分岐点へ② 隠し神
野営地目前のアイナたち御一行。
(あ~、はやく休みてえなあ)
アイナは心身ともに疲れていた。
(な~んでオセラシアに来てまで、大物狩りやってんだか。
それもイング王国側でも出会わねえようなバケモン。
それに……インベントのバカ野郎も、ホントにバカ野郎だし。
ま、それも今日で終わりだ。
アイレドの町にでも帰ってのんびり……ん??
どうやってイング王国に帰ればいいんだ……?
――――あ~もういい! 考えるのもかったるい)
すぐにでも横になりたいアイナ。
だが――
(しっかしまあ……どうすっかな。この状況)
エウラリアは宰相秘書官。ファティマはゼナムス王の実姉。
そんな偉いふたりがどちらも縛られている。
この状況をどう説明すればよいのかわからないアイナ。
(親衛隊のふたりがちゃんと説明してくれるのだろうか……。
立場的に言いにくい気もするんだよなあ……。
だ~からって、イング王国から来た身元不明なプリティガールがなに言っても信じてもらえんだろうし。
いやはや、ど~したらいいんだぁ~。
ファティマさんはまだいいけど、エウラリアの方は一応拘束しておかんとなあ。
さっさとクラマさんが来てくれねえかなあ! かったる!)
頭を抱えるアイナ。
だがアイナの悩みは杞憂に終わる。
そんな些細な事を考えている状況では無くなってしまうからである。
**
野営地が見えてきた。
だが明らかになにかがおかしい。
遠目から見ても活気が無さ過ぎるのだ。
野営地には40人近くいるはずであり、『雷獣王』から逃げてきた兵を加えればかなりの大所帯なはずだ。
なのに静まり返っている野営地。
続いて、後方支援部隊を守る二名の兵を発見した一行。
ただ、一名は首が折れ、もう一名は大量出血している。
生死を確認する必要が無いほどの状態。
「な、なんだよこれ……」
襲撃を受けたのは明らかだった。
野営地も緊急事態であることは間違いない。
だが、誰が? なぜ?
「おい、エウラリアさん!」
アイナはエウラリアに詰め寄った。
「アンタ、なんかやったんじゃないのか!?」
エウラリアは血相を変えて「はあ!?」と声を上げた。
「アンタが幽結界を使えるのは知ってる。
『星堕』とかいう組織の一員なんだろ?
なんかやべえ能力の一つや二つぐらいあんだろ?
アンタが引き起こしたんじゃねえだろうな!?」
鎌をかけるアイナ。
「し、知らない! 私が知るわけ無い!」
嘘か真実か。
エウラリアの表情、仕草から読み解こうとするが……。
(わかんねえ~! 目を見て人の心がわかりゃあ苦労しねえ!)
アイナは苛立ち、自らの太ももを叩いた。
「くっそ~……なんでこう次から次に!」
アイナは考える。
(結構強そうなふたりが殺されてる。
複数犯の可能性もある。てか情報が少なすぎてわかんねえ!
どうすべきだ?
まず、野営地にゾロゾロ行くのは危険だ。
もしもエウラリアの仲間が襲ってきたのなら、エウラリアを連れていくのはまずい。
エウラリアの奪還が目的かもしれんし)
アイナは親衛隊のふたりに声をかける。
「なあ、アタシが野営地の様子を見てくる。
この二人を監視しつつ、隠れていてくれないか?」
「それは構わないが……」
「お願いします! それじゃあちょいと見てきますよ」
そしてアイナは駆けだした。
**
野営地にこっそり近づくアイナ。
敵の数がわからない。そもそも敵がなんなのかわからない。
物陰に隠れながら進む。
途中、野営地を守る役割の兵の死体を三体発見した。
(やべえな……盗賊団にでも襲われたか~?
でも……なんだこの違和感は)
野営地は静かすぎるほど静かだが、人の気配は感じる。
アイナは細心の注意を払いつつ、野営地の様子を探る。
そして――
(人――見っけ)
広場になっている場所に、人を発見したアイナ。
その数――30人近い。
(集まって……なにしてんだ??)
