幽→現→幽
とある特務機関。
もしくは、とある秘密機関本部。
警報が鳴る。
けたたましい警報と、点滅する赤いライト。
異常事態を告げていることは間違いなかった。
「ナンだナンだあ!? どうした、シロ!」
「あ、あ、ふ、フミちゃん。
ど、どうしよう……どうしよう」
「フミちゃんじゃねえ。
クックック、私は『漆黒幻影魔王』第一の眷属――――」
「ハイハイ!
そんな場合じゃないの!」
「……なんだよぉ、ノリが悪いなあ」
「状況を考えてよね! もう! 緊急事態なの!」
「アァ~ん? どしたどした?」
「なんか変なの。
レーダーには全然引っかからなかったけど……いつの間にか、かなりの深層まで進入されてて。
でもね、生体反応……あるっぽいの」
「アァ? 異物なんだったら、さっさと追い返せよ。
排除! 排除! 排除!
カカカカカ、汚物は消毒~。
ん? え? なんだよ、その顔。
……もしかして、排除できない?」
「排除はできるけど……こんなこと初めてだからちょっと怖くて」
「なんだなんだ~? どれどれ見せてみろ。
…………――!?
え!? だ、だ、だ、だ、だ、第七隔壁まで突破されてる!?
ど、どうして気付かなかったんだよ!
なにやってんだ! さっさと排除しなさいよ!!」
「怒んないでよ! 私もわかんないの!
い、いつの間にか第七まで突破されて……」
「ま、まっずいぞ! ア、アレの二の舞になる!
ジブラルタル・ザ・ロックの二の舞に!」
「意味わかんないこと言わないで!
だから言ってるじゃない!! 緊急事態なの!」
「ちょ、ちょと待て待て。
アレ以来、警戒レベルは上げたはずだよな?」
「うん。
だけど……実は異物なのかどうか判断が難しくって……。
生体反応はあると思う。だけどすご~く微弱……。
またアイナちゃんかと思ったんだけど……」
「だー! こっちにコンソールまわせ!」
「う、うん。わ、わかった」
「チッチッチッチ。
ア~起動が遅い。
クッ、私のスピードについてこれないのか!?
ククク、ならば仕方ない。ニューラルネットワークの再構成を…………
お? ついたついた~。対象確認、対象確認っと。
……うぇ? な、なんじゃこりゃ!?」
「ねえ、何だと思う?」
「ミ、ミイラ? ハムナプトラ? ベンガルトラ?」
「ミイラかな? ツタンカーメンっぽいよね」
「ツタンカーメンにしては囚人ぽいぞこれ……。
どっちかって言うとアイアンメイデン?
雁字搦めになってっけど、なんだこりゃ?
そんでもって生体反応が微弱……。
おいおい……これってマジもんの死体が中に入ってんじゃねえか?」
「え! やだやだ!」
「さっさと排除しろって」
「う、うん――――あ」
「お? どした?」
「出ていくみたい」
「お~そっか、良かった良かった。
防御ラインの強化しとけよ~」
「う、うん。そだね」
「ったくう。
んじゃま、マインスリーパータイムアタックにでも戻るとすっか。
フフフン、今日こそ100秒の壁を突破しちゃうわよ~」
「あ、うん、頑張って。
その……ご、ごめんね、フミちゃん」
「あン?」
「だ、だって……『モンブレ』できなくなっちゃったし」
「…………ぺっぺっぺ。
ハ! 気にすんなっての。
あ~んなクソゲーどうでもいいのよ。
301エラーでブチブチ切れたり、装飾品増殖バグは何度目だって話だし。
それよか私はマインスリーパーが大好きなんだよ。
死力を尽くしても、最後の最後、リアルラックが無ければクリアできないあの非情さ。
ククク、マインスリーパーこそ、『漆黒幻影魔王』第一の眷属――――」
「あ!? え!? なんで!?」
「うわあ、びっくりした!? い、いきなりおっきな声出すなってえの」
「や、やばぁ……ど、どど、ど、どうしよう!!」
「どうした?」
「……最終ラインまで、侵入されちゃった」
「は、ハア!? さ、さっきのやつか!?」
「ど、どうしよう……」
「お、追いだせ!!」
「や、やってるけど……間に合わない!」
「だあー! 私がエクスヘルゲートを開く!
