禁忌③
インベント視点続きます。
アイナが収納空間に入った。
もしかして窒息死したらどうしよう……なんて少し不安になったが、放置してもどうせ死ぬんだ。
今は忘れよう。
収納空間の基本ルール――状態を維持する。
瀕死状態を維持してくれると信じる。
後は……帰るだけ。
そう、さっさと帰るだけだ。
俺は息を飲んだ。
一番の不安にして最大の懸念材料は、そもそもアイナが収納空間に入らないのではないかという点だった。
今もなお、アイナを追い出そうと反発してくる収納空間だが、なんとか押し込んでいる。
次の問題は、どうやってアイレドの町まで帰るか? である。
アイレドまでは、飛べば恐らく三日から四日だと思う。
ナイワーフの町が一番近いのだが、【癒】が何人集めれるかわからない。
そもそもイング王国から来た俺に対し、緊急対応してくれるかわからない。
だからアイナを治療するのであれば、アイレドの町が最適。
ラホイルが治療された時のように、複数人の【癒】持ちを用意してもらうならアイレドしかないと考えた。
だが――アイナを収納空間に入れたまま飛べるのか?
右手は、アイナが収納空間から追い出されないためにゲートを閉じ続けなければならず使えない。
左手一本でアイレドまで飛ぶ。
正直やってみないとわからない。
むしろ、失敗しそうな予感がしていた。
「ふう……」
それでもやはり、やるしかない。
根性論である。
左手でゲートをゆっくり開く。
右手のゲートに干渉しないようにそ~っと開く。
「ぐううぅ!?」
ゲートを開くことはできた。
だが、右手のゲートが暴れだす。
しかたがないので右手側のゲートを目一杯締める。
すると左手側のゲートを誤って閉じてしまった。
「ああ~クソ!
左と右で別々の動きをするのは難しいな」
そういえば昔、父さんが、宙に左手では円を、右手では四角形を描くのを自慢してたっけな。
あの時はどうでもいい……なんて思っちゃったけど、俺も出来るように練習すれば良かったかな。
はは、なんか思い出しちゃったな。
「ふう……。
もう一度……もう一度……」
右手は閉じつつ、左手でゲートを開く。
ゆっくり小さくゲートを開け――なんとか槍を一本取り出した。
「くそ……こんなんでアイレドまで行けんのかよ」
俺はアイレド方面――といっても正確な方向はわからない。
なんとなく歩き出した。
そして槍を構えた。
槍の刃部分の反対側、石突の部分。
本来石突の形状は、攻撃に使ったり地面に突き立てるように尖っている形状が一般的。
だけど俺が手に持っている槍は先端が平らになっている。
平らな方が収納空間からの反発力を制御しやすいからだ。
「――いつも通り――いつも通りやるだけ」
石突の先にゲートを開く。
ゲートの中には砂で敷き詰められた空間があり、槍を収納しようとすれば反発力が発生する。
何度も何度もやってきた、身体に染みついた動き。
「ふっ!」
慣れ親しんだ動きのはずなのに――
「ぐ!? あがっ!」
反発力は発生し、推進力は得られた。
だが想定した方向よりも下方向の力だったため、ずっこけた。
荒野を転がっても、ゲートを締め続けることは忘れない。
もう一度、アイナを収納空間に入れる自信は無い、というより金輪際無理かもしれない。
「……クソ」
森林警備隊になってすぐの頃。
反発移動に振り回されてた頃に逆戻りだ。
それでもやるしかなかった。
ただひたすらに槍を突く。
思ったように飛べない。
それでも前には進める。
何度転んでも、前に進めばいつかはアイレドの町にたどり着くはずだ。
**
槍を持つ左手の握力は無くなっていき、掌の皮は破れた。
それでも槍は持てる。
すっぽ抜けそうになっても脇で挟めばいい。
何度も地面に激突した。
不幸中の幸いはオセラシアは荒野であり、飛びやすかったことか。
イング王国の森林地帯であれば、骨の一本や二本もう折れているだろう。
ボロボロになりながらも前に。
ただ前に。
**
夜が来た。
だが、おちおち眠ることはできない。
危険だからだ。
モンスターに襲われるから?
