ノルド隊(仮)⑤
(どうしようか……)
急な模擬戦の始まりにインベントはどの手を使うか迷う。
(とりあえず……コレかな)
インベントは一つフェイントを入れてから煙幕を使う。
(あの触手がある以上、接近戦は極力避けないとね!)
煙幕と同時にインベントは上空に跳ぶ。
だが――
(どこだ?)
インベントはロゼを見失った。
煙幕は相手から自分を見えなくするが、自分自身の視界を塞ぐことにもなる。
奇襲するつもりが逆に奇襲を仕掛けられるかもしれないと思い、インベントはゆっくりと地面に降りた。
だが奇襲を受けるかもしれないというのは杞憂に終わった。
なぜなら――
(木を背にしていたんだね……なるほど)
ロゼは大木に背を張り付けていた。
これでは上空からの攻撃は木々に阻まれてしまう。
更に十本の触手を満遍なく伸ばし上空からの攻撃にも警戒している。
「よくわかりませんが……あなた、凄まじい跳躍力があるみたいね」
ロゼはとりあえず前回と同じ展開で負けることを回避したため、多少安堵していた。
ロゼはバンカースからインベントが収納空間を持つことを聞いていたが、反発移動は知らない。
そもそもバンカースは現在のインベントの能力をほとんど把握していない。
ロゼは、前回の敗戦からインベントの能力を予測し、上空からの攻撃は対応できるように予め準備していた。
「今度は――こちらから行きますわ!」
ロゼは流麗な動きで剣を構え、素早く接近してきた。
(まともに接近戦なんて嫌だよ……)
インベントは盾を取り出し、ロゼに投げた。
急に出てきた盾に多少は驚くロゼだが、難なく盾を叩き落した。
だが――
「な!?」
叩き落した、その一瞬のうちにインベントが視界から消えていたのだ。
(ど、どういうこと!? ま、また跳んだ!?)
ロゼにとって、インベントが『消える=飛翔』だと刷り込まれている状態だ。
瞬間的に上空を見上げるがインベントはいない。
だがロゼは確信している。
――攻撃が必ず来ると。
「ッぁあああ!」
ロゼは一旦触手を全て仕舞った。
(上空はいない! 前方もいない! つまり――!)
ロゼは触手を自身背面から後方に最大限展開する。
背面から出した触手はロゼの後方全域を覆う。
「うわっ」
インベントの間抜けな声にロゼははっとした。
左後方から聞こえた声――
振り向けば、インベントの木剣が触手に阻まれていた。
逃げるようにロゼはインベントから距離を取る。
ノルドは嗤う。
(初見で縮地(あの動き)は予測できねえだろうな。
まったく……初見殺しな男だ。クックック。
だがこれで決められなかったのは痛いな)
ロゼは冷や汗をかいた。
(もしも木剣でなければ……槍だったとしたら……私は負けていたわ)
ロゼの触手は拘束力は高いものの、刃物に対しては強くない。
逆に言えば刃物を使えない模擬戦の場合は無類の強さを発揮するのだ。
ロゼは再度負けた気分を味わうが――
(否!! 勝負はついていないわ!! ここから勝つ!!)
ロゼは足元から360度触手を拡げ、半径二メートル以内の全方位に触手を展開する。
「う、うわ~、気持ち悪い……」
「うふふ、ふふ。これで奇襲は喰らいませんわよ?」
全方位に触手を展開し、更に二メートル伸ばした状態を維持するのは負荷がかかる。
幽力を垂れ流しにしているような状態だ。
(ダラダラやってる場合ではないわね……)
ロゼは触手とともに襲い掛かる。
インベントは攻撃に出るかどうか躊躇した。
縮地で背後に回ろうとも、触手に邪魔される可能性があったからだ。
結果――後退する。
恐ろしい速さで後退。だがロゼの視界からは消えていない。
「見える!! 見えているわよおおおおお!!」
ロゼにとっての一番の脅威は、視界からインベントが消失してしまうことである。
真っ向からぶつかれば、明らかに剣術の技量が低いインベントを打ち負かすのは容易いと判断している。
迷いながら逃げるインベントにはキレがない。
「つあああ!!」
ロゼの鋭い斬撃がインベントの喉を狙う。
「うう!」
素人丸出しの動きでどうにか防御するインベント。
だが――
「うわ!」
左手首に触手が巻き付いた。そして引っ張られる。
(こ、これはまずい!!)
触手一本の力はそれほどでもないが、複数本の触手に絡みつかれれば戦闘不能になることは容易に想像できた。
インベントは咄嗟に収納空間からナイフを取り出した。
「えい!」
触手を断ち切る。だが追って触手は迫ってくる。
(リ、反発移動!!)
