常日
『警笑』は無かったが、ラホイルが食事を止め、急に振り向いたことをインベントは見逃さなかった。
危険地帯の真ん中でランチしているのだからモンスターが接近してきてもおかしくない。
事実、これまでにも同じケースはあった。
ラホイルが見ていた方向へ、低空飛行するインベント。
ほどなくしてインベントはモンスターを発見する。
(――いた。
ラホイルの探知は正確だね。
はは、まるでノルドさんみたい)
まだモンスターはインベントに気付いていない。
インベントは急浮上する。自身の姿を見られないようにするために。
上空からモンスターを観察するインベント。
小型のモンスターだが、瞳が大きく尻尾が大きい。
(ラットっぽいけど、あれは……キネズミかな?
にしてはちょっと大きい……というかデブっていうか)
キネズミ――つまりリスである。
リス型のモンスターはそれほど頻繁に現れない。
モンスターにしては臆病な性格であり、逃げてしまうことが多いからだ。
ただリスゆえ木登りが得意であり、頭上から襲われるケースもある。
知能が低いためか予想外の行動をとることもある。
(キネズミにしては……なんかまるまる太ってるねえ。
あれじゃあ木に登れないんじゃないの?
なんか……滑稽なモンスターだね)
観察を継続するインベント。
そんな中、あることに気付く。
(なんかキョロキョロしてる。
俺を探してるのか?
見つかってはいないと思うけど……)
インベントは少し考えて――
(ああ、匂いか)
自身の袖を嗅ぐインベント。
先ほどまでランチタイムだったことを思い出す。
(パンにトマトにチキン。
そりゃあ美味しい匂いもベットリだよね)
危険区域の中で、美味しい匂いを漂わせている自分自身に苦笑するインベント。
続け、ふとノルドを思い出す。
(ノルドさん、緑色の団子食ってたなあ。
ふふ、口いっぱいに広がる草原の味……懐かしいな)
『狂人』のノルドは、長年ソロでモンスター狩りをしていた。
淡々とモンスターを殺すスタイル。
気付かれないように接近して先制攻撃することを得意とする。
だから、臭いの強い食べ物など論外であり、衣服は水洗い。
自然に溶け込み、モンスターに気取らせないために徹底していた。
「あの頃は……そうだね。
――本当に、懐かしい」
昔を懐かしみ、少し笑みを浮かべるインベント。
だが、すぐに無表情になり、下唇を噛む。
(……さっさと仕留めよう)
インベントは音も無くモンスターの直上へ。
そのまま自由落下していく。
両掌をモンスターに向け、準備万端。
(圧し潰して――終わりだ)
収納空間の中に丸太を準備するインベント。
だが――
「ギギィ!?」
急に真上を見るモンスター。
(あ、バレたか)
気付かれてしまったインベント。
だがインベントは気にせず攻撃を繰り出す。
モンスターに迫る丸太。
その丸太を――モンスターは避けた。
咄嗟に飛び跳ねたのだ。
奇襲失敗? 否。
モンスターが避けたのは一本目の丸太である。
インベントはモンスターが移動する位置を予測し、二本の丸太を同時に発射したのだ。
丸太がモンスターの下半身を圧し潰した。
悶え苦しむモンスター。
そんな行動不能になったモンスターに対し、インベントは躊躇なく剣を振いトドメを刺した。
「…………――――」
絶命したモンスターを見降ろすインベント。
その表情は――――
「おい――――インベント」
急に呼ばれ、振り返るインベント。
そこにはアイナが立っていた。
「あれ? なにしてるの?」
「アンタが飛び出していったから、一応アタシがフォローに来た。
ま、ラホイルが心配してたからな」
「ハハハ、ラホイルは心配性だね」
「ま、もう狩り終わったんだろ?」
モンスターの死骸を指差すアイナ。
「――そうだね。
うん、戻ろう」
そそくさとラホイルたちのいる場所へ戻ろうとするインベント。
アイナはインベントの背中を見ていた。
ただ――見ていた。
**
「もお~! 独断専行はアカーンって言うとるやん」
合流した後、ラホイルがインベントに対し小言を言う。
だがキャナルとペイジアに茶化されて終わる。
キャナルもペイジアも、インベントに胃袋を掴まれてしまっているのだ。
ふたりはインベントの味方。
ラホイル隊いつもの展開。
ラホイルが隊長らしく威厳を発揮しようとすると、キャナルとペイジアに茶化される。
背伸びしたいお年頃のラホイル。
はやく新米隊長を抜け出したいと努力もしている。
隊長として叱るべき時は叱らないといけないと思っている。
だからインベントに甘いふたりにヤキモキすることも多い。
そんなやり取りを我関せずで眺めているアイナ。
(おふたりさん、マメだねえ。
ま、若く実績の無い隊長が偉そうにしても誰もついてこない。
毎度毎度空気が悪くなる前に、ちゃ~んとケアしてんだから。
できたふたりだよ、まったくさ)
アイナは元々隊長職だった。
その経験を基に、冷静にラホイル隊を分析しているのだ。
(ラホイルはオラオラ系の隊長って感じじゃないからな。
ノリがいいやつだし、頼れるアニキっぽく成長するといいんじゃねえかな。
さてさて、キャナルとペイジアどう考えてるんだろうな?
ま、そもそも……な~んでこの隊が組織されたんだろうねえ~)
そんなこんなでラホイル隊は順調に任務を続ける。
危なげなく――
和気藹々と――
**
駐屯地に戻ってきたインベント。
「隊のみんなで軽く飲もう」と提案されていたが、こっそりと隊を離れたインベント。
部屋に戻り、武器の手入れをする。
収納空間から適当に食料を出して、だらだらと食べながら。
その後は収納空間の整理を。
座り、目を閉じ、壁にもたれながら。
パズルゲームをするかのごとく、分類ごとにまとめ、隙間なく収納空間を埋めていく。
瞬時に収納空間から出したいものを出すための下準備。
そしてやるべきことを大方片づけたインベント。
インベントは壁の木目をじっと見る。
まるで、瞳のような木目と睨み合うインベント。
そして――鼻で笑い――
「いやあ~今日も楽しい一日だったなあ~!
そろそろ寝よ~っと」
ベッドに横たわるインベント。
音も無く――
インベントの部屋の外にいたナニかが去っていく。
去っていったことを確認し、インベントは眠りについた。
****
翌朝――
任務が無いのでお休みである。
つまりラホイルが起こしに来ない。
結果、ダラダラと眠るインベント。
誰よりも遅く起き、散歩に出かける。
**
駐屯地の外れ。
あまり人が来ない、死角になっている場所。
インベントお気に入りスポット。
「……ふう」
遅すぎる朝のコーヒーを飲みながら、ただ森を眺めるインベント。
「あ~、やっぱりインベントくんだ」
物陰からペイジアが顔を出す。
インベントは微笑んだ。
「インベントくんがこっちに来るのを見かけてねえ~。
ほ~んと、この場所、好きねえ~」
「はは、そうですね。
ひ――」
「『ひとりになるのが好きだから』――でしょ~?」
インベントは苦笑いし「ですね」と頷く。
何度も同じようなやりとりをしているので、インベントの習性もバレている。
「それじゃあ、お邪魔しちゃ悪いから行くわねえ~。
夜になったらデートでもしましょ~」
「はは」
ペイジアが去るのを横目で見つつ、コーヒーを飲むインベント。
いつも通りの一日が過ぎていく。
森林警備隊としての常日。
インベントの大切なナニかが失われた日々が過ぎていく。
16→18歳。
空白の二年間がそろそろ明らかになります。
ブクマ、評価ありがとうございます!




