元通りのその先へ
収納空間から元の世界へ。
アイナに拒否権は無い。
『お、おい!
聞いてねえぞ! こんちくしょう!』
もしも先ほどの場所に戻れるドアがあるのならば、ガンガン叩いて、ドアをぶち破ってでも戻りたいアイナ。
だがアイナにできることはなにも無い。
唯一の抵抗は、念話で叫ぶことだけ。
そんな叫びさえ華麗にスルーされている。
「アイナちゃんの声、ベンちゃんに届いてるの?」
「あ~多分だけどな。
シロと私が喋ってる時と、アイナっちが喋ってる時でベン太郎の反応が違うんだよ。
どこまで聞こえてるのか知らねえけど、なにかしら伝わってんじゃねえかな」
「へ~、さすがフミちゃん」
「カカカ。
ほら、さっき、サトラレみたいに私の感情を読まれちまっただろ?
ちょっとした仕返し? みたいな」
「も~悪い子だなあ」
「ま、これでふたりの仲が進展したら面白いじゃん。
『好き好き~インベント~』ってな」
「ぷふふ。
進展したらいいなあ。むふふ~」
アイナは『面白くねえ!』と叫ぶが――
「お、アイナっち。準備整ったから送り出すぞ~」
『ちょ、ちょっと待――』
「アイナちゃん、ばいばーい。またね~」
「ばっはは~い」
『お、おいぃ――――――』
アイナを送り出した後、シロとクロは自然と黙っていた。
久しぶりに再会した親友との別れのように、楽しかった時間の余韻と、別れの寂しさが混在する。
「――お茶でも淹れよっか」
「クカカ。
いただくとしよう」
しっぽりとティータイムを楽しむふたり。
「でもさ~、これからはどうなるのかな?」
「どうって?」
「アイナちゃんとお友達になれたし、これからはベンちゃんとも仲良くなれるかなって」
「へっへっへ。どうなるかわかんねえな」
「でも……なんか楽しくなりそうな気がしない?」
「さ~な。
ま、少なくともマインスリーパー三昧の毎日は終わりかな。
かと言って私は、よほどのことが無ければベン太郎に干渉しねえけどな」
「そうだねえ。
アイナちゃんに怒られちゃうもんね」
「ま、アタシが……ってアイナっちの言葉遣いがうつっちまった。
私が出張らないといけないような状況はそうそう起きねえだろ」
シロは手を振る。
旗を振るかのように手を振る。
「ん? ……ああ、旗だってか?
無えよ! 無い無い! 無いって…………多分」
シロは咳払いをした後――
「黒部芙美は――
この時――
更なる強敵の登場を――」
「だあー! ナレーターっぽく言うんじゃねえ!」
「えへへ。
でもあれだね」
「あン?」
「ベンちゃんとアイナちゃんの仲が進展するといいねえ。
甘酸っぱい恋愛になるといいのに~」
「……ま、お膳立てはしといたけど、望み薄だな~。
ベン太郎は鈍感系主人公で間違いなさそうだし。
かと言ってアイナっちがガツガツいくタイプでもねえし」
「う~ん、ゆっくり花が咲くのを待つしかないのかなあ~」
「ほんにのう~。
いや~茶が美味い」
****
「――――ん! んん!?」
暗闇の世界。
身動きできず、喋ることもできない。
全身を縛られ、目も口も塞がれているのだから当然である。
(あ、収納空間から出れたのか。
ち、ちっくしょ~、クロめ……。
今度会ったらとっちめてやる!)
「――アイナ?」
アイナは自らの名前を呼ばれ、激しく動揺し、自らの唾液が食道を逆流しむせ返る。
随分と久しぶりに感じる、インベントの声である。
目隠しを外され、これまた久しぶりに感じるインベントの顔を見る。
インベントは微笑みながら「おかえりなさい」と言う。
アイナは咄嗟に目線を外し、ただ頷いた。
(ど、どうしよう。目が合わせられん……。
ア、アタシの発言、ホントに聞かれてたのか……?
や、やべえ、ノリとは言え『好き好き』連呼しちまったし!)
口の枷を外すインベント。
「も、戻ったぞ~、アハハ」
「ねえ、アイナ」
覗き込むようにアイナを見るインベント。
「う、うお!? なんだなんだ!?