シロはさっさと――――」
「う、うん。
………………あ。
だめかも。……手遅れかも」
********
両手両足を縛り――
目を塞ぎ――
口を塞ぎ――
最終的には全身を布で覆い、複数のベルトで締めあげた。
(冷静に考えたら、アタシはな~にやってんだろ)
もはや人間には見えない。
拘束プレイや変態プレイの領域を越え、まるで簀巻きの死体である。
棺桶に入る準備万端のアイナ。
入るのは収納空間なのだけれど――
「いくよ~」
口も塞がれているため返事はできない。
(やべ、鼻頭がかゆ~い。
かゆいよ~おかあちゃ~ん)
鼻頭が痒いのだが、そのまま収納空間の中へ。
そして――
(……あ、これはイったな)
収納空間に挿入されていく簀巻きのアイナ。
試行錯誤を重ね、収納空間を騙してきたふたり。
人間らしさを失えば失うほど、収納空間からの反発は弱まっていく。
だがアイナは知っている。
全身が収納空間に入った状態と、そうで無い状態はまったく別物であることを。
朧げな記憶ながらも、恐らくこの世で唯一の経験者だからである。
(全部入った。成功だなこりゃ。
久々だな~この感覚。
在るはずの自分の身体が、在るのか無いのかわからない。
雲にでもなったような気分。
目も見えない……というか入る前から視界ゼロだったか。
耳も聞こえない。聞こえないはずなんだ。
だけど……)
五感を失った世界にいるはずなのに、聞こえてくる。
それは少女らしき声。
「フミちゃん! どうしよう!?」
「どうしようたって……なんだよこれ。キモチワリ~」
「中に……やっぱり、し、死体が入ってるのかな?」
「わ、わかんねえよ」
「あ、開けてみてよ」
「ハ!? やだよ! シロが開けろよ!」
「やだ! フミちゃんがやって!」
少女らしきふたりの声。
騒いでいる声だけ聞こえる。
いや――声を感じるアイナ。
(ケンカしてんのかな?)
「だぁ~わかったよ! わかったわかった。
あ、開けてみる。開けてみるけどさ……おい、押すなよ! 押すな押すな!」
数秒後――
「ぎ、ぎやああああ!? やっぱり死体が入ってんじゃねえか!!」
「きゃあああ! アイマスクに猿轡!?
へ、変態。変態死体だよおー! なんでえー!?」
「おいおい、よく見たら、こ、これアイナじゃねえか!?
べ、ベン太郎、ヤった後に殺っちまって、死体を隠そうとしたんじゃねえか!?」
「ベ、ベンちゃんはそんなことしないよ!
アイナちゃんとは仲良しだもん!」
「いやいや、ベン太郎は絶対(ぜえ~ったい)に変態だからな。
絶対に変な性癖があると私は思ってたよ!
多分、拘束プレイがエスカレートしてチョメチョメしちゃったんだって」
「しないよ! ベンちゃんは絶対純愛タイプだよ!」
「カカカ! 純愛だ~?
純愛っつってもシロの中の純愛はBLだろ~?
男女だと豹変するかもしれないぜ?
な? エロシロ~」
「エ、エロ言うな!」
「お宝フォルダに色々隠してたもんな~」
「ば、ば、バカ! フミちゃんのバカ! 死んじゃえ!!」
「へ! この世界でどうやって死ぬんだよ~、ば~かば~か」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
(なんか、大げんかになっちまってんなあ。
それも、アタシのこと完全に死体だと思ってる。
ていうか変態じゃねえし……。
しかし困ったな。話しかけたいんだけど、喋れねえ。
どうしたもんか……)
『お~い、そこのおふたりさ~ん』
アイナはどうにか呼びかけてみる。
喋れはしないが、呼びかけてみる。
心の声で呼びかける。
『お~い、そこのおふたりさ~ん』
(あれ~?
おっかしいな~、ふたりの声が聞こえなくなっちまったぞ?)
『お~い、おふたりさ~ん。
アイナですけど~! 聞こえませんかねえ~!?』
「「ぎゃあああー!! 死体が喋ったあーー!!」」




