禁忌②
続けてインベント視点です
アイナは死ぬ。
だってイベントだから。
「イベント? 演出?」
胸が痛い。
吐き気がする。
他人事だったアイナの死。
受け止めきれないが、逃れようのない事実。
気付いたら走り出していた。
頭がガンガンする。
耳鳴り、幻聴も酷い。
――構うものか。
「あ、アイナ、アイナ、アイナ……」
伏せているアイナを見下ろす。
なぜだろう。アイナがいつもより小さく見える。
凄く遠くに感じる。
「もう……手遅れです。手を握ってあげてください」
誰だオマエ。黙れ。
「俺は……インベントだよ」
しゃがみアイナの顔を見る。
アイナは動かない。
反応も無い。
僅かな呼吸を感じるだけ。
どうしたらいい。
どうすれば――――
「重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……重症……復活……」
どうにかしなければならない。
そんな時――なぜかラホイルを思い出す。
後になって考えれば、『重症』と『ラホイル』が紐づいたのは僥倖だった。
「ラホイル……重症……足……収納空間……」
ラホイルの切断された足を、収納空間に入れたことを思い出す。
「そうだ……入れてしまえばいい。
アイナを入れて……アイレドまで行けばいい」
一筋の光明。
か細過ぎる光明であることは、思いついた瞬間にわかっていた。
でも、もう方法を考える時間も無い。
まずは、アイナを収納空間に入れることだけを考えよう。
その先は……一旦忘れよう。
アイナの頭から足先まで見る。
一番厄介なのは……肩だ。
俺は手を使い、アイナの肩幅を図る。
「――43……いや44センチか」
一番の問題点。
それはゲートのサイズだ。
ゲートのサイズは30センチメートル。
これは不変である。
いや――
「変えれる……変えれる……さっき……変えたばかりだ」
収納空間に関しては熟知している。
大きさは二メートルの立方体。
そして出入口となるゲートは直径30センチメートル。
これは不変のルール。
――だった。
いつからルールが変わったのかわからない。
だがそんなことはどうでもいい。
「大丈夫、大丈夫。
さっきはできた。
ゲートの大きさは……変えられる」
ついさっき、やったばかり。
クラマさんが放った『極星』を、収納空間を経由させ、加速と螺旋回転を加えたのが『螺闇極星』。
『極星』の大きさはゲートよりも少し大きかった。
だけどゲートを拡大して対応した。
『螺闇極星』は出来る気がしない。
タイミングもシビアだし、やってることが多すぎる。
だけど、今やるべきはアイナを入れるだけだ。
そして、覚えている。
ゲートを……拡張する方法。
違うな。
ゲートを合成する方法。
「ゲートに……ゲートを重ねる」
まずは左手でゲートを開く。
そして右手で更にもう一つゲートを開く。
ゲートを同時に二つ起動することは、できないはずだった。
だけどいつの間にかできるようになっていた。
「ゆっくり……ゆっくりと……重ねていく」
左手で固定したゲートに、右手のゲートを重ねる。
すると、ゆっくりとゲートが広がっていく。
「いいぞ……いい……ぐうう!」
頭が捻れるように痛い。
だけど、気にしている場合じゃない。
30センチメートルのゲートが徐々に広がっていく。
「もう少し……もう少し……」
徐々に広がるゲートと、広がるごとに異常をきたす身体。
だけど時間が無い。
どうにかアイナが入るサイズまでゲートを広げることに成功した。
嗚呼、周囲がうるさい。黙れ。
「後は――」
収納空間にアイナを入れる準備は整った。
だが、一番の問題がある。
収納空間に――生き物を入れることはできない。
入れようとしても弾き出される。
いや……でも……そうだ。
アイナは瀕死だ。
「瀕死は……生きていない。
瀕死は生きていない」
死体は収納空間に入る。
これは確認済みだ。
後は――
「どけ、おまえら」
アイナの周囲いたモブたちを睨みつける。
もう俺も余裕が無い。
そして、アイナに刺さっているナイフに手をかけた。
「なにを!?」なんて声が聞こえる。
刺さってたら収納空間に入れにくいだろうが。
ナイフが刺さっている部分は、応急処置がしっかりされている。
あいにく左手はゲートを維持しているため動かせない。
俺は右手でナイフの柄を持ち、自分の顔をナイフが刺さっている部分に寄せ、続けて頬で患部を押さえた。
そして、できるだけ真っ直ぐ、勢いよくナイフを引き抜いた。
応急処置に使用されている布が赤く染まっていく。
だが気にしている場合では無い。
「さあ……死体を入れよう。
死体を入れよう、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体――――」
『死体』と連呼したところで収納空間を騙せるかなんてわからない。
でも、もう後戻りはできないのだ。
ナイフは抜いた。
死は少なからず早まった。
やるしかない。
足先からスルスルとアイナが収納空間に入っていく。
そのまま問題無く突き進むかと思いきや、腹部ーーいや刺された部分を過ぎたあたりから、引っかかるような感覚が生じる。
次第に引っかかりから、押しとどめるような感覚へ。
更に反発に変わっていく。
「そう、うまくいかないか……」
わかっていた。
収納空間はルールに厳しい。
生物は収納できない。
瀕死は死んでいない。
「でも!!」
ゲートの拡張ができるようになった。
ゲートを同時に二つ起動できるようになった。
あと一つぐらい、ルールが変わったっていいじゃないか!!
「入れ! 入れ! 入れ! 入れ!」
無理やりアイナを収納空間に押し込む。
発生する強烈な反発力。
それでもなんとか、アイナの肩部を通過した。
通過した瞬間に、拡張したゲートを解除する。
すると、ゲートにアイナの肩が引っかかる。
「これなら……でも……うきぎぃ」
頭がグラグラする。胃がひっくり返りそうだ。
「ごめんね、ごめんね」
アイナの頭を掴み、無理やり押し込む。
「アイレドまで――アイレドまでだから――」
暴れる収納空間をなだめるように、無理やりゲートを閉じる。
だが、閉じさせてくれない。
気を抜けば、アイナを弾き出そうとしてくる。
ならばと、右手を固く握りしめる。
ゲートを閉じることはできなくとも、ギリギリまでゲートを小さくすることはできる。
右手はゲートを小さくする役となった。
ナニカがゴリゴリと削られているような気がするが、仕方ない。
万全な状態で済むなんて思っていない。
収納空間に入っただけでも御の字なのだ。
「後は――帰るだけ。
アイレドの町まで帰るだけ」
そう――――後は帰るだけなのだ。




