禁忌の代償①
インベントは事の顛末を、時系列を追って語り始める。
アイナは、収納空間に10日間も入れられていたことには非常に驚いていた。
だがそれ以外の内容は、ただただ静かに聞き入っていた。
インベントは、もっと驚いてもおかしくないと思ったし、もっと騒ぐかと思っていた。
アイナの落ち着き具合に不気味さを感じつつも話し終えた。
「はっは~ん、なるほどなるほど」
アイナは納得した。なにを納得したのかインベントにはわからない。
インベントは「もういい?」と尋ねるが――
「ん? ああ、まあ」
淡泊な反応にインベントは困惑する。
そんな時――
「お? そこ、なんか揺れたぞ」
アイナが茂みを指差す。
ふたりがいる場所は、殆ど危険区域でありモンスターが現れても不思議ではない。
「ん~? どこかな?」
インベントは振り返り、モンスターを探す。
つまり――――アイナに背を向けた。
「…………――」
アイナの視線はインベントの背中へ。
続けて音も無くナイフを構えた。
無表情のまま、アイナはナイフを投げた。
完全な死角から飛来するナイフ。
その軌道は完璧にインベントを捉えている。
そんなナイフを――
「――!?」
インベントは振り返らない。
見もせずに、収納空間から飛び出した丸太でガードした。
ゆっくりとインベントは振り返る。
ナイフを投げたのはアイナで間違いなかった。
だがなぜナイフを投げてきたのか見当もつかない。
アイナは歩いてくる。
身構えるインベント。
弾き飛ばされたナイフを拾い、インベントに見せる。
「念のため、鞘には入れておいたから大丈夫だっての」
「そ、そういう問題じゃ……。
いや、なんで?」
アイナは答えない。
アイナはおもむろにナイフを鞘から抜いた。
そして、上空に放り投げる。
数秒後――当然ナイフが落下してくる。
インベントの足元に突き刺さるナイフ。
インベントは微動だにしない。
「へっ。
誰かさんみたいに、よ~く見えてやがんな」
アイナの発言で、インベントは理解する。
「――――なんで」
「へっへっへ、『なんで知ってるの? プリティアイナちゃん』ってか?
アタシは、半年も一緒に同じラホイル隊にいたんだぜ?
わけわかんねえロメロの旦那に巻き込まれた頃まで遡れば、かなりの時間一緒にいたからな」
髪をクルクルと指で弄るアイナ。
ぼそりと「本当は知らん顔する気だったんだけどな」と前置きし――
「多分、アタシはアンタ以上にアンタのことを理解してる。
へっへっへ、なんでか気になんだろ~? 知りたいだろ~?」
「なんのことを……」
「まずは、『幽結界』を使えるようになってやがるってことだ」
ビシっとインベントを指差す。
「……よくわかったね」
「へへ、ま、これは一番簡単だったけどな。
キッカケはそうだな~。
アンタは気付いてないかもしれないけど、たまにモンスターを狩る時にモンスターから目線を外すんだよ。
それもトドメを刺すときとかにな。
普通の感覚じゃありえねえんだよ。
どれだけザコモンスターであっても、目線なんて外すわけない。
そんなことができるのはロメロの旦那ぐらいだ。
そう――――」
「ロメロさんには『幽結界』がある」
「そゆこと。
ま、後は簡単だ。何度か確かめてみればいい。
背後で剣を抜いて見たりとかしてな。
ビクっとするインベントは中々面白かったぜえ~?」
インベント苦笑いし――
「『幽結界』はアイレドに戻ってきてから……いやもう少し前から使えるようになっていたと思う。
範囲は半径四メートルぐらい。完全にロメロさんの『幽結界』と同じだね。
はは、壁があっても関係無いからさ、キャナルとペイジアさんが夜な夜な俺の部屋覗きに来てるんだけど、すぐにわかったよ」
「ほ?
