黒猿』。
殺意の瞳と、歓喜の瞳が交差する。
(うほお……。
こりゃまた濃いな~)
『黒猿』は目で見てわかるレベルで変化している。
角が生え、まるで鬼のように変化したことから、インベントは鬼化と名付けた。
加え、幽結界で感じる『黒猿』は、身体の奥に異常なほどの幽力が渦巻いている。
インベントはその幽力の渦を、『濃い』と表現したのだ。
「……ヒヒ」
危険な状況。
一撃必殺になりうる両腕。
距離を一気に詰めることができる脚力。
致命傷を無かったことにする再生力。
『鬼化』し、一気に戦闘力の上がった『黒猿』。
それでも――いやそれだからこそ、インベントは高揚する。
インベントにとってモンスターとは、追い込まれればパワーアップするものだからである。
大ダメージを与えてからのパワーアップ。
燃える展開。
楽しい狩りの第二ラウンド。
だがインベントには誤算があった。
一旦仕切り直ししたいインベント。
行動パターンも把握できていない状況で、近距離戦はあまりにも危険。
緊急回避のため、右足で大地を踏む瞬間に、収納空間から丸太を飛び出させた。
「うぇ!?」
真上に跳びあがり、空というインベントだけの安全領域に退避しようとする。
だが、右足が先行して飛んでいき、右足に引っ張られるようにぐるぐると回転しながら飛び上がる。
なんとか回避には成功したものの、右太ももの裏が肉離れを起こしかけていた。
「い、痛!?
え? あれ?」
なにが起こったのか理解できず戸惑うインベント。
そんな困惑中のインベントに対して『黒猿』は容赦なく襲いかかる。
「あ!?」
インベントは想定よりも低く飛翔していた。
そんなインベントに対し『黒猿』は、木を蹴り飛びかかってくる。
反射的に今度は両足で丸太を踏んだ。
すると、想定以上の高さまで吹っ飛んだ。
両足で飛んだため、足へのダメージは分散された。とは言え、やはり痛い。
とりあえずインベントは空高くまで到達した。
さすがの『黒猿』も届かない高度まで。
インベントは槍を取り出し、収納空間にぶっ刺した。
空中でふわりと浮くインベント。
「う~ん、ちょっとズレるな。
方向は問題無いけど……強弱か。
あ~やっぱりそういうことなのかな」
ズレ。
収納空間から得られるエネルギーにわずかなズレが発生している。
兆候には気づいていた。
キャナルに喧嘩をけしかけて、上空に吹き飛ばした時。
インベントの予想よりもかなり高く飛び上がらせていた。
『黒猿』を丸太ドライブ零式で吹き飛ばす際も、想像以上に吹き飛んでいた。
空を飛んでいる時も、思ったより加速していた。
そんなズレの正体。
それはシロの復活――再接続が原因である。
『モンブレ』の夢を失っていた二年間は、シロは接続を切っていた。
これまでにシロが影ながら行っていたサポートも無くなっていたのだ。
インベントは収納空間から発生するエネルギーを多用している。
攻撃、防御、移動に至るまで。
エネルギーは大別すると、入らないモノを無理やり押し込んだ際に発生する反発力と、丸太や徹甲弾のように重いモノを発射し発生する運動エネルギー、そしてふたつの複合技。
ただ、どのエネルギーに関しても、本来移動や攻撃に使用するための力ではない。
それゆえ扱いが非常に繊細で難しい。
そんなエネルギーをインベントは狂おしいほどの努力で実践可能レベルに押し上げた。
シロのサポートが無くとも、ある程度なら扱える。
初期段階で体得した『反発移動』や『縮地』は、シロのサポートが無い時点で会得した技術なので影響が少ない。
だから今日までの二年間、インベントはほぼ『反発移動』と『縮地』以外使用していない。
高度な技は失敗する可能性が高かったからだ。
そして本日、満を持してシロが――いや『収納空間ちゃん』が復活。
インベントはなんでもできる気分、全能感を感じていた。
だが二年間のブランクがある。
インベントであれば数日あれば修正できるズレ。
だが今日の今日なのだ。
戦いの中で、僅かなズレを修正するのは難しい。
「う~ん、困ったなあ。
ああ~困った困った」
上空から『黒猿』を見下ろすインベント。
非常に困った状況。
ズレは攻撃よりも移動――特に咄嗟の移動、緊急回避に影響が出る可能性が非常に高い。
攻撃でゴリ押しできるのであれば良いが、『黒猿』は一筋縄でいかぬモンスター。
そして一撃必殺の攻撃力を持つため、一度のミスが致命傷になりかねない。
現在のインベントは、爆弾を抱えたまま戦うようなもの。
「いやあ……困ったなあ」
****
「うおい! どういうことだよ!?」
クロは怒っていた。
「あ、あれえ?
