黒猿③
「ねえ~、本当にやるの~?」
「あったりまえだ、シロ!
踊る阿呆に見る阿呆!
どうせやるなら楽しんだもの勝ち!
楽しむなら細部にも拘ってだな――」
「わかったわかった! もお~めんどくさいなあ!」
シロは嫌々クロの指示に従う。
シロの部屋が一面黒く染まり、重厚な椅子とテーブルが現れた。
更に壁一面に投影される、インベントの視界情報。
クロは椅子に座り、両肘を机に立て、両手を組む。
「よし、やれ、白岩」
可能な限り低い声で話すクロ。
シロは大きく溜息を吐いた。
「了解、黒部……大佐? 大尉? 事務次官?」
クロは一笑し――
「――違う。
五百蔵総司令だ」
「……は? い、いおろい?」
クロはチャットを飛ばす。
>五百蔵って書いて、イオロイって読むんだぜ♪
>六分儀とか碇だとそのまま過ぎんだろ(・∀・)クハハ
シロは冷めた表情。
「はいはい、さっさと指示しましょうね。小梅太夫総司令」
「お、おい! なんだそれ!」
「ほらほら、ベンちゃんが困ってますよ~、小梅太夫総司令」
「ぐぬぬぬ、ええい!
α空間とβ空間をドッキングだ!」
「了解」
「αを加速空間! βを旋回空間へ!」
「こっちはオッケ~……じゃなかった。
え~っと……システムスタンバイ。オールグリーン」
「よおし! アルクビエレ・ドライブゲート! 起動!」
「……へ?」
「ゲートだゲート!
ベン太郎とお猿さんの間にゲート! 開けい!」
「いや、私、ゲートは開けないよ?」
「し、しまったああ! そうだった! チッキショー!!」
慌てる小梅太夫総司令。
****
槍を構えるインベント。
競技の槍投げのように、肩付近で逆手持ちで構えている。
インベントはクロと会話できないため、クロが発する光の意図をなんとか汲み取っているのだ。
そして――
(これは……なんだろうか……)
光の点滅。
インベントの眼前で点滅する光。
手を伸ばしてみる。
(あ、違うのか。
う~ん……うん?
ああ、ゲート開けってことかな?)
光だけでの意思疎通。少々難航中。
『黒猿』を片手間で弾き飛ばしながら。
そして――
「あ~、ゲートを開けってことかな?
あ、正解みたいだね。
てことは……二枚開けってことかな?
――ああ、そういうことね」
やっと合点がいく。
インベントがクロの策を理解したのだ。
「くふふ、なるほどなるほど。
だったら狙いやすいように、もう少し角度をつけて――」
タイミングよくやってきた『黒猿』を斜め上に吹き飛ばす。
宙を舞う無様な『黒猿』。
そして構えた槍を『黒猿』に向け、ロックオン。
インベントは自然と「グングニール」と呟いた。
続け、身体の奥から『撃てぃ!』と号令が聞こえた気がした。
手槍を投射するインベント。
すぐ前方に展開されたゲートを通過し、収納空間の中へ。
その更に少し前方に展開されたゲートから手槍が発射される。
急加速し、旋回しながら。
二年前。
インベントはほぼ同じ事を実行している。
インベントというよりも、クロがやったのだけれど。
クラマが『雷獣王』を仕留めるために放った高密度の【雹】。
技名が『極星』であり、クラマの奥の手である。
そんな奥の手だが、躱されることを悟ったインベントは咄嗟に『極星』をパワーアップさせたのだ。
軌道修正し、加速させ、旋回運動を与えた――それが『螺闇極星』である。
『極星』を『螺闇極星』に進化させるために、収納空間を経由させたのだ。
収納空間は二メートルの立方体。
そんな収納空間をインベントはふたつ持っている。
シロが管理するのがα空間であり、クロが管理するのがβ空間だ。
β空間を通る際に、旋回運動を与え――
α空間を通る際に、加速させるように細工を施した。
