笑うアンテナ
ラホイル隊は組織されて半年満たない。
ラホイルが18歳になったタイミング――
この世界では数え年のため、15歳で森林警備隊に入隊してから丁度三年経過した時に、ラホイルを隊長職にすることが決まった。
三年目で隊長職はかなり早い。だが前例が無いほどではない。
――ではあるものの、ラホイルを知る者たちは一堂にこう思った。
『なぜラホイルが?』
――と。
アイレド森林警備隊では隊長になるための試験などは特に無い。
隊長適正があるものは事前にリストアップされており、その時の状況に応じて任命される。
隊長に適性のある人物は様々な要素がある。
強烈なリーダーシップや、知略に長けた人物。
もしくは圧倒的な戦闘力や、有能な特殊能力など。
ラホイルはお調子者で、ビビリである。
戦闘面でも経験不足は否めない。
当然と言えば当然だが、隊長候補リストにラホイルの名は無かった。
だが、森林警備隊の総隊長であるバンカースが推薦したのだ。
バンカースがラホイルを推薦した理由は大きく二点。
若手にチャンスを与えたいという点。
もう一つは、ラホイルの探知能力を高く評価したからである。
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ラホイルが森林警備隊に入隊してからの三年間。
誰よりも紆余曲折だった人物と言っても過言ではない。
なにせインベントとともにオイルマン隊に配属された初日――
先輩のケルバブは死亡し、ラホイルも左足首切断という最悪の事態に見舞われた。
森林警備隊では毎年少なからず死者がでる。
とは言え、配属初日に先輩隊員が死亡し、本人も大怪我と言うのは前代未聞である。
心にも身体にも大きな深手を負ったラホイル。
森林警備隊上層部は、ラホイルの件を公にしたくないと思い非常に手厚くケアすることを決めた。
精神的にも肉体的にもしっかりとケアし、見舞金としてかなりの額のお金が支払われた。
ラホイルの入隊動機はお金であり、まとまったお金はラホイルを立ち直らせるキッカケになる。
そんなわけで森林警備隊を続けることを決めたラホイル。
**
解体されたオイルマン隊から、マイダス隊に配属されたラホイル。
マイダスが選ばれた理由は、面倒見が良く、温厚な性格だからだ。
更に森林警備隊上層部は、マイダス隊の隊員に、ラホイルを丁重に扱うように指示を出す。
新人は基本ぞんざいに扱われがちだが、ラホイルはかなり甘やかされて過ごした。
そんなぬるま湯に浸かっていたラホイルに転機が訪れる。
ノルド隊との出会いである。
ノルド隊は、隊長に『狂人』のノルド。
隊員にインベントとロゼ。
マイダスは昔、ノルド隊に所属していたことがある。
『狂人』と呼ばれる前の、面倒見の良いノルドを知っているのだ。
そして隊員はラホイルと同じ、今年入隊したばかりの新人二人。
マイダスは、ノルドが心変わりし新人育成に乗り出したと思ったのだ。
マイダスは閃く。
ノルド隊はラホイルにとって良い刺激になるのではないかと思ったのだ。
ぬるま湯に浸かっているラホイルだが、同期の新人たちが頑張ってる様子を見れば奮起するのではないかと考えたのだ。
だが、マイダスは知らなかった。
ノルド隊は、良い湯加減のお風呂ではなく、灼熱風呂であることを――
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森林警備隊はモンスターを狩る集団では無い。
森林警備隊は、町や拠点などの平和を維持することが目的である。
なので必要に応じてモンスターを狩るのだ。
積極的にモンスターを狩る必要も無ければ、単隊で危険区域に進入していく必要も無い。
だがノルド隊は違う。
『狂人』のノルドは、ひとりで森に入っていきモンスターを狩る。
『狂人』の名の通り狂ってるのだ。
ノルド以上に狂ったインベント。
巻き込まれる形だが、高ランクのモンスターを倒せば自身の実績に繋がると皮算用するロゼ。
ノルド隊は――頭がおかしいのだ。
そんなことを知らず、マイダスはラホイルをノルド隊に預けた。
ノルドは知らない。
ラホイルが入隊直後に足首を切断したことなど。
知っているのは、マイダスが人を叱るタイプでは無いこと。
そしてラホイルは一目見ればわかるお調子者。
ノルドはほくそ笑んだ。
(はは~ん、マイダスの野郎、俺を利用したな?
調子乗ってる新人の鼻っ柱を叩き折ってやればいいのか。
ハッ。まあ昔の部下のよしみだ)
張り切るノルド。
更に、不幸が重なる。
ラホイルとノルドのルーンは同じ【馬】。
危険区域に進入した途端、ブルブル震えだすラホイルを見てノルドは確信する。
ラホイルには探知の才能があることを。
興が乗ったノルドはラホイルに【馬】を使用した探知方法を叩き込んだ。
ラホイルがなんとなく感じていた恐怖の原因が、モンスターであることを認識させたのだ。
そしてたった一日の体験入隊が終わる。
ノルドは、マイダスの目論見通りの働きができたとご満悦。
加えて、ラホイルの探知範囲は自身よりも広いことに気付いたノルド。
もしかすれば、自身の後継者になれるかもしれない――な~んて考えていた。
だが――――
ラホイルのガラスのハートはブレイクしてしまう。
「もういややああああああああああああ!!」
ラホイルは逃げ出してしまったのだ。
**
その後――マイダスの献身的な励ましでなんとか立ち直っていくラホイル。
だが、状況は以前よりも悪くなってしまう。
任務中に足が震えるようになってしまったのだ。
それも――モンスターがいない場所で。
マイダス隊の隊員はモンスターがいないのに震えるラホイルを見て困惑する。
だがラホイルからすれば、モンスターの気配があちらこちらで感じてしまうのだ。
【馬】を使った探知は一般的ではない。
モンスター探知は【人】のルーンを使うことが一般的だからである。
そしてノルド隊だったマイダスでさえも【馬】を使った探知は知らなかった。
ノルドが探知能力に目覚めたのは、ノルドが『狂人』になってからだからだ。
次第に腫れ者扱いされるラホイル。
喝を入れようにも丁重に扱うように指示されているため、叱ることもできない。
結果、前線部隊から周辺警備部隊に異動することを選択したラホイル。
**
――とまあ色々あったラホイル。
その後、徐々に探知能力にも慣れ、また前線部隊に戻ることになる。
そしてある時、とある隊員が奇妙なことに気付いた。
「ヒッ!――――ヒヒヒ……」
任務中、ラホイルが奇妙な声を上げるようになったのだ。
まるで魔女が笑うように。
そして奇妙な笑いが木霊した後、決まってモンスターと遭遇する。
一度や二度では無い。
ラホイルの奇妙な笑い声の後にはモンスターが現れる。
次第にラホイルの笑いはモンスター接近を知らせる警鐘なのではないかと噂されるようになる。
本当は、驚いて「ヒイイイーー!」と叫びそうになる声を押し殺しているだけなのだが。
そして――ラホイルに二つ名がつく。
『警笑』のラホイルと――
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「ヒヒ――――ご、ごほんごほん」
ラホイルの『警笑』に皆が注目する。
ラホイルとしては『警笑』なんて恥ずかしい二つ名はいらない。
それゆえ、頑張って『警笑』が漏れないように努力している。
だが、反射的に漏れてしまう声なので完全に封じ込めるのは難しいのだ。
「ほな……やりまっせ。
お三方!」
ラホイル隊が戦闘態勢に入る。




