分岐点へ③
「ちょっと周囲を見て回っていいですかね?
皆さんの目の届く範囲だけ」
そう言ってアイナは野営地を観察する。
広場に集まる人たちから見える範囲に限定したのは、アイナを監視させるためである。
怪しい動きをすれば、アイナにあらぬ嫌疑をかけられてしまうかもしれないからだ。
加えて、見えざる犯人――『隠し神』に誰も知らぬ間に殺されないように。
(隠し神さんは、誰かが見てるときは殺らないみたいですからねえ~。
ま、どこまで信じていいのかわからんけどさ)
アイナは観察している中であることに気付いた。
死因である。
(合計八人の死体を見つけたが……その内五人は首を折られていたな。
首って……そんな簡単に折れるもんかねえ?
まあ、首折られちゃ悲鳴も上げれないだろうけど)
アイナはイメージしてみる。
首の折り方をイメージするが――
(まあ、アタシみたいにか弱い女の子じゃ無理か。
かなりムキムキな兵士……とかか?
そもそも……人間の仕業か、コレ?
モンスター? それとも本当に妖怪の仕業?)
アイナはオセラシア人たちに怪しまれないように、何度もアイコンタクトをする。
死体を発見して驚かないのは変だと思い、多少大袈裟驚いた後に悼むポーズをとるアイナ。
できる限り調べてみた結果――
「だめだこりゃ。
やっぱりわかんねえ、手に負えんよコレ~、も~。
あんまり動いて、アタシが疑われたら困りもんだし。
大人しくクラマさん待つか。
エウラリアやファティマさんの件も含めてあの人が適任だよ。
しっかし……犯人は本当にどこにいんだ?」
急に怖くなり、アイナは周囲を警戒する。
今も隠れているかもしれない。
もしかすればアイナを狙っているかもしれない。
もしくは――
「あの……集まりの中に潜んでるかもしれないんだよな。
もお~怖いよ~」
犯人がわからない以上、集団の中に紛れている可能性はあるのだ。
それはオセラシアの人たちもわかっている。
だから集団になり、周囲の警戒しつつ、お互いに監視し合っている。
そんなある意味膠着状態を――本日お騒がせの人物がぶち壊す。
インベント?
否――
集団の中のひとりが声を上げた。
「おい! あれは、ファティマ様じゃないか!?」
と――。
アイナは――
(隠れてろって言ったのに!!)
と憤慨し、遠くからやってくるファティマを見る。
ヨタヨタとやってくるファティマ。
たったひとり。
エウラリアも親衛隊も連れず、たったひとりで歩いてくる。
腕は縄で拘束されたまま。
更に――衣服は多少乱れ、血液らしきものが付着していた。
(ど、どういうことだよ!?)
アイナは首の後ろを掻いた。
またもや理解不能の事態が増えてしまったからだ。
「ファティマ様!!」
集団のリーダーともう一名がファティマに駆け寄る。
腕の拘束を解き放ち、集団の近くまで連れてきて座らせた。
ガタガタと震えているファティマ。
アイナはゆっくりとファティマに近寄る。
そして「ど、どうしたんだ~、ファティマさん」と少々大きな声で呼びかける。
急に近寄ると、驚かれると思い配慮したのだ。
ファティマはアイナを発見すると、駆け寄った。
「あ、アイナさん!!」
アイナにしがみつくファティマ。
「ど、どうしたんだよ? け、怪我は?」
「わ、私は大丈夫、大丈夫……。
で、でも! あ、あ、あ、あの!」
立つ力も無いファティマを、ゆっくりと座らせるアイナ。
目線を合わせ、ファティマに寄り添った。
背中を擦り「落ち着けって」と声をかける。
「あ、アイナさん」
「おう、落ち着いた?」
「はい……でも!
え、エウラリアが殺されました」
アイナは腹の底から「うぇえ?」と声を盛らす。
周囲もざわつく。
集団が今、一番求めていたのはエウラリアだからである。
エウラリアならばこの状況でも毅然とした態度で指示をしてくれると思っているからだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。隠れてたんだろ?」
「あ、アイナさんが離れてすぐに、変な男がやってきて。
親衛隊二人を――いとも簡単に刺し殺しました」
「は?」
「そ、その後……エウラリアと無言で見つめ合った後、背後に回り――首を蹴って」
「お、おいおい!