インベントもある程度であれば、勢いよくモノを発射することは可能だが、一定レベルを超える加速や旋回運動は、シロとクロの協力が無ければ不可能である。
そんな細工を施したαβ空間をドッキングさせ、通過させることで『極星』は『螺闇極星』へ。
同様に、手槍は――『グングニール』に進化したのだ。
「おっほお」
急加速、急旋回し突き進む手槍。
空気を切り裂く様にインベントは高揚する。
真っすぐ綺麗に『黒猿』へ向かって飛んでいく。
その威力は――当然凄まじいものだった。
『黒猿』の腹部に命中した手槍。
まるで元から空いていたかのような、ぽっかり空いた穴が出来上がる。
インベントは穴の先に見える空を見て、グングニールの凄まじい威力に驚く。
「あ~あ~すっごいけど……一撃必殺かあ~」
モンスターの生命力は凄まじい。
穴が開いても戦えるかもしれない。
『黒猿』も並外れた生命力を有している。
だが残念ながら小柄なのだ。
さすがに腹部に穴が開いてしまっては再起不能で間違いなかった。
受け身もできず落下した『黒猿』。
そんな様子を見て、ちょっぴり不完全燃焼のインベント。
本音としては、もう少し狩りを楽しみたかったのだ。
「……ま、いっか」
踵を返しアイナを見る。
アイナに対して、感謝の気持ちで一杯である。
これほど楽しい時間を――夢を戻してくれてありがとう。
これからも末永くよろしくね。
――そんなことを伝えたくなるインベント。
さて、そんなアイナの表情。
ついでにバンカースの表情。
驚きの顔をしている。
だが、表情が変わっていく。
同じ驚きの表情なのだが、違う驚きに変わっていく。
ふたりの視線の先。
インベントより奥。
『黒猿』に間違いなかった。
振り返るインベント。
「……なんだアレ」
『黒猿』が立っている。
前傾姿勢ではあるものの、まるで人間のように立っている。
そして空けたはずの腹の穴は、うねうねと触手のような細胞が絡まり合い埋まっていく。
先ほどまでと同様に、何度弾き飛ばしても立ち上がってきたように、やはり立っているのだ。
だがこれまでとは違い、明確な怒りが伝わってくる。
あえて前脚ではなく、両手と表現するが、強張った両手には殺意が宿っている。
黒い体毛に隠されほとんど見えない瞳からも殺気が伝わってくる。
極めつけは――頭部に二本の角が生えていた。
「……鬼? え?」
このモンスターはなにかおかしい。
そう感じずにはいられないインベント。
そして、自身の右足が意図せず半歩下がる。
理由はインベントにはわからない。
普通の人間であれば、その正体が恐怖や危機感であることはすぐに理解するだろう。
だが、インベントに恐怖心は無い。
正確に言えば、モンスターに対しての恐怖心が完全に欠落している。
脱兎の如く逃げるべきだったのだ。
インベントに残された動物的本能に従って。
それももう遅いのだけれど。
「――あっ」
一足飛び。
飛んだのか跳ねたのかもわからぬうちに、『黒猿』は一気に距離を詰めていた。
幽結界に侵入してきた瞬間、反射的に丸太ドライブ零式を発動するインベント。
『黒猿』の手と、丸太が激突する。
これまで通り、圧倒的な反発力で弾き返せるはずだった。
(――!? 丸太が、溶ける!?)
丸太がバターのように溶けていく。
これまでと違い『黒猿』の両腕には幽力が纏われている。
逆立った黒い体毛が、まるでドス黒いオーラのように見えた。
その両腕は、現世の事象を全て拒否するかのように。
それはまるで――
(ロメロさんの『陽剣』じゃあるまいし!)
インベントご一行。
――――袋小路へようこそ。
300話!
そろそろ100万字!
読者の方はお付き合いいただきありがとうございます。
これからもどうぞよろしく。
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