光を信じるのです
インベントがアイナと手を繋ぐ前――
(ん?)
キャナルとペイジアのど~でもいい話を聞き流している最中。
インベントの手が光りだした。
実際に光っているわけではないのだが、インベントにだけ見える光。
(おお……おお!! あはあ、いひい、うはあ!)
インベントは知っている。
この光はインベントを導く光であることを。
光が指し示すタイミングでモンスターを攻撃すれば、あら不思議、『モンブレ』の世界での攻撃のように強烈なクリティカル攻撃が発生するのだ。
久しく見ていなかった光。
夢を失って以来、見ていなかった光。
インベントにとっては神の啓示に等しい光。
そんな光が自身の手からアイナの手へ。
導きの光だとすぐに確信するインベント。
躊躇なくアイナの手を掴む。
絶対になにかが起こると確信しているインベント。
だが、なにも発生しない。
(あっれ~?)
神の啓示不発?
否。
インベントにはわからないだけだった。
なぜならその光は、アイナに向けてのものだったからだ。
『もっしも~し?
アイナっち、聞こえる~?』
アイナの頭に響く声。
それは念話に違いなかった。
『うぇ!? そ、その声、クロか!?』
『お、良かった良かった~、念話成功だ。
ん? シロもお話したい? 後にしろ! 忙しいの!
シロ、おすわり、ハウスハウス!
や、やめろ、蹴るな蹴るな』
『お、おいおい、な、なんで?』
『あっはっは、くすぐるなシロ~。
はあ~、も~。
あーそういえば!
この度はご婚約おめでとうございますー。
いや~まさかベン太郎がこんなにグイグイくるとは……。
初夜はいつにするんすか~? あ、でも一緒に初体験できなくて残念でしたね~カッカッカ』
『だ、誰のせいで!
そんなことはどーでもいいの!
と、というよりなんで念話できんだよ?』
『いや~色々解析した結果、アイナっち相手なら念話ができるみたいなんだよ。
念話のやり方は何度も見せてもらったからな~。
まあ、ベン太郎にも念話したいところなんだけど、ど~もポートが開いてなくて。
しゃーないからアイナっちに連絡したわけさ。
ちなみに、ベン太郎と触れ合ってないとダメなんで、手を繋がせちゃった。
あ、別に操ってるわけじゃないからなー。ちょ~っと誘導しただけだから』
『……なんかグレーだけど、まあいいか』
『そうそう細かいことは気にしない。
そんなことより、さっさとモンスター倒しに行こうぜ~。
そこのよくわからないモブ二人組はもういいよ。
モンスタ~モンスタ~』
『そう言われてもな……』
『カッカッカ、わかる、わかるよ。
どうしていいかわかんないんだろ~。
収納空間の中に可愛い二人組がいました~なんて言ってもワケわかんねえもんな』
『可愛いかどうかはさておき、まあそんな感じだな』
『そこでだよ、アイナっち。
私に任せてもらえんかねえ?』
『んあ? 任せるぅ?
またインベント乗っ取る気か? だめだめ』
『違う違う。
私は脚本を用意するだけ。
アイナっちが私の作ったセリフ通り話してくれればいいのさ』
『セリフ……ねえ』
『悪いようにはしないからさ~。
さっさとこの場を切り上げてモンスター倒しに行こうよ~。
こんなアドベンチャーゲームみたいなトークパートはスキップしたいんだよ~』
『……いいよ。いい考えがあるなら乗ってやろうじゃねえか』
『お!? 決断早い! さすがアイナっち!』
『正直、ホントに疲れちゃってさ。考えるのもかったるい』
『カッカッカ、オッケーオッケー。
お任せあれ~』
**
「――ククク、愚かな女め」
弱いくせによく吠える。
さっさとモンスターの居場所を教えろ。役立たずめ」
アイナはクロが用意した台本通りに発言している。
台本と言っても、アイナに似せた音声が念話でアイナに届くのだ。
非常に話しやすいアイナ。
「おい、アイナ先輩よう。
そりゃなんの冗談だよ?」
クロの想定通り、苛立った反応を見せるキャナル。
「強いモンスターが出たんだろ?
