夢現
11章完結です。
「…………あの頃は。夢のようだった」
緩んだインベントの表情に、反省や後悔の色は全く無い。
アイナは眉間に皺を寄せる。
インベントはそんなアイナの表情が不機嫌に見え――
「怒らないでよ」
「ハッ、夢のような素晴らしい日々だったってことか?」
「違うよ。
本当に……夢のようだった」
インベントは両手を握ったり開いたりを繰り返す。
「『モンブレ』の夢を見て、現実でも『モンブレ』のような時間が過ぎていく。
次第に、夢と現実が曖昧になっていく。
夢も現実も全部が『モンブレ』色に変わっていく感じだった。
楽しかった。幸せだった。こんな時間が続けばいいと……いいと……」
インベントは強く手を握る。
「なのに……アイレドに帰ってきたら」
「夢は醒めちまった――と?」
「ははっ。
最初は無茶したから一時的なものだと思ってたよ。
休めば身体は回復する。オセラシアでの感覚も戻ってくると思っていた。
なのに、いつまで経っても変わらない。
怖くなったよ。ずっとこのままなんじゃないかって。
そして…………『モンブレ』の夢を見ないことに気付いた」
インベントの表情から絶望が滲み出る。
「オセラシアの頃の感覚を失ってしまうのはまだいい。
――――よくないけど。
だけど……『モンブレ』は俺にとって全てだ。
多分、生まれた頃からずっと一緒だ。
ずっと一緒のはずだったのに……」
愛別離苦。
愛するものと別れる――つまり死に分かれる苦しみ。
本来は親や兄弟、夫婦などに使う言葉だが、インベントにとって最も愛していたのは『モンブレ』なのだ。
突然の別れ。
それも、死んだ――つまり金輪際見ることができなくなったのかどうかもわからない。
当然ながら別れの挨拶などあるはずもなく。
唐突に失ってしまった愛した世界。
言葉にした結果、悲しみと苦しみが溢れる。
ボロボロと大粒の涙が流れ出す。
「あ、あれえ? おかしいな、はは」
泣くつもりは無いのに流れる涙に、驚くインベント。
アイナは「ほれ」とハンカチを渡す。
「あ、ありがと。
へへへ、アイナは男前だね」
「へっ、ばぁーか」
涙を拭い、鼻を啜る。
「最近さ……怖いんだよ」
「ん~? 夢が見れないことがか?」
インベントは首を振る。
「それもそうだけど、モンスターが怖い時がある」
「え?」
「ほら、独りでモンスター狩りしてたけどアイナ以外にはバレてないでしょ?
もしも怪我の一つでもしたら言い訳するのは難しい」
「でもそりゃ……『幽結界』があるから」
「『幽結界』は不意打ち防止になるだけだよ。
DとかCランクぐらいのモンスターなら独りで狩れる。
でもBランク以上だと……独りで狩れると思うけど、無傷ってのは難しいかもしれない。
……そんなことを考えだすとさ、迷うんだよ。
冷静にモンスターを観察して、狩るか狩らないか判断して……。
色々考えている内に、足が竦む。
こんな感覚……これまで無かったのに」
インベントの暗い顔を見かねたアイナは――
「アンタなあ、そりゃ普通の感覚だよ。
モンスター見て興奮するのなんてアンタぐらいだっての。
イッシッシ、アンタもやっと普通って感覚を――――」
しょげているインベント。
「だあー! 落ち込むな!
ったくもう……どうしてこう無茶苦茶なんだか。
でもまあ……わかったよ。今のインベントは、まあ普通だ。
インベント0に戻った……いやでも、0の頃よりも普通?
ってことはインベント……マイナス?
ま、呼び方はどうでもいいか」
アイナは咳払いをし、姿勢を正す。
なにか言おうとするが、言い淀む。
「どうしたの?」
「あ~もう!
おい、インベントよ」
「なあに?」
「今からすご~く大事な話をするぞ。
落ち着いて話を聞くように。わかったか?」
「うん?」
「アタシには――アンタがモンブレの夢を見なくなった原因に心当たりがある。
アンタ以上にな」
涙で充血した瞳を見開くインベント。
アイナは話を続ける。
「というか実際問題、原因はやっぱりアタシだ。
アタシを収納空間に入れて運んだことが原因。
そんでもって、ここからが一番重要な話だ。
落ち着いて聞けよ。落ち着けよ。
可能性は低いかもしれねえ。
かなり難しい気がしている。
いや~多分無理だな! ダメ元だ。
奇跡的なレベルだ。
だけど……モンブレの夢を見せてやることができるかもしれない」
インベントは感情が整理できず、小刻みに顔を震わせる。
「本当に? ど、どうして?」
「可能性は本当に低いんだ。
期待されると困るちゃ困る。
だけど試す価値はあると思う。
ダメ元だけど……試してみるか?」
「もちろん!」
アイナは鼻息荒いインベントを見て笑う。
「ま、そりゃそうだよな。
しかしまあ、本当に期待すんなよ?」
「可能性があるならなんでもするよ。
でも、なにをしたらいいの? 全く想像ができないんだけど」
ソワソワしているインベントに対し、アイナは手を振る。
「まあまあ慌てなさんな。
今日はもう遅い。明日からにしよう」
「あ、そっか。うん、そっか」
「へへへ、ど~せアタシたちは暇人だろ?
ラホイル隊は絶賛休業中ってな」
「あ、そだね。やることないし」
「てことで今日は帰りましょ。
アタシは疲れたよ」
「わかった!
すぐ帰ろう!
あ、そうだ! なにか明日の準備したほうがいい?」
「なんもいらねえ~。飯食ってよく寝ろ~」
「はあ~い!」
インベントは意気揚々と駐屯地へ。
そんな元気になったインベントを見ながらついていくアイナ。
「――インベント」
呼び止めるアイナ。
振り向くインベント。
「なに? アイナ」
「一つだけ。一つだけ約束してくれ」
「ん? なにを?」
「もしも、モンブレの夢が見られるようになったとしても――
昔みたいに楽しくモンスターを狩れるようになったとしても――」
アイナの哀しい笑顔にインベントは息を飲む。
「頼むから、頼むからおかしなことにはならないでくれよ。
なにかあったら相談してくれよな。頼むから」
インベントは頷いた。
頷くことしかできなかった。
――第十二章、『夢戻し編』に続く。
 