近い! 近いぞう!」
アイナはいまだ身体を拘束されている状態である。
インベントと距離をとりたくても、目を逸らし、首を捩るぐらいしかできないのだ。
「ねえ、ねえねえ」
鼻息が届きそうな距離。
興奮しているインベント。
「ナ、ナ、ナ、ナンデショウ?」
「どうだったの? ねえ? ねえ!?」
「な、なにがあ!?」
インベントは大変不思議そうに「モンブレ」と言う。
インベントからすれば『モンブレ』がどうなったのか以外、興味が無いのだ。
(そ、そうだったな。
そもそも夢の件で収納空間に入ったんだった。
そうだったそうだった、なはは)
安堵と、肩透かしを食らったような気分のアイナ。
「へへへ~。
いやはや頑張って収納空間の中に入った甲斐があったってもんだ。
良かったな~、多分大丈夫だぞ」
インベントの顔が明るくなる。
「大丈夫ってことは、大丈夫ってことなんだよね? 大丈夫!?」
「なに言ってるのかわかんねえけど、ま、また夢が見れるってことさ」
インベントは飛び上がって喜ぶ。
「いっやったあああああ!」
インベントは飛び跳ねて喜ぶ。
そこからガッツポーズと歓喜の咆哮は一分近く続く。
子どものようにはしゃぐインベントに、アイナもアイナで嬉しくなる。
少し涙ぐんでしまうアイナ。
鼻を啜り、鼻水を拭きとりたいのだが、両手が動かない。
「おお~い、インベントや~い。
そろそろ拘束を外してくれい~」
インベントは飼い主に呼ばれた犬のように、頷きながら駆け寄る。
「そうだったそうだった。
すぐに外すね~」
「おう~頼むぜえ。
ガッチガチに固めてっから結構時間かかりそうだな~」
「そうだね。ちょっと待ってね」
インベントはアイナの拘束を順々に解いていく。
死体に見せかけるために施した拘束は、念入りにし過ぎたため、施した本人でも簡単に解放することはできない。
あーでもないこーでもないとインベントが四苦八苦してる時――
「あ~そうそう」
「ん~? どうした~?」
空の青さを眺めつつ、達成感と疲労で少し眠くなってきているアイナ。
「アイナのご両親ってどこに住んでるの?」
「あ~、両親か。
王都近くのエルセドラって町だ」
「ほほう~エルセドラか。結構遠いね」
「そうなんだよ~。遠くてかったりいんだ~。
……そうなんだよ。
…………そうなん……だよ。遠いんだ……ん?」
とてつもない違和感がアイナを襲う。
(なんで……急に両親の話?
え? 拘束されてるアタシを気遣って、世間話?
え? インベントが、世間話ィ?
まっさかあ)
アイナは呼吸を整え――
「あの~インベントさん?」
「ははは、『さん』なんてつけて、急にどうしたの?」
「いや~、ど~してまた急に、アタシの両親の話なんて……」
「ああ、今度ご挨拶にでも行こうかと」
「へ!? あ、挨拶!?
な、な、な、なな、なんで!?」
インベントは笑う。
動揺も興奮も無く、平常運転。
「まあ、俺もアイナのこと好きだし、挨拶ぐらいしておいたほうがいいかなって」
「へ、へ、ぴえええ?」
あまりに動揺し、出したことの無い声が漏れるアイナ。
(お、『俺も』ってことは、や、やっぱりアタシが話した内容、聞いてたんじゃん!?)
「ハハハ、変な声だして、どうしたの?」
インベントがアイナを見つめる。
いつも通りのインベントなのに、アイナは直視できない。
「み、見るなー! アタシを見るなー!
あ、あれは流れで言っただけだあ!
そ、それに両親に挨拶なんて早すぎるぅー!!
そ、それってもう、けけ、け、けけ……」
『結婚』。
なんて言えないアイナ。
こうして、アイナの奮闘によりほぼ二年ぶりに『モンブレ』の夢を取り戻したインベント。
それは元のインベントに戻ったと言えるのかもしれない。
『モンブレ』が大好きで、モンスター狩りが大好きなインベントに。
変わったのは、インベントの数少ない『好き』の中に、『アイナ』が追加されたことぐらいか。
さてさて。
拘束されたアイナとの楽しい時間。
そして、その後の寝る時間が待ち遠しくて仕方がない。
だが――
邪魔者が近づいていることをインベントはまだ知らない。
****
「お、おおう。
ベン太郎すげえな」
「ベンちゃん……ぜ~んぜん鈍感系じゃなかったね。
すごい押せ押せだよ」
「こりゃあ、ちょちょいと弄ればハーレムルート突入しそうじゃね?
な? な?」
「え!? ダメダメ! 純愛純愛!」
「わ~ってるよ。アイナっちに怒られちまうしな。
しかしまあ、鈍感とは真逆だったか……。
こりゃ敏感系主人公だな。
敏感……敏感か。
敏感ってなんかエロいよな。げっへっへ」
「……バーカ」
292話にして、ヒロインが確定しました。
やったね!