なんかズレちゃう……、ベンちゃん、太ったのかな?
もしかして身長伸びた?」
「そんな短期間で……って、そういや二年経ってんだったな。
それも18歳だっけ? う~んギリギリ成長期の可能性もあるっちゃあるか」
「う~ん……接続切っちゃう?
でもでも、頻繁に設定変えたら混乱しちゃうよね……。
一旦様子見かなあ」
クロは「かあ~」と唸り声をあげた。
「相変わらず微調整めんどくせえな。
武器の重さとか、アイナっち背負ってるとかでいちいち調整してんだろ?
まったくシロはよくやるぜ。マメだねえ。
私には絶対無理だな」
「えへへ」
「ハァ~ア。
でもよ! おかしくね?」
「なにが?」
「なんだよあのキモい猿!
てか猿なのかあれ。モンスターというか妖怪だろ!」
「まあ確かにねえ。
なんか角生えてきたし」
「あんなの聞いてねえよ。
モンスターと言えば馬鹿デカくて、スキがあるもんだろ?
あんなスピードタイプ聞いてねえ。
あれか? 鈍い旧タイプゾンビから、全力ダッシュの新タイプゾンビに時代の流れが変わったみたいなもんか?」
「わ、わかんないよ」
「それに一番おかしいのは、なんであんなに強いんだよ!?
ベン太郎奇跡の復活後、一発目の敵があんなバケモンなんて。
セオリーを無視してるぞ、セオリーを!」
「セオリー?」
「復活からのパワーアップ後は、強そうな相手に無双するのがセオリーだろ!
敵は『なんだと!?』って驚いて、新しい必殺技の実験台になって、インフレが進むんだよ!
ジャンプ漫画では大体そうだぞ!」
「わ、私あんまりジャンプ読んでないし……。
――あ」
「ん? なんだ?」
シロは指を立て「ホラ、さっきの、あの~」と言う。
「さっきい? さっきってなんだ?」
「ほら、ベンちゃん。二人組の女の子に喧嘩売られてたじゃない」
「あ~、獣人系なペチャパイと、黒髪ボインね」
「もう……言い方。
まあそうだったけどさ」
「それがどうし――――え?」
クロが気付き、シロが愛想笑いで返す。
「ま、まさか……無双ボーナスをあの二人組で使っちゃったってことか!?」
「う~ん……そうなんじゃない?
無双したよ?」
「おいおいおい~あんなモンスターでもないクソ雑魚はノーカンだろ!」
「そう言われましても」
「くっそ、マジかよ……。
あ~あ、華麗にモンスター倒して、ベン太郎復活の門出にしたかったけどな。
こんな状況じゃ撤退するしかないだろうな」
シロは「そうだねえ」と同意する。
だが「撤退かあ……撤退?」と呟く。
「どうしたんだよ? シロ」
シロは無言で壁に映し出されているインベントの視界を見る。
「おい? シロ?」
インベントの視界。
『黒猿』が徐々に大きくなっていく。
近づいているのだ。インベントが『黒猿』に。
「ベンちゃん……モンスター相手に逃げるかな?」
「は? いやいや負け確イベントとは言わねえけど、どう考えても危険だろ」
「それは……そうなんだけどお。
う~ん……ベンちゃんが逃げるって選択をしてくれるかなあ?」
「え!?」
シロの予想通り。
インベントは逃げたりしない。
インベントは正常な判断ができないほど興奮しているのか?
確かに興奮はしているが、正常である。
正常とは、つまり普段通りであること。
モンスター相手に逃げるなどもっての外。
どれだけリスキーだとしても、例え命を落とす可能性が高いとしても、向かっていくのが正常なインベントなのだ。
たった一度のミスで死んでしまうかもしれない。
それでも立ち向かう。
命を投げうってでも立ち向かう。
愛のためや、正義のためではない。
狩るために。
モンスターを狩るためならば死をも恐れない。
可能性に賭けて突撃する。
そんな無謀な生き方は、あなたが教えてくれた。
『モンブレ』のプレイヤーたちが。
インベント――――
『ぶっ殺スイッチ』、オン。




