ノルド隊(仮)③
(な、なんであの野郎……動きを止めていないのに攻撃してやがる?)
垂直に落下する攻撃は、モンスターが足を止めていないと外す可能性が高い。
よってノルドが囮役として機能しない時点で使えないはずだった。
だがインベントは躊躇なくモンスターに攻撃を敢行し、先ほど槍を突き刺した場所と寸分違わぬ場所に槍を突き刺していた。
インベントは確実に攻撃が成功する自信があった。
ノルドはモンスターの足止めをしくじり囮役を失敗したと思っていたが、インベントに確実に攻撃できるタイミングを与えていたのだ。
(ぶん回し攻撃は予備動作がわかりやすいね!)
ノルドを狙ったぶん回し攻撃の直後を狙っていた――
というよりも、インベントはモンスターの行動パターンを分析し、ぶん回し攻撃の後なら攻撃が成功できると確信していた。
だから特攻したのだ。
行動パターンからの予測は、ゲームの世界では基本的な戦術である。
モンブレの世界での常識を持っているインベントだからこそできる攻撃である。
モンスターはよもや同じ場所に致命傷を受けるとは思わず再度悶絶している。
対するインベントは高揚感で満たされていく。
(回復しちゃうかな~? いっそ……攻撃してみよっか)
インベントは薙刀を構えた。
ノルドが制止する声が聞こえた気もするのだが……敢えて無視した。
モンスターは左胸の傷を右手で押さえている。
インベントは縮地を使い、モンスターの右腹部を斬った。
右手を使えないモンスターからすればうっとおしいことこの上ない攻撃。
(来るね……反撃はいつもぶん回し攻撃だ)
インベントは先読みし、攻撃を回避する。
そしてすぐさま追撃するが、モンスターの左手に防がれた。
防がれたのだが――
(おろ? 刃が通るね?)
先ほどまでと違い、モンスターの手には幽力のオーラが無くなっている。
故にインベントの斬撃は、モンスターの肉を割き出血させた。
(ふふ~、これならチマチマ削っていけるね)
インベントは薙刀を使いモンスターを削るように攻撃する。
(なんかマクマ隊みたいなやり方で嫌だけど……さすがに間合いには入ってあげれないよ~)
薙刀で削りつつ、ナイフ投げを交えて攻撃するインベント。
モンスターの左胸の傷はいつの間にか塞っている。だが動きのキレは戻らない。
そしてモンスターを護っていた【大盾】の防御も無くなっている。
じわじわとインベントがモンスターを追い詰めている。
そんな様子をノルドは見ていた。
(手負いとは言え……完全に押しているな……。
いやいや……だとしてもイレギュラーのモンキータイプを新人一人に任せるだ?
どうかしてるぞ。止めるべきだ…………止める……あ~クソ!!)
ノルドは折れた剣を捨て、石を拾い投げる。
石が頭部に当たったモンスターは、ノルドを見た。
と同時に、インベントがモンスターの脇腹を刺した。
(とことん邪魔してやる。最悪の場合は逃げればいい)
ノルドはモンスターの注意を惹くことに専念する。
ただインベントの邪魔にならないように注意しつつ。
「グガアアアア!!」
モンスターは怒り狂い両腕を空気を引き裂くように振り回す。
当たれば致命傷。
だがインベントは努めて冷静にモンスターを分析している。
(こいつの攻撃は基本的に左右のぶん回し攻撃しかない。
射程は短いから、薙刀なら確実にヒットアンドアウェイが可能。
縮地を使ってターゲットを絞らせないように裏に回る動きをしよう。
ノルドさんが注意を惹いてくれるし、それほど難しくはないな。
……唯一怖いのは行動パターンが変わったタイミングかな)
モンスターの行動パターンの分析はインベントの十八番なのだ。
何せ15年間、何度もモンブレの世界でシミュレーションを重ねてきている。
この世界のモンスターはモンブレの世界のモンスター同様に行動パターンがある。
戦いが長引けば長引くほどインベントはモンスターの動きを予測しやすくなる。
予測自体はノルドも行っているが、インベントの予測は予知に近い。
次の攻撃を予知し、先手を打つことができる。
インベントはちくちくといやらしく攻撃を重ねる。
薙刀と縮地のコンビネーションは、モンスターの射程外から攻撃ができる。
どうにかモンスターも接近を試みるが、次第にフットワークは落ち、弱っていく。
疲労の極致に見える。
(これが所謂、『やったか?』状態ってやつだ。
フラグは立ててあげないよ? うふふ~。
……『フラグ』ってなんだか知らないけどさ。
さあて何か来るかな? 予想外の動きも想定しないと……危険だな)
インベントはどこまで行っても冷静だ。
手負いのモンスターの危険性は誰よりも知っているからだ。
(発狂するか? 逃亡するか? それとも――)
モンブレでも一定以上HPが減ったモンスターはこれまでに無い行動をしてくるケースが多い。
モンスター討伐寸前のパーティーが発狂攻撃で全滅する。
そんな状況を何度も何度も見てきたインベント。
故にすぐさま予兆を感じ取った。
「グアア……」
インベントが突き刺した左肩が痛み出したのか、弱弱しくなり傷口を押さえ始めた。
(終わり……? ほんとにぃ~?)
