禁忌④
所変わって、アイレド森林警備隊駐屯地。
「……ふう」
空を見上げる女がひとり。
名をレノア。
インベントが初めて所属し、たった一日で解体されてしまったオイルマン隊の隊員だった女。
本日は非番。
そんな、たそがれているレノアのお尻に魔の手が迫る。
「きゃああ!?」
お尻を鷲掴みにされたレノア。
「んふふ~、なあ~にしてるのかしら~? レノア~」
お尻を鷲掴みし、揉み揉みする女。
名はフェルネ。
インベントが入隊試験を受ける際に、受付をやっていた女。
入隊試験で、インベントが総隊長であるバンカースを翻弄した結果、ぶちのめされた後、インベントを介抱してくれた人物だ。
「な、なにしてるんですか! 先輩!」
「ええ~? なんかレノアのお尻が寂しそうだったから~」
「な、なんですか! 寂しいお尻って」
「ふふふ~、だって~、ご無沙汰なんじゃないのかしら~?」
フェルネはお尻からぱっと手を放す。
レノアは「もう!」と言いながら着衣を直す。
フェルネは「ケルバブが亡くなって、もう三年だしね」と微笑んだ。
インベントが一日だけ所属したオイルマン隊。
その一日で隊員のケルバブは死亡した。
実はレノアとケルバブは恋仲だったのだ。
「べ、別にケルバブなんかに気を使ってるわけじゃないですから!
あ、アイツとは……その……」
「ど~せ酔った勢いでしょ~? 懲りないわねえ~レノアも」
「よ、酔った勢いなんかじゃ…………」
「ん~?」
「いやまあ……そうですけどお」
レノア。
普段は冷静。
【癒】のルーンで、更に前線に立つ貴重な人材。
だが酒癖×。
「散々やらかしてきたのに、最近は随分と落ち着いてるじゃないの~?」
「あ、あはは……」
「気になる男でもいないの~?」
レノアは「気になる男……かあ」と呟く。
「お? その反応、いるな~? だれだれ~?」
「い、いや、いませんよ。
いませんけどね……う~ん」
ニヤニヤしてレノアが話すのを待つフェルネ。
観念したように話を続けるレノア。
「いやまあ……最近年下もいいかな~なんて思ったり……思わなかったり」
「ほほ~う」
「男は頼り甲斐って思ってたんですけど、若い子の奔放さもなんかいいもんだなあ~って。
子どもっぽいと思ってたらいつの間にか大人の顔してたりすると……ちょっとキュンって。
なに考えてるのかわかんない感じはやきもきしたりするんだけど、なんか……ミステリアスっていうの?」
フェルネはレノアの話を聞きながら――
(だぁれのことかしらねえ~。
完全に意識してる若い子がいるみたいだけど……う~ん私の知らない子かしらねえ?)
ガールズトークに華が咲く。
だが――
ドン!
駐屯地のすぐ近くで、衝撃音が聞こえてきた。
フェルネとレノアはすぐにガールズトークを止め、警備隊モードに切り替わる。
「なにかしら?」
「モンスター? にしてはかなり大きな衝撃音でしたね」
駐屯地近くはモンスターがほとんど近寄ってこない。
とはいえDランクのモンスターは知能が低く、わけもわからず駐屯地に近寄ってくることもある。
「一応、確認しにいこうかしらねえ~」
「了解です」
「ま、危なかったらすぐ逃げましょうね~」
「はい」
ふたりは慎重に現場に向かう。
お互いの死角をカバーし合うように歩き、モンスターを見逃すという最悪の事態をケアしつつ進む。
そして――発見する。
「いたわねえ……」
「……なんですかね、アレ」
「モンキータイプかしら? それにしては……」
まるで虫のようにもぞもぞと動いているモンスター。
蠢いていると表現するのがしっくりくる。
泥にまみれ、各部が痙攣している。
息も荒い。
「死にかけのモンスター? でも……」
ふたりはじっくりと観察してやっと気付く。
服を着ていることを。
「モンスターが……服を着ている?」
「ち、違いますよ! あれ人間じゃないですか!?」
「ええ~? バケモノじゃないの~?」
人間かモンスターか? それとも異形か怪異か?
判断できずにいたふたりだが、なにかわからないソレは立ち上がり、歩き始めた。
そして――気付く。
「――――インベント?」
フェルネが「へ~?」と声をあげるが、レノアはソレに近づいていく。
ソレにほんの僅かだけしか残っていないインベントの面影をレノアは感じ取ったのだ。
そしてソレも――
インベントもレノアとフェルネに気付いた。
掠れ、しゃがれた声で――
「……誰だっけ」
と――
ずっこけるレノア。
だが、インベントの声であることを確信し、近づくレノア。
「もう! レノアよレノア!
あなた相変わらず……! というよりあなたこんな場所でなにしているのよ!?」
インベントは「レノアさん……レノアさんだぁ」とへたり込む。
そしてなぜか涙を浮かべる。
「アイレドの町に行くつもりだったけど……。
ツイてる……最後の最後にツイてるぞ、ハハハ」
「ど、どうしたのよ? インベント」
そこへフェルネが割って入る。
「あ~インベントくんか。懐かしいわねえ~」
インベントは再度「……誰だっけ」と呟く。
「先輩の名前ぐらい覚えておきなさいよ~、フェルネよフェルネ。
まったくう~。そんなことよりもなんでこんな場所に?
それにそのボロボロ具合はなんなの?」
フェルネはインベントを隅々まで観察する。
「……右足折れてるわね。
股関節もなんか歪んじゃってるし。
顔もアザだらけ。
それよりもなによりも……両手。
どうやったらそんなに左手はボロボロになるのよ。
それに……右手は外傷は少ないように見えるけど、なにがどうなってるのかわからない感じじゃないの」
冷静にインベントの状況を言い当てていくフェルネ。
それを聞いてレノアは、インベントを心配し近づく。
そしてインベントに触れようとした時――
「触るな!!」
インベントの怒号。
レノアは驚いて手を引っ込める。
インベントは申し訳なさそうに首を振る。
「いや……俺はいいんです。
俺は大丈夫です。
俺は大丈夫です。
俺は大丈夫ですから」
どう見ても大丈夫な状態ではないインベント。
「インベントくんはぜ~んぜん大丈夫じゃないわ。
さっさと治療しないとだめねえ。
ま、とにかく駐屯地まで行きましょう」
歯軋りし、叫びだしそうになるインベント。
(そんな悠長な場合じゃないんだよ!!
アイナを早く治療しないと!
【癒】を集めてくれないと!
アイナを……アイナを……)
だが――すっとインベントから怒りが抜けていく。
睡眠不足に過度な疲労。
精神も不安定であって当然だ。
だが、この場所に来るまでにインベントがずっと考えていたことは、どうやってアイナを助けるかだけである。
この異常な状況を説明し、【癒】を集めてもらわねばならない。
(今すべきことは……叫ぶことじゃない。
しっかり理解してもらい、緊急事態だと知ってもらうことだ。
相手はバンカースさんを想定していたけど……大丈夫。
ちゃんとやるんだ。
俺ならできるはずだ)
全てはアイナを救うために。
泥だらけのインベントは微笑んだ。
「わかりました。とにかく駐屯地まで行きましょう。
ひとりで歩けます。だから歩きながらでいいので俺の話を聞いてください」




