ラホイル隊の日常
「前方! 多分ラットタイプや!
茂みの中に潜んどる! ペイジアはん!」
ラホイルが指差す先――茂みに向かって――
「はいはぁ~い」
緩い返事に相反し、ペイジアは素早く短弓に矢を二本装填し、放つ。
複数撃ちは制御が非常に難しいため、実戦で使用することは稀である。
【弓】のルーンと、高い技術力が合わさったからこそできる芸当である。
茂みを正確に射貫き、飛び出すラットタイプモンスター。
「よっしゃあ、キャナルはん!」
「まっかせろお!」
待ってましたとばかりに飛び出すキャナル。
小柄なキャナルが前傾姿勢で突進する様は、まるで四足歩行の獣のようだ。
両手に重厚な小手を装備しているが、【猛牛】のルーンで身体強化されているからこそ使える重量級の一品。
そして――
「はいさああ!」
飛びかかってきたモンスターを片手で受け止める。
【大盾】で小手を幽力で覆い、飛躍的に防御力を高めているのだ。
ラットタイプ程度の攻撃は屁でもない。
弾き飛ばされるモンスター。
「続けー! インベント!」
ラホイルの号令。
だが――
「――必要無いでしょ」
インベントは動かない。
「え?」
「だってほら」
インベントがキャナルを指差す。
キャナルが振り下ろしたパンチが、弾き飛ばされていたモンスターの頭蓋を直撃する。
幽壁が発動し、キャナルの一撃を防ぐ。
防ぐのだが――
(幽力は基本――身体の大きさに比例するからねえ)
インベントはじっと観察している。
キャナルの拳が幽壁越しにモンスターを地面に圧し潰していく。
幽壁がゴリゴリ削られていくが、その前にモンスターの頭蓋が割れた。
事を終え、嬉しそうに戻ってくるキャナルをインベントは拍手で迎える。
「さすがキャナルさんですね~」
「へへ~? 見直した~? 惚れなおした~?」
緩い雰囲気が繰り広げられるかと思いきや――
「インベント~! なんで攻撃に加わらんかったんや!?
アタッカーやねんから!」
ラホイルが怒っている。
さて――
ラホイル隊も隊である以上、役割がある。
隊長のラホイルは基本探知に集中し、状況に応じて攻撃参加。
短弓使いのペイジアは、射撃回数と正確性が売り。
先制攻撃から牽制など、戦況に応じてなんでもこなす遊撃手。
キャナルは機動性と防御力を備えたディフェンダー。
そしてインベントはアタッカーである。
インベントは溜息交じりに――
「ラット如き、キャナルさん単独で問題無いでしょ」
「にゃはは、まあねん」
「せやかて、役割はちゃんとこなさなあかんで!
不測の事態に備えへんと!」
「不測……ねえ」
ラホイルの発言は正しい。というよりも間違ってはいない。
アタッカーとディフェンダーは密に連携をとらなければならない関係性にある。
基本戦術として、ディフェンダーがモンスターの攻撃を防ぎ、発生した隙を狙ってアタッカーが攻撃するからである。
「キャナルさんが体勢崩したらどないするつもりやってん」
インベントは「キャナルさんが……体勢?」とオウム返ししつつキャナルを見る。
首を傾げるキャナル。
(キャナルさんが体勢なんて崩すわけないでしょうに)
インベントは確信している。
ラットタイプ程度に、万が一にもキャナルは後れをとらないことを。
ラホイルとて、そんなことは理解している。
理解していてもラホイルには隊長としての責任がある。
人間誰しもミスをすることはあるし、万が一不測の事態が起きるかもしれない。
足首を切断という、万が一を体験したことがあるラホイルだからこそ人一倍危機感が強い。
少しギスギスしているラホイルとインベントを見かねて、ペイジアがふたりの間に。
「ふふ~、キャナルが強いからってサボっちゃだめよ~。インベントくん」
「せやせや」
ペイジアはトコトコとインベントに近寄って――
「やってるフリしておけばいいのよお~」と耳打ちした。
「そこー! 聞こえとるでえ!」
**
森の中で甲高い音が響き渡る。
ラホイルが剣の鞘で木を叩いているのだ。
この行為はモンスターに対し、『人間がここにいるぞ』と伝える行為だ。
森林警備隊で広く知られている方法である。
モンスターにはテリトリーがある。
強くなればなるほどテリトリーが広がると言われており、知らずモンスターのテリトリーに踏み込んだ結果、隊が全滅するケースもある。
モンスターはテリトリーに進入してきた敵を排除する。
逆に言えばテリトリーの外にいる敵を襲うことは稀。
だから木を叩き、テリトリーの外側から『人間がここにいるぞ』と伝えることで町や拠点から遠ざかってもらうのだ。
「ま、こんなもんやろ」
ラホイルは剣を仕舞う。
「強そうなモンスターだったの?