インベントは薙刀を仕舞い、モンスターに近づく。
不用意なインベントの行動にノルドは驚くが、表情は警戒を全く解いていないことに気付いた。
(さあさあさあ! 何かあるんじゃないの? ほらほら! こんなに接近しているんだよ!?)
インベントがじりじりと接近する。
そして――
「ガアアア!!」
不意を突いたかのようにモンスターが腕を振るう。
「む!?」
インベントは手から何かが発射されたのを確認し、インベントは余裕をもって躱す。
(なるほど……血か)
インベントに向けて投げられたのはモンスター自身の血だった。
(モンキータイプ……まあ猿だもんね。物を投げるのは上手いんだ。
でも血を噴くのはさっきもやってたしなあ。ちょっと意外性に欠けるね~。ひひひ。
まあ……これで終わりかな? ブレスでも吐いてきたら面白いんだけど)
インベントは目の前のモンスターにもう秘策の類が無いことを悟っていた。
ここまでくれば後は――いかに終わらせるか。いかにカッコよく倒すかだけだ。
インベントは一気に接近し、モンスターの攻撃を寸前で避けた。
後ろで見ていたノルドはヒヤリとしたのだが、インベントは完全に間合いを見切っている。
(盾……盾……盾……)
三枚の盾を連続で出し、モンスターの頭部目掛けて投げる。
モンスターはいきなり現れた盾を反射的に弾いた。
(左……右…………左だよね)
モンスターは左手で盾を弾く際に、視界が自身の左手に遮られる。
そのタイミングでインベントは縮地を使い、死角に移動する。
これでモンスターはインベントを完全に見失う。
インベントは――飛んだ。
モンスターの頭上七メートル。
そのまま自由落下しつつ攻撃すれば大ダメージを与えられる。
だがインベントは更に――
(縮地!!)
縮地は超高速の三メートル移動であるが、インベントは空中で真下に向けて縮地を発動した。
一気に加速するインベント。
そしてすぐに武器を収納空間から取り出した。
加速しながら取り出した武器は――斧だ。
インベントの筋力ではまともに振るう事は出来ない小型だが重い斧。
だが落下するだけなら使うことができる。
(秘技!! 兜割!!)
秘技でもなんでもない。
ただ斧を持って落下するだけ。
ただ加速した斧は恐ろしい破壊力を生む。
「アベィア――」
モンスターは暴れるかと思いきや、呻き声とともに静かに沈んでいく。
(そこは『アベシ』って言ってほしかったなあ~。『アベシ』ってのは何か知らないけどさ)
普段は攻撃した後はすぐに距離を取るようにノルドに叩き込まれているインベントだが、モンスターが絶命したことを感じ取り、命が消えていくのをしっかりと感じ取りながら斧から手を離した。
完全勝利……かと思いきや――
「うぐぅ!!」
インベントは呻きながら、しゃがみこんだ。
「お、おい。インベント。どうした?」
急いでノルドは近寄る。
(ダメージを受けた様子は無かったが……あれだけの高速戦闘だ。何があってもおかしくない)
インベントは両肩を押さえている。
「い、痛え……」
「ど、どうした?」
「い、いや……思いっきり斧でぶっ叩いた時に肩が抜けそうになっちゃいました……ははは」
ノルドは呆れた。
インベントは予想外の自傷行為に驚きつつ、肩を押さえている。
「……ハハハ。なんだたいしたこと無いな」
「いやいやかなり痛いですよ……」
ノルドは笑いながら――
「筋トレしろ。この貧弱め」
「痛てててて……」
締まらない空気の中、インベントたちは人知れずBランクモンスターを撃破した。