それもあるが、眠りながら収納空間を閉じれていられる自信が無い。
何時間経過しても、アイナを外に出そうと必死な収納空間。
抗い続ける俺。
寝たら終わりだ。
起き続けるしかない。
飛び続けるしかない。
**
三日経過した。
荒野を森林地帯に沿って、西に真っすぐ進む。
あえてイング王国の大森林を進むのは危険だからだ。
三日間、寝ないで飛び続けているため頭が朦朧としている。
視界が回る。三半規管が狂っている。
何度か停止し、その度に、こめかみに爪を立てた。
痛みと気持ちよさで多少は酔っているような感覚は薄れるが、睡魔と疲労は溜まる一方。
ただ、何百回と槍を突くことでコツを掴めてきた。
ふと森林警備隊に入隊する前の自分を思い出す。
モンブレの世界に憧れ、毎日毎日飽きもせず収納空間を弄っていた。
収納空間は扱いが難しい。
ただ入れて出すだけならば練習など不要だが、戦闘に使用するためには反復練習が重要だ。
「はは、毎日毎日……飽きずによくもまあ……。
うふふ、ふふふ、ふふふふのふう」
一番きついのはやはり睡魔である。
紛らわすために独り言や、歌ったり、顔を自ら軽く殴ってみたり。
飛び続ける。
身体のどこが異常なのかわからない。
ほぼ全部異常事態だろう。
それでも飛び続ける。
道半ば。
もうすぐ限界が来ると思う。いやもう限界だ。
アイレドまでどれぐらいかかるのだろうか?
半分ぐらいまで到達しただろうか?
「そろそろ半分ぐらいだろ。
そうに違いない。よお~しがんばるんば~」
絶対に真ん中まで到達していないと知っていながらも、自分を騙しながら飛び続ける。
****
一方――――
「行ってしまったねえ。
つれないなあ、つれないね」
インベントと再戦し、インベントを殺すつもりだったルベリオ。
アイナを瀕死にし、【癒】を全滅させ、動揺したインベントを殺す算段だった。
だが全く動揺しないインベントに、驚きつつも――
動揺しなかったとしても、勝算がルベリオにはあった。
アイナを刺したのは余興に過ぎなかったのだ。
しかしながら、再戦目前で、動揺しないと思われたインベントが、急変した。
「急に一人二役みたいになっちゃったじゃないか。
戦闘用インベントと普通のインベントが混じっちゃったのかな?
あのアイナとかいうのを殺しちゃったから、本当におかしくなったのかもしれないねえ。
はあ~あ、本当によくわからない男だ」
踵を返しアイナの元へ向かったインベントをルベリオは静観していた。
隙だらけのインベントに襲いかかっても良かったのだが、大半のオセラシアの人たちはルベリオを警戒していたため、事の成り行きを静観していたのだ。
「ま~さか死体を収納空間に入れて、飛び去っちゃうなんて予想外もいいとこだよ。
そんなに大事なご主人様だったんだねえ。
ハア…………。
さて、どうしようかなあ」
ルベリオは、インベントがふらふらと飛んでいった方向を眺める。
大きく溜息を吐いたルベリオ。
「追いかけてもいいけど、なんか興が醒めちゃったなあ。
それに――――」
ルベリオはインベントが飛んでいった方向とは別方向の空を眺めている。
驚異的な探知範囲の中で、クラマの動きを察知したルベリオ。
「さすがに『星天狗』と遊ぶつもりはないしね。
不完全燃焼だけど、今日は帰るとしようか」
ルベリオは去っていく。
こうしてオセラシアは束の間の平和を手に入れたのだ。