だったら討伐に行くしか無いだろ。
私と旦那であるインベ…………っておい!」
クロに対してツッコミを入れるアイナ。
ツッコミを入れる相手はインベントなのだが、インベントにではなくクロに対してである。
アイナ以外の面々には理解できない状況。
「ゴ、ゴホンゴホン。
ま、インベントが行けばモンスターなんてちょちょいのちょいだ。
ザコは黙って、モンスターの居場所を教えればいいんだよ」
キャナルが口を挟もうとするが――
「まあ言っても理解できないだろうな。
お前なんて目隠ししても勝てるぞ。
インベントならな」
次の瞬間、インベントは収納空間から目隠しを取り出して装着する。
「なんなら後ろ向きでも勝てちゃうな。
それぐらいお前とインベントには実力差があるってことさ」
次の瞬間、インベントはくるりとターンし、キャナルたちに背中を向けた。
続け、インベントは両腕を大きく広げた。
『いつでもこいよ』と誘うが如く。
「なあペイジア」
キャナルは平静を装いながらペイジアに話しかける。
「ここまで喧嘩売られたら買うしかねえよな?」
ペイジアはインベントとアイナに主導権を握られている感じに嫌気がさしている。
だが、キャナルを止めることはもうできないことも悟っている。
「仕方ないわねえ~。でも~、なにかの罠よ?」
「へっ! どんな罠しかけてようが知らねえよ。
一発ボコって終わりだろ」
キャナルは鼻から大きく息を吸う。
キャナルのルーンは【猛牛】。
身体強化するルーンである。
キャナルは重心を低くし、右足で地面を引っ掻く動作をした。
まるで本当の猛牛が突進前に威嚇するかのように。
「おい、インベント。
ぶちのめされても後悔すんなよ?
今、ごめんなさいしたら許してやってもいい」
もう、クロとの念話は切れているアイナ。
不用意に発言できず、目隠し状態のインベントを見る。
インベントは微笑み、「大丈夫だよ」と言う。
続け――
「は~い、どうぞ~」
と、診療所の先生が、次の患者を呼び入れるかのように言う。
(――舐めやがって、ガキが)
最大限深く沈みこみ、まさに獣のような体勢。
真っすぐインベントに向けて突進するかと思いきや、左にステップ。
(左斜め後ろから、脇腹に一発ぶちこんでやるよ!
呼吸困難になって地獄の苦しみを味わいな!)
後ろ向けで、更に目隠しまでしている状態のインベントに対し、目にも止まらぬ速さでの突進。
小細工せず、己を弾丸にして突撃する猛獣。
(喰らえッ! ――ッ!?)
インベントが右手で指をパチンと鳴らす。
するとキャナルの目の前で砂が散布される。
目に大量の砂が入り、視界がぼやける。
(目潰しか――小癪!!)
キャナルは気にせず突撃を敢行する。
視界がぼやけたとしても、インベントの位置は把握できている。
攻撃のための最後の一歩。
インベントまで三メートル足らず。
インベントは再度、次は左手で指パッチンをしようとする。
だが、音はならず指と指が擦れるだけだった。
次の瞬間――
地面から二本の丸太が勢いよく飛び出す。
正確にキャナルの左足と右足を捉えたため、キャナルは痛みを感じなかった。
なにが起こったのかもわからなかった。
ただ身体が急激に上昇していく。
感じたことの無い浮遊感に困惑するだけ。
インベントは目隠しを外し、左手を見る。
「しまったなあ。
左手だと音が鳴らないなあ。練習しないとね~」
打ち上げられたキャナルなど些細なこと。
そんなことよりも指パッチン。
どちらの手でも指パッチンできるようになりたい。
キャナルの存在など、指パッチン以下なのだ。




