禁忌の代償②
「アンタ――――
『モンブレ』の夢、見なくなったんじゃないのか?」
アイナの発言は、明らかにインベントを動揺させた。
呼吸が荒くなり、視線は行き場を失った小魚のように暴れ踊る。
インベントの反応は、驚愕と肯定で間違いなかった。
「な、なんで? だって……」
先ほど、インベントが『幽結界』が使えるようになったことや、モンスターを独りで狩っていることを言い当てたアイナ。
アイナの推理力に感心したのは確かだ。
だが、どうすれば『モンブレ』の夢を見なくなったことを推理できるのであろうか?
話題にあがるとも思っていなかったからこその動揺。
「ま、落ち着けよ。インベント」
「で、でも……」
「へへ、その反応、やっぱり当たってたみたいだな」
インベントは悪いことをしたのがバレた子どものように、暗い顔で頷いた。
「なんで……わかったの?
誰にも言ってないのに。
これも推理……? 夢のことを推理? いやいや、そんな……馬鹿な」
アイナはインベントが『モンブレ』の夢を見ていることを知る数少ない人物だ。
だからと言って、なぜ見ていた夢を見なくなったと思い至るのだろうか?
他人の夢を見ることなどできるはずもないのだから。
アイナは腕を組む。
「『モンブレ』の夢を見なくなったんじゃねえかって思ったのは、大きく分けて二つ理由がある。
ま……一つ目はこじつけというかキッカケというか。
アンタに、な~んかあったことは一目瞭然だったからな」
「え?」
アイナは噴き出して笑う。
「ぷふふ。
アンタさ、ラホイル隊ではそれなりにうまくやってるだろ?
新米隊長のラホイルちゃんに反発したりしてるけど、それなりにな」
インベントは「そりゃあ――」と言いかけるが、
「そもそもそれがおかしいんだよ。
ラホイルの言うこと聞くタマか~?
それに、なんで目の前にモンスターがいても飛び出して狩らない?
他にもいろいろあるぜ。
鉄の塊は使わないし、動きも明らかにセーブしてる。
ま、アンタの動きに合わせるのなんて至難の業だからな~。
さあてなんでだ? 協調性? あのインベントが?
ニシシ、ありえないだろ?」
アイナが両手を広げる。
「アタシからすればさ、ひとりこっそり危険区域に来るのは至極当然。
むしろ、それでこそインベントって感じだ」
アイナはインベントをビシっと指差した。
「だってそりゃ~モンスター大好きインベント少年だからな。
寝る間を惜しんでモンスター狩りに向かうのが当然ってもんよ。
命令違反してでもモンスターをぶっ殺しにいくのがインベントだ。
そうだろ? なあ?」
インベントはアイナから目線を逸らす。
「へっ、そんでもってな。
な~~により一番おかしいのはさ……アンタ全然楽しそうじゃねえ」
インベントは顔を顰める。
「モンスター狩ってる時、全然楽しそうじゃねえ。
作業のように淡々と――というか投げやりな感じ。
ど~考えてもおかしい。
いつもおかしいインベントだとしても、モンスター狩ってる時に楽しく無さそうなのは異常だ。
これだけネタがあんだ。なにかあったと思わない方が変だろ?」
インベントはモンスターが大好き。
だが、この事実を知っているのは思いの外少ない。
ノルドもロゼもいなくなってしまったアイレド森林警備隊では、アイナ以外知らないのだ。
インベントは虚ろな表情で笑う。
「はは…………。楽しそうじゃなかったか。
そうだね。モンスターを狩っても……楽しくないんだ」
そう言って、インベントは収納空間からあるものを取り出した。
それは、異様な被り物である。
「な、なんじゃこりゃ」
「フフフ、頭防具だよ。
モンスターの頭蓋骨と、モンスターの毛皮で作ったんだ」
『頭防具』と言えば聞こえは良い。
だがインベントが取り出したものは、防具と言うにはあまりにもお粗末な代物だった。
大きめの頭蓋骨に無理やり毛皮を縛り付けただけであり、仮装用の衣装にしか見えない。
