禁忌①
「もう二年前だな。
オセラシアで、ルベリオに刺されてさ。
アタシは正直、終わったと思ってた。
あのまま、死んでいくんだと思ってた」
インベントは俯いている。
「【癒】は全員殺されてた。
アタシの傷はすぐに処置しても助かるかギリギリの線だったろ?
どうして助かったんだ?」
アイナは一歩一歩、インベントに近寄っていく。
「目が覚めたら、アイレドの病院にいた。
夢かと思ったよ。
生きてることも信じられないし、なんでかアイレドに戻ってるしな。
まるで……オセラシアでの出来事がぜーんぶ夢だったんじゃねえかってな。
たまに、ホントは死んでんじゃねえかとか、まだ夢の中にいるんじゃねえかなんて思ったりしてな。
不安になって心臓の音を確かめたりするよ、ナハハ」
アイナはインベントの目の前に。
インベントはアイナに手をかざし――
「――服、着なよ」
と、収納空間から忍者衣装を取り出した。
「お、おう。あんがと」
アイナは忍者衣装を着て「ニンニン、だっけ?」と印を結ぶ。
インベントは「まあ……そうだね」と笑う。
「――で? 事の顛末がわかんねんだよな。
それとも言いたくねえか?」
「別に、言いたくないわけじゃない。
聞きたいなら、話すよ。気乗りはしないけど」
「だったら教えてくれ。
と言っても始まりからわかんねえんだ。
オセラシアで死にかけて、目が覚めたらアイレドにいた。
実は応急処置が上手くいって、その後急いでアイレドに運んだとか?」
「……ホントに何も知らないんだね」
「一応看護してくれたお姉さんには聞いたんだけどな。
危ない状況だったけど、【癒】の人を片っ端から集めて対応してくれたってのは聞いた」
インベントは「聞くなら……フェルネさんか、レノアさん、もしくはバンカース総隊長か」と呟く。
「ん? フェルネさんってのは確か見覚えある。
医療班のリーダーっぽい人だ。だけどレノアさんってのは知らねえな」
「まあ……そこはいいよ」
「ならいいけど。
ま、色々考えたんだぜ? これでも。
辻褄を無理やり合わせて考えるとよ~、実はアタシの生命力が凄くてさ――」
インベントは「なにそれ」と笑う。
「うっせえな! 無理やり辻褄合わせてんの!
アタシの生命力と、オセラシアでの応急処置が上手くいって、急いでアイレドまで運んだんだ。
そう! 一番可能性が高いのは、【癒】が実は生きてたって線かな。
そうすりゃあ――」
「ハズレ。
間違いなく、全員殺されてたよ。
――って、中々不謹慎なクイズだね、これ」
「ハハッ、アンタの辞書にも不謹慎なんて言葉があったとはな」
「――まあね」
「となると……もっとトンデモ理論しかねえんだよなあ。
例えば、オセラシア王家に伝わる復活のルーンとか」
「ぷぷっ、そんなの無いよ」
「わ、わーってるよ! でも、色々考えても、ど~やっても辻褄が合わねえんだ」
インベントは空を見上げた。
「そうだね……アイナが助かったのは……。
ああ、ラホイルのお陰かもね」
「へ? なーんでここでラホイル?」
「まあ、厳密には全然関係無いんだけどさ。
思いついたのは……ラホイルのお陰かもしれない。
それに……あのタイミングじゃなきゃ、思いつかなかった」
インベントは「ああ……だからこその罰なのかもしれない」と寂しそうに呟く。
「罰? ん、いや、どゆことだ?」
インベントはアイナを無視するかのように、勝手に話を続ける。
「オセラシアの人たちが応急処置を【癒】無しだけどやってくれた。
今考えると、応急処置も良かったね。血がダラダラ流れていたら多分助からなかった。
気を失ったアイナを急いでアイレドまで運んだんだ。
結構かかっちゃったな。確か……10日ぐらい」
「と、トウカ?
トウカってのは、10日ってことか?」
「そだよ」
「ば、ばかか! アタシがどんだけ超生命力でも10日もかけて運ばれたら死ぬわ!