どうにか上空に逃げようとするインベント。
だがロゼは追いすがる。
「待ちなさい!!」
触手の本数を減らし、左手から触手を伸ばす。
足元から出した時よりも、正確かつ力強い触手がインベントに迫る。
(や、やば……!)
逃げる? それとも切断する?
インベントは再度迷った。
だが先ほど斬ることができたことが脳裏によぎる。
結果――
「えい!」
迫る触手を切り落とす。いや切り落とそうとした。
「え!!?」
触手はインベントの攻撃をまるで生きているかのような動きで避ける。
手から出している場合、触手の操作性は増すのだ。
そして再度左手に触手は巻き付いた。
(ま、まずいまずい!)
インベントはナイフから長刀に持ち替え触手を斬ろうとする。
だが、先ほどより力強く柔軟な触手はうねりながらインベントの斬撃を避ける。
「く、くそお」
「オホホ、ホホホ!!」
ロゼはインベントを拘束したまま地面に叩きつけようと落下する。
(反発移動! 最大出力!!)
通常であれば使用しないレベルのリジェクションムーブ。
制御できないレベルの反発力を発生させ、どうにか逃れようとした。
「ぐああ!」
インベントの体は高速でその場から離れようとする。
だが触手は振り切れない。
一本ではそこまでの拘束力は無いが第二の触手が更に左手に。
そして第三の触手が左足を絡め取っている。
急激な反発移動の力に驚きつつも意地でも拘束は解かないロゼ。
「くうう……! 逃がしませんわ!!」
ロゼは高速で逃げ去ろうとしたインベントに驚きつつもどうにか捕獲する。
ここで逃がして勝負を仕切り直しにするわけにはいかないのだ。
ロゼも触手の使い過ぎで、余力はそれほど無い。
「くそぉ……」
インベントは地面に落下した。
叩きつけられたわけではないが、多少のダメージは残る。
「ふふ……ふ」
ロゼは左手から触手、右手には木剣を構え倒れているインベントに近づいてくる。
インベントは左手と左足に巻き付いた触手を引っ張ってみるが対処できないと悟る。
ロゼは右手一本でインベントを仕留めれると判断し、ゆっくりと近づいていく。
「さあ、観念なさい」
「くっ!」
インベントは咄嗟に右手からナイフを投げた。
だが難なく躱すロゼ。
続いてインベントは収納空間から軽い剣を出し、構えた。
「ウフフ……剣術で勝負かしら。いいですわよ!」
インベントの剣術は拙い。
そもそも対人で剣を振るったことのないインベントは剣術の基本さえ知らない。
対するロゼの剣術は、ノルドが感心するレベルだ。新人の域ではない。
(…………もう少し)
「いくわよおおお! インベントォォ!!」
斬りかかってくる。
そのタイミングでインベントは剣を投げた。
「く!!」
虚を突かれたロゼ。
剣を投げる行為は、どの剣術でも基本的にはありえない。
だがインベントにとっては剣は収納空間にあればいくらでも出せる。
剣一本に対しての拘りが極端に無いのだ。
(…………もうちょっと)
インベントはすぐさま盾を取り出し構えた。
「往生際が……悪い!!」
ロゼの横薙ぎがインベントの盾を狙う。
(剣の軌道を変えて……チェックメイトですわ!!)
ロゼの狙いはインベントの脇腹だ。
インベントの出した盾は小さい盾である。
拙いインベントの腕前では脇腹をガードすることなどできないと判断したのだ。
勝利の確信。
湧き上がってきそうな喜び。
だがインベントの目を見てロゼはゾクリとした。
(この子……どこを見てる……!?)
剣が迫る。
熟達した人間であれば、剣を見ずに防御できるかもしれない。
だがどう考えても剣も盾も素人芸のインベント。
なのにインベントはじいっとロゼを見ているのだ。
(ここから……逆転の手は無い! 無いに違いない!!)
様々な可能性。
インベントに奥の手があるかもしれないと判断できていれば、勝負は変わっていたのかもしれない。
だが――
ロゼは勝機を急いだ。余力が無いので功を焦った。
「……ゲート――――オープン」
インベントは呟いた。
そして手を動かした。
動かしたのは、拘束されていた左手だ。
動かしたのは指先だけ。
それだけで十分だった。
「――丸太ドライブ、参式」
ロゼの頭上に開いたゲートから丸太が落下してきた。
ロゼの頭上二メートル上だ。
丸太の長さは二メートル。
そして太さは直径30センチ。
重さは70キロを超える。
収納空間に入るギリギリの長さ。
そして収納空間から出すことができるギリギリの大きさ。
少しだけ加速した丸太がロゼの脳天に直撃した。
それで十分だった。
そもそも大型のモンスターを倒すために開発している技である。
丸太の先は尖らせていないものの、威力は凄まじい。
ロゼは前回同様、すぐに意識を失った。
丸太は日本の伝統的な武器です!