「モンブレではさ、モンスターを狩って、モンスターを素材にするんだよ。
凄く色鮮やかで、かっこいいんだよ」
インベントは頭防具もどきを被る。
それを見たアイナは「お、おお……」と引きつった顔になる。
どう見ても悪役……もしくは妖怪にしか見えないインベントの風貌。
「防具って作るの難しいんだね。モンブレのようにはうまくいかないよ」
「いや……まあ、悪く無いんじゃね? なはは。
でも、なんでそんなもん作ったんだ?」
「アイレドに帰ってきたからさ、モンブレの夢……見れなくなってさ。
10日ぐらいは気付きもしなかった。一時的なものだと思ってた。
だけど、何日経っても全く見れない。
怖くなった。いつになったらモンブレの夢が見れるのかわからない。
それに、なんで夢が見れなくなったかわからない。
だからできるだけ寝る時間を増やした。
朝寝坊しちゃうのもさ、もっと寝てれば夢を見れるかもしれないって」
インベントは本来、朝に強い。
運び屋である父の仕事は早朝作業も多く、手伝いをしていたインベントにとって、早起きは常だった。
アイナは「ああ、だから毎度毎度朝寝坊してたのか」と納得する。
インベントは頭防具越しに微笑む。
その微笑みが気色悪く、アイナの顔が引きつった。
「でも、どれだけ寝てもモンブレの夢が見れない。
見れなくなるなんて思ってなかった。ずっと見れるものだと思ってた。
どうしていいのかわからない。だけどなにかせずにはいられなかった。
だからとりあえずモンスターを狩ることにした。
モンスターを狩ってれば夢が見れるかもしれないって思って。
幸い幽結界があるお陰で、ソロでも不意打ちで死ぬこと無いし。
それでも一向に改善されない。
色々試している一環でモンブレみたいに、モンスターを素材にした装備を作ってみた」
「それがその……頭装備なわけね」
アイナは『気色悪い』と言いかけて止めた。
「一応、独りでモンスター狩ってるのがバレないように覆面の役割も兼ねてね。
……でも多分、『黒猿』はこの頭防具を使ってたからだと思う」
「あ~、遠目で見たら確かにモンスターに見えるかもな」
インベントは頭防具を脱いだ。
「色々やってるのに、全然改善されないんだ。
モンスターを狩るのが楽しくないわけじゃない。
だけど、モンブレの夢を見るからこそ、モンスター狩りが楽しいんだ。
片方が欠けちゃダメだったんだ。
だから努力してるのに……。
でも……原因がわからないし」
アイナが大きく溜息を吐く。
「原因? そりゃアタシだろうよ」
インベントはゆっくり首を左右に振る。
「シシシ、違うってか? 違わねえだろ。
オセラシアから死にかけのアタシを運んだのが原因だろ?
それ以外にあんのか?」
インベントは首を振り続け――
「夢を見れなくなった原因が、アイナかどうかなんて……」
「ふ~ん、じゃ言い方を変える。
アンタが夢を見れなくなった原因は、アタシの可能性が極めて高い」
「違う……違うよ……」
アイナは爪先を弄りながら――
「アタシはさ。
実んところ、結構前から夢を見れなくなったんじゃねえかって思ってた。
そんでもって、その原因はアタシを運んだからだ。
つまり、アタシを放置してりゃモンブレの夢を失うことも無かった。
だから、アンタは後悔してるんじゃないかってね」
インベントは「違う」と呟く。
「アイレドに来てから、アンタ素っ気なくなったじゃん。
ま、元々フレンドリーって感じじゃなかったけど、明らかにアタシのこと避けてたし」
「さ、避けてなんて……」
「へっ、避けてたって~の。
それぐらいわかるっつ~の。
ったく~、思春期の少年かよ。
……ってアンタまだ18歳だったな。
へへ、思春期って言えば思春期か。
でもま、大切なモンブレが見れなくなったなら、嫌われても仕方無えっていうか……」
「違う!!」
インベントの叫びが木霊した。
心からの叫びが――木霊した。
11章は短めです。