異様な集団。
数名は負傷しているため横たわっている兵だ。
恐らく『雷獣王』との戦いで怪我をし、命辛々逃げてきたのだろう。
そして残りは後方支援部隊の面々。
集まり、固まり、全方位を警戒している。
その表情は怯えており、アイナには小動物の群れのように見えた。
だが、アイナには敵らしい敵を発見することはできない。
なにに怯えているのかいまだに掴めないのだ。
(だあ~もう! 当たって砕けるか!)
アイナは両手を挙げて、集団に近づいた。
程なくして発見され、ざわつく集団。
(け、警戒心ヤベ~。捕まったりしないよな?)
無理やり笑顔をつくり接近するアイナ。
「す、すいませ~ん。
なにかあったんですか~?」
顔を見合わせ、相談する集団。
集団のリーダー的な男がアイナに近づいた。
「君は、イング王国の方だよな?」
「は、はい。
あ、あの、なにがあったんですか?
兵隊が死んでるのは見たんですけど……」
「兵隊だけじゃない。
後方支援部隊も10人以上が殺された」
「え!?
だ、誰にですか!?」
「誰かわからないんだ」
「わ、わからない?」
「いつの間にか、音も無く死んでいたんだ。
発見した時は急病か何かと思ったが、みんないつの間にか死んでいたんだ。
誰がやったのかわからないんだ」
「ん、んなバカな」
「わ、わからないんだよ!
怪しい人影さえ誰も見ていないんだ。
『隠し神』が出たんじゃないかなんて……」
「『隠し神』?」
「あ、すまない。
オセラシアに伝わる妖怪でね。
夜になると子どもを連れ去ってしまう妖怪なんだ」
アイナは「そんな非現実的な」と苦笑い。
だが――
「得体の知れない何かが潜んでいるのは確かなんだ。
みんな怖いんだ。
いまだに誰が犯人かもわからない。
そして独りになると殺されるかもしれない。
だから――」
「あんな風に集まってるわけですね」
「そうだ……正直言えば、君も疑われている」
すまない、疑わざるをえないんだ」
アイナは集団から刺さるような視線に気づいていた。
「そりゃあまあ、しゃーないでしょう。
この状況で突然現れたら疑いたくもなりますよね。
でも、負傷兵の手当ぐらいしてあげたほうがいいんじゃないっすか?」
「……手当ならやったさ」
「えええ? で、でも」
アイナは横たわっている兵士を指差した。
呻き声をあげており、明らかに痛がっている。
「傷口は処理したし、包帯は巻いた。
できることは……やったよ」
「そ、そうじゃなくて」
負傷者に対しての一番の施し。
それは【癒】のルーンだ。
後方支援部隊の大きな目的の一つに負傷兵の介抱がある。
アイナの常識からすれば、当然【癒】のルーンを持つ者を複数名は用意しているはずななのだ。
なのに【癒】で治療しようとしていない。
だが――
「……【癒】のルーンを持つ者は皆死んでしまった」
「え? ええ!?
少なかったんですか? こんな大所帯なのに?」
「いや、八人。十分な人数を揃えていたさ」
アイナは絶句する。
(【癒】持ちが全滅って……ぐ、偶然?
い、いや、犯人は【癒】持ちが誰だか知ってるやつだったのかもしれない)
オセラシア兵の情報に詳しく、怪しい人物。
アイナは必然的にエウラリアが頭に浮かぶ。
だが頭を振るアイナ。
(決めつけるのはまだ早いか。
そもそも何のために野営地を襲ってるのか意味わからん。
【癒】持ちを排除したのは……なんでだ?
それに、エウラリアにしたって今日のことはアクシデントだろ?
インベントがエウラリアのことをバラすなんて誰も予想もできなかった……。
できなかったのか?
だあ! わかんねえ! もう頭痛~い!)
動機もわからない。
犯人もわからない。
この先どうなるかもわからない。




