禁忌の代償③
『幽結界』。
範囲は四メートルと狭いものの、全方位を探知する能力。
使い手が少なく、稀有な能力。
存在自体ほとんど知られていない。
しかしながら、インベントは多くの『幽結界』を使える人間と出会ってきた。
『宵蛇』のロメロ、デリータ。
デリータの姉であるクリエ。
『星天狗』のクラマ。
そして『星堕』のアドリー、イスクーサ。
そんな巡り合いをしてきたインベントが『幽結界』を覚えるのは必然だったのかもしれない。
ただ『幽結界』の使い手たちにとって、『幽結界』は前菜。
つまりメインディッシュがあるのだ。
『星天狗』のクラマは、そのメインディッシュを『門』と名付けた。
『門』を開くと、能力を得る。
クラマは【雹】のルーンを使えるようになり、空を飛べるようになった。
クリエとデリータは、【読】の力が強化され未来予知ができるように。
ロメロは【継続】のルーンを得て、幽力が激増した。
さて――
クラマ的に言えば、『幽結界』を使えるようになったインベントはすでに『門』を開いていた。
『門』と『幽結界』はワンセットなのだ。
そもそも不完全ながら『幽結界』を使えていたインベント。
開きかけていた『門』が完全に開いたと言っていいだろう。
では、インベントはどんな能力を得たのだろうか?
片鱗には気付いていた。
それはゲートを同時に二つ開けるようになったことだ。
そしてゲートを合成することで、不変だったゲートの大きさを変化させることができるようになった。
つまり――『門』を開いたからこそアイナを救うことができた。
そしてインベント本人が能力の全容を理解したのは、アイレドの町に戻ってきてからである。
たっぷり睡眠をとり、【癒】で傷を癒してもらい、普段の状態に戻ったインベント。
おもむろに二つのゲートを同時に開き、各々のゲートにモノを入れてみる。
すると、別々の場所に収納された。
別々の独立した収納空間にモノが格納されたのだ。
インベントは自らが授かった能力の全容を理解した。
(…………ゲートだけじゃない。
収納空間が二つある)
収納空間そのものが一からニへ。
大きさも同じ二メートルの立方体。
インベントの正直な感想。それは――
「え? なんか……しょぼくない?」
ゲーム的に言えば、『インベントリが二倍!!』。
ソシャゲ的に言えば、『ボックスが二倍!!』。
逼迫していたインベントリーが拡張。それも一気に倍。
すご~く快適になること間違いない。
ゲームプレイヤーたちは歓喜。
だが、インベントの場合、収納空間の容量にそれほど困ってはいなかった。
手狭であると感じながらも、しっかりと緻密に整理して運用していたからだ。
結論。
インベントは『門』を開いていた。
お陰でアイナも救うことができた。
『幽結界』も使えるようになった。
そして収納空間が倍に増えた。
――――『モンブレ』という代償を支払うことで。
****
「違う!!」
インベントが声を荒げる。
アイナは驚いて目を丸くする。インベントが声を荒げるなど記憶に無いからだ。
アイナは反射的に「ご、ごめん」と謝る。
インベントは奇声をあげることはあっても、怒りや悲しみで声をあげることは稀である。
奇声――というよりも喜声といったところか。
モンスターが大好きだからこその喜声。
これまで怒号や悲鳴をあげるほど、喜怒哀楽の内、怒や哀の感情が刺激されることは無かった。
それは感情が欠落しているからではなく、モンスター以外の大半に興味が薄かったからだ。
そんなインベントの叫び。
それはアイナの発言が、インベントとしては触れられたくない部分を突かれた証拠でもあった。
隠している感情を言い当てられたからこそ、動揺し、その動揺を隠すために叫んだ。
「死にかけのアイナを見た時……助けなきゃって思った。
だからアイレドに連れてきて、無茶してでも連れてきて、治って本当に嬉しかった。
でも……モンブレの夢が見れなくなって、焦ってた。
でも……だけど、アイナを助けたかったのは本当だよ。
だけど……だから……」
アイナを助けられたことに対しての喜び。
『モンブレ』の夢を失った悲しみ。
どちらもインベントにとっては事実なのだ。
だが、アイナを助けたことで、『モンブレ』を失ってしまったと結論付けてしまうと、アイナを助けたことさえも後悔してしまう気がしていた。
だから避けていた。
アイナと深く関わることを避け、二つの事実が混じり合わせないように。
さて――
アイナもなにを言っていいのかわからず押し黙る。
インベントはガラにも無く叫んでしまったことに気まずくなり、話題を変えようと――
「あ~、でもさ、なんで夢を見なくなったと思ったの?
俺を見て、なにかあったと気付いたのは、まあわかるけどさ。
だからと言って『モンブレ』の夢を見なくなったんじゃって推察できる?
そうそう理由は二つあるって言ってたし。二つ目は?」
アイナは腕組み、インベントを見つめる。
なにか言おうとする言葉を、口内で塞き止める。
ぷくっと膨らむ頬。
「え? なに?」
「ぷふう~う。
二つ目の理由ね……う~ん、どうしようかな。
う~む、まだ言っていいのか判断しかねてる……からな~」
「判断?」
「はぐらかすようで悪~けどさ、言っていいのか迷ってんだ。
まあ、もういいんじゃねえかって気もしてんだけどさ」
インベントは発言の真意が理解できず首を傾げる。
「さっきも言ったけど、アタシは結構前から夢を見なくなったんじゃねえかって思ってたよ。
だったらさっさと言えばいいじゃんって話だ。
困ってるのがわかってんのに、無視するってのは性格悪いじゃん?
だけど、ま、そうじゃない可能性も捨てきれなかった。
この半年間は……アンタがナニモンなのか観察してたってとこかな」
「観……察……」
「アタシの中では、アンタは三人いる」
「ほ? 俺は一人っ子だよ?」
「兄弟の話してんじゃねえ!
大まかに分けるとアンタと出会った頃、アタシが倉庫番をしてた頃の純真なインベント。
純真っていうか、ぼけーっとした少年って感じだったな。
そうだな……これをインベント0と定義しよう。
そんでもって、モンスター大好き具合が頭おかしいレベルになっていく。
というか……原因はロメロの旦那だと思う。
アンタたちがカイルーンの森で、本気で喧嘩しやがってボロッボロになったのがインベント1ってとこか。
インベント1は頭おかしい。戦闘狂って感じ」
インベントは「あは、は」と笑う。
「だけどまあ、インベント0からインベント1ならまあ許せる。
インベント0.4とかインベント0.8とかならいい。
サナギから蝶って感じだな。ま、蝶って感じじゃねえけどな」
アイナは地面を軽く蹴り、間をとって――
「だが、オセラシアでのお前は明らかにおかしかった。
具体的に言えば……最初にルベリオと戦った後ぐらいからだ。
もしも……オセラシアの頃のアンタだったら、アタシは放置するつもりだった。
正直、アタシの手に負えん。
というか……縁を切ろうって思ってたさ」
インベントは口を噤む。
アイナは斜に構え、インベントを睨む。
「アンタさ、オセラシアの時のこと。
どう思ってるんだよ?」
「どう……って?」
「アンタは明らかにおかしくなった。
女口調とかはまだいいけど、なんていうかヒトデナシって感じだった。
もともと変人だったけど、悪人っていうかマジの狂人みたいになってやがった」
インベントは宙を眺める。
二年近く前の出来事を思い返す。
そして顔が緩み――
「…………あの頃は。夢のようだった」
11章ですが次話で終わりです。
明日も投稿します。