あのふたりがラホイル隊にいるのは変だとは思ってたが、そんなことまでしてんのか。
さすがにそれは知らなかった」
「なんでかわからないけど、ずっと俺の監視してるね。
休みの日も律儀にね」
「ふ~ん、森林警備隊に目を付けられる理由はわかんねえな。
アンタ、なんか悪いことでもしたのか?」
「してないよ」
「シシシ。
知らず知らずのうちに目を付けられちまうこともあるしな~。
アンタ、悪目立ちしてそうだし」
インベントは「悪目立ちなんて」と不服そうに言う。
「イッヒッヒ、そうだな~。
まだイケナイアソビはバレてないもんな?
休みの日は今日みたいに、毎日毎日、せっせとモンスター狩りか?」
「まあね……。なんでわかったの?」
「ま、色々理由はあるけど、常識的に考えて非常識なアンタが、駐屯地でじっとしてるとは思えなかった。
そんでもって休みの日中は居所がまったくわからない。
思い返せばこの半年間、昼間に一度も会わないってのは不自然ちゃ不自然。
完全に引きこもってるならまだしも……。
あ~そうそう、キャナルかペイジアがアンタが外でコーヒーを飲むのが趣味だなんて、きしょ~いことを教えてくれたしな」
インベントは「きしょいって」っと笑う。
「そんでもって確信したのは……とあるウワサを聞いた時だ。
『黒猿』とかいうモンスターのウワサ知ってるか?」
インベントは「……う」と言葉に詰まる。
「なんでもモンキータイプで、人間ぐらいの大きさだそうだ。
そんでもって、モンスターの顔面が陥没するぐらいのパンチが得意なんだとさ」
インベントは指と指を合わせイジイジしている。
「よ~く知ってると思うけどさ、モンスター同士ってのはほとんどケンカしない。
そんでもって陥没するぐらいのパンチってなんだよ……。
なあ? 『黒猿』のインベントさんよお」
「は、ははは、ちゃんとバレないようにしたつもりなんだけどね」
「アンタ、あの鉄の塊……『徹甲弾』って名前だっけか?
長いこと使ってるの見たことねえんだよ。
全部使いきってもう手持ちがない可能性もあるけどさ、モンスターを陥没させる攻撃って聞いて――」
インベントは観念し、収納空間からボトっと徹甲弾を出した。
「あ~やっぱりか~」
「はは……本当によくわかったね」
「ま、他のやつらには気付かれないだろうな。
『幽結界』はそもそも知識として知ってなきゃ気付けないだろうし。
そんでもってノルドさんもびっくりの『狂人』っぷりはアンタの狂人奇人ぶりを知ってなけりゃわかりゃしねえ」
「狂人……か」
遠い目をするインベント。
アイナはそんなインベントの顔をじっと見る。
そして――「ま、ここまでの話しは前置」と言う。
「ん? まだなんかあるの?」
「逆だ逆。
今までの話は正直どうでもいい。
『幽結界』使えるんならそれはそれでいいし、アンタがひとりでモンスター狩ってることを別に咎める気も無いし。
褒められたことじゃねえけど、悪いことじゃない。
本題に入る前の、確認ってとこだな。
へへ~、アタシの知的さが爆発しちまっただろ?」
「ははは」
インベントは、久しぶりのアイナとの会話を楽しんでいた。
ずっと昔のふたりに戻ったような感覚。
隊が同じでも、会話らしい会話をしてこなかったインベント。
「……こっからの話しは、アタシの想像半分な話だ。
でもまあ、当たってる気がしてる。
女の勘……てのとは違うんだけど、まあ、ちょっとズルしてるんだが……まいいか」
インベントは首を傾げる。
アイナがなにを話すのか、見当もつかない。
『幽結界』の件も、モンスターを独りで狩ってる件もバレるとは思っていなかったインベント。
アイナの洞察力と推理力には感心してしまったのは事実。
だが、インベントにはもう隠し事は無い。
正確に言えば、『アイナが到達できる可能性がある隠し事』が無い。
だからこそ――
インベントは人生で一番驚愕することになる。
知ることのできるはずが無い事実を、アイナが知っているからだ。
「アンタ――――
『モンブレ』の夢、見なくなったんじゃないのか?」
良いお年を('◇')ゞ
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