てかアンタのスピードならナイワーフの町からアイレドまで、三日ぐらいだろ?」
インベントは微笑んだ。
狂気と絶望に満ちた笑顔。
その笑顔の意味はアイナにはわからない。
「時間は関係無いんだ。――無いんだよ」
アイナの手はなぜか冷えていく。
アイナは両手をぎゅっと握りしめる。
「すぐにでも複数人の【癒】を用意しなければならない状態。
でも人は足りない。時間も足りない。
誰も頼れない。頼れるやつなんて誰もいなかった」
インベントは自らの両手を見つめる。
アイナは胸騒ぎがして、握りしめた手を胸に引き寄せた。
「俺が――やるしかなかった。
俺にできることはアイナを運ぶこと。
そして――――やらないといけないのは、瀕死状態の保存」
インベントが犯した禁忌。
多大な代償を支払った行為。
「あの日――――収納空間にキミを入れたんだ」
――時は遡る。
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インベント視点――
刺されたアイナを見ていた。
傷は深そうだ。
オセラシアの人たちが手際よく処置している。
だけど【癒】持ちは全滅している。
なるほど、アイナは死ぬのか。
そういうイベントなんだ。
『たかがオトモが死ぬだけじゃない。
カカカ、私の動揺を誘いたかったの~?
相変わらず、狡いわねえ』
死は一番の演出だ。
たくさんの命が無残に散っていくのも良い。
大事な人が死んでいくのも良い。
そう、イベントのための素晴らしい演出。
CPUさんと再戦のための演出。
さあて、またボコボコにしてやろう。
「――お前……誰だよ」
後ろからなにか聞こえた。だけど目の前に敵がいるしなあ。
無視、無視。
え?
もう攻撃?
このタイミングで? なんで?
あれ? 焦ってるのかな?
ん? 俺は焦っているのか?
いや、俺は焦っていない。
だったら誰が焦っている?
だめだ。
戦う前に迷っちゃだめだ。
さっさと殺そう。急いで殺そう。すぐ殺そう。
ボスを殺そう。ルベリオを殺そう。
でも、ルベリオはモンスターじゃない。
モンスターじゃないと気が乗らない……。ん? んん!?
あれ? あれれ?
ルベリオ……モンスターじゃないか!
アハア! モンスターならすぐ狩らないと!
『大事なオトモを殺されちゃったんだから、完膚なきまでにKOしてあげる』
――??
モンスターはKOしないよ。
モンスターは狩るものだよ。
オトモは関係無いよ。
――オトモ? オトモって? オトモってなんだ?
「あれ?? なんか……変だな」
身体が勝手に動く。
いやいや、ちょっと待てよ。
『んあ? なんだ? バグったか? しょ~がないわねえ』
光の道筋がルベリオに向かっていく。
ルベリオをロックオンした。
そうだ……モンスターを――
『さっさとCPUをKOするわよ』
だから違う。ルベリオはCPUじゃない。
え、CPUってなんだ?
ルベリオはモンスターだ。
「KOじゃない。
モンスターは狩るものだ……。
違う、オトモ……オトモ……」
『アァ? オトモじゃなくて――』
「オトモは演出だ。
違う、オトモはどうした?
オトモは……オトモなんていない。そうだ、オトモは人間じゃない」
『オトモなんてほっとけ! 目の前を見ろ!』
「違う……オトモを――オトモじゃないオトモを――」
振り返らなければいけない気がした。
だけど――
ロックオン。
ロックオン状態は、絶対に目を離してはいけない。
だけどどうしても、振り返りたい。
重要ななにかが後ろにいるはずなんだ。
ロックオンは圧倒的な存在感。
目を背けることは、重大な罪のように感じる。
凄く辛いけど……俺は振り返る。
そうだ、さっき『お前……誰だよ』って聞かれた。
答えないと。
首を震えさせながら捩る。
捩るがギリギリまでロックオンを見続ける。
嗚呼、後ろ髪引かれる。
『敵を見ろー!!』
「――――うるさい」
振り返った。
大量のどうでもいい人たちがいる。
その中にアイナがいた。
「俺は……インベントだよ。
インベントだよ。アイナ」