ま、まさかファティマさん以外全員やられたってこと?」
「は、はい」
一番怪しいと思っていたエウラリアが死んだ。
(死んだってことは……この騒動はエウラリアが仕組んだんじゃない?
隠し神ってのもエウラリアの仲間じゃないのか?
そもそも『雷獣王』とエウラリアに繋がりが……『星堕』のメンバーじゃないのか?
インベントの考えが間違っていた可能性だってある。
エウラリアは実は白だった?
わかんねえ! マジでわかんねえ!
でも野営地には確実になにかが潜んでいるんだ。
なんで誰も見てないんだ――――誰も?!)
アイナは気付いた。
誰も見ていない犯人を、ファティマは目撃していることに。
「ファ、ファティマさん!」
「は、はい?」
「犯人はどんなやつだったんですか!? 顔を見たんでしょ?」
ファティマは頷いた。
存在するはずなのに誰も見ていない犯人――隠し神。
ファティマは唯一の目撃者なのだ。
ファティマの周りにはアイナを含めて六人ほど集まる。
皆、知りたくて仕方がないのだ。
隠し神の手がかりを。
逆にファティマは、野営地の事件を知らないため皆の熱意に多少困惑している。
「特徴……そうですね。
身長は普通……あなたと同じぐらい」
一般的な身長の兵を指すファティマ。
「つまり、男性ってことか?」
「え、ええ。中性的な印象を受けましたけど男性でした」
少なくとも、人間が犯人であることがわかった。
「服は普通の服……結構色白で灰色の髪――
耳にかかるぐらいの髪の長さ――」
皆が真剣に聞くので、ファティマは記憶の中の犯人を頑張って言語化する。
「表情はにこやかに見えたんですけど、改めて考えると張り付いた様な笑顔でした。
端正な顔……というか作り物みたいな顔。
そう――中性的だから人間じゃないみたいな――」
ファティマの話が抽象的なため皆の想像が追いつかず、渋い顔になっていくことを察したファティマ。
「そ、そうですね、えっと、他は――――」
ファティマが頑張って話を続ける中――
ある男は話を聞きつつ、ファティマから目を逸らし、犯人を空想する。
(なんだっけえ、男で~、色白で灰色の髪ねえ~。
それだけじゃあなあ…………へ?)
条件に合致する男が、ゆっくりと歩いてくる。
集団の中からゆっくりと歩いてくる。
(あんな奴知らねえけど……いや……後方支援の全員を知ってるわけじゃないし。
にしても…………)
似ている。
むしろ――想像通り。
男はその男と目が合った。
とぼけた顔で小さく首を傾げている。
(ま、まさか違うわな。
ははは、こんな堂々と――あれ?)
一瞬目を離した隙に、その男は消えてしまった。
さて――
話を続けるファティマだが、言えることも尽きてしまった。
そんな時――
「――もう一度、顔の特徴を教えてよ」
誰かにそう問われたファティマ。
ファティマは少し違和感を覚えた。
ファティマに対しフランクに話しかけてくる人間は少ないからだ。
なにせファティマは王族である。
ファティマは「顔の特徴ですね」と言いながら、問いかけた主を探した。
そして発見し――
「え…………?
あっ! あ、あ、ああぁ!」
狼狽するファティマ。
そしてその人物を指差す。
その人物は――アイナの背後にいた。
ファティマが「犯人」と呟いた。
アイナはすぐに振り返ろうとした、その時――
「いぎい!?」
頭部に激痛が走り、アイナは呻き声を上げた。
髪を引っ張られているのだ。
そのまま引きずられるアイナ。
「な、なんだァ!?」
どうにか首を捻り、犯人の顔を視界に収めるアイナ。
そして――絶句した。
「久しぶりだねえ~、魔獣使い(ビーストテイマー)さん
いや――」
「お、お前は――」
「インベント使いって言ったほうがいいのかなあ?
ねえ? どうかなあ?」
ルベリオ・ベルゼ。
もうひとりの狂気が現れた。