にゃはっは、結構、大~きな『警笑』だったしねえ~」
「そうねえ~確かに~。『イヒ~』って感じだったわねえ~」
「そそそ! 『イ』がつくときは結構ヤバイ時だよね~」
キャナルとペイジアがラホイルをおちょくる。
「だあ~! もう!
でもまあ……多分Cランクぐらいやと思いますよ」
「ふ~ん、Cランクか」
森林警備隊ではモンスターをランク付けしている。
DからSランクまであり、明確な判断基準は無いが基本的にはモンスターのサイズで判断している。
一つの指標として、人間よりも大きいか大きくないがポイントである。
人間よりも大きい場合、Bランク以上は確定でありBランクの場合は『複数部隊で対処』が基本だ。
もしも小隊で鉢合わせしてしまった場合は――即座に逃げろである。
「Cランクならまあ、狩っちゃってもよかったんですけどね」
「にゃはは。
今日はまあ~、ウチの隊も万全じゃないし、避けて正解じゃないかな?」
「ですねえ~、さすが隊長」
「なはは、そいじゃあま、作戦続行しましょか」
ラホイル隊は歩いていく。
最後尾を歩くインベントは、Cランクモンスターがいる方向を眺めていた。
表情一つ変えず――眺めていた。
**
任務終わり――
「お~いインベント」
「ん?」
「一緒に飯でも食おうで」
ラホイルが、帰ろうとしていたインベントを誘う。
インベントは基本的に付き合いが非常に悪い。
誘われても断ることが多いし、そもそも誘われる前に消えている。
飲み会回避スキルが非常に高いのだ。
とは言え事前に約束すれば、渋々参加する。
「……まあいいけど、ふたりで?」
「おう、せやで。
モテモテのインベントやけど、たまには男同士もええやろ」
「ふ~ん……わかった」
**
駐屯地には常に一定数の隊員がいる。
宿泊施設は当然のこと、豊富な支援物資。
飲食できる環境も揃っている。
「ほな、今日もお疲れさん~、カンパーイや」
「かんぱーい」
インベントは空腹を満たし、ラホイルはどうでもいいことをダラダラと喋る。
インベントは適当に相槌を打つ。
(……本題はなにかなあ?)
「そういえば……もう知ってるかもしれへんねんけどさ」
「ん~?」
ラホイルは腕組みし、インベントをじっと見る。
「なに?」
「いや……つい最近聞いたことやねんけどさ。
インベントは知ってるかもしれへんって思うてね」
インベントは首を傾げる。
「そんな情報……無いと思うけど」
「え~? ホンマか~?」
インベントは心当たりが無いため「無いと思うよ」と素直に告げる。
「ああ~……あれ、もしかしたらインベントも知らんのかもしれんな」
「ん? なんの話?」
「ほら、インベントと仲良かったし、誰かから事前に伝えられとるんかと思ったんやけど」
「いや、全然わからないよ」
ラホイルは熟考しているような仕草をする。
仕草が似合わないので、インベントは溜息を吐く。
「もし……知らんねやったら驚かんで欲しいんやけどな」
「なに?」
「……死んだって話や」
インベントは目を丸くした。
「え? 俺の知ってる人?」
「そりゃ当然やろ、ワイもインベントもよ~知ってる人や。
なんやホンマに知らんのかいな」
インベントは考える。
ラホイルとインベント、共通の知人。
そんな人物は限られている。
インベントは息を飲み「誰?」と尋ねた。
「それは――――」




