喋りたいオッサン①
時は少しだけ遡る。
インベントが『雷獣王』を連れて丘まで誘導していた時――
『雷獣王』とインベントふたりだけの時間である。
誰も邪魔するものはいない。
そう――邪魔するものはいなかった。
途中、一本の木を通過した。
何の変哲もない木。
インベントは何気なく横切る。
だが、横切った際に信じられないものを見て目を丸くする。
木にもたれ掛かる男がひとり。
インベントが知らない男。
目と目が合う。だがインベントは通り過ぎるしかなかった。
作戦実行中のため、停止するわけにはいかない。
定刻通り現地に向かうために、時間を費やすこともできない。
だが明らかな異常事態。
こんな場所に人がいるはずがないのだ。
なぜならナイワーフの町からかなり遠い場所であり、付近に町は無い。
それに、まるでティータイムを楽しんでいるかのように、インベントと『雷獣王』の追いかけっこを眺めている。
(誰だよ……このオッサン!!)
苛立つインベント。
だが放置するしかなかった。
****
そして『雷獣王』狩りを終えたインベントは木がある場所に戻ってきた。
「ま――いるとは思えないけど」
諦め半分で舞い戻ってきたインベント。
空からは発見できない。
仕方なく地上に降りた。
そして、降りた先で――
「――やあ」
インベントは驚いて振り返る。
振り返った先には先ほどの男が岩陰に座っていた。
年齢、推定50代。
白髪混じりだが毛量は多い。
オセラシアのポピュラーな服を纏う男。
インベントは思う。
特徴の無い男だと。
逆にその普通さが、異常な場所にいることを引き立てる。
「待っていた甲斐があったね。
というよりも、来た甲斐があったと言うべきか。
運命的なものを感じるね、感じるよ。
なあ、インベント君?」
「ふ~ん、名前知ってるんだ」
「当然だろう。
空を飛べる男を、私が知らないはずがないさ。
むしろ目立っていないのが逆におかしいぐらいだ。
目立つことを意図的に避けているのかな?
しかしまあ、まさか、『星天狗』以外の方法で飛べる人間が現れるなんてね」
「……誰よ? アンタさ」
「私かい?
誰かと聞かれると困るね。
自己紹介でもすればいいのかい?
まあいい、智の賢者ウェドレイなんて呼ばれていたこともあるし、トルギースでもあるし、ファゼルオでもある。
まあ、今はイスクーサとでも呼んでくれたまえ」
「は? ん~~オセラシアでは有名人だったりするのかしら?」
イスクーサは笑いながら「いやいや」と否定する。
「もう忘れ去られた悲しい男さ。
だから自己紹介というのは困るものでね。
まあ――」
イスクーサは髪をかき上げる。
「こうも色々を邪魔されると、一目見たくなるだろう?
だからこうして待っていたわけだよ。インベント君」
「カカカ、私はアンタの邪魔なんてした覚えないけど~」
イスクーサは指を振る。
「せっかく用意したアレは、インベント君が殺してしまったんだろう?
いや、クラマが殺したのかな?」
インベントは目を輝かせる。
「ふふ、『雷獣王』はアンタが用意したんだ。
いいわねえ、アンタ、モンスターをつくれるの?」
イスクーサは笑みを浮かべ「さあ、どうかな?」とはぐらかす。
「ま、いいわよ。
で? アンタは『星堕』とかいう悪の組織のリーダーとかなのかしら?」
イスクーサは少しだけ驚いた顔をする。
「ああ、そうか。ルベリオから聞いたんだね?
まったくお喋りなのは……、まあいい。
その通りだ。私は『星堕』のリーダーで間違いないよ」
「ほ~、悪の親玉登場ね」
「悪か……。
インベント君は私を――私たちを悪人だと思っているんだね。
だがそれは違うよ」
インベントは口を挟もうかとしたが「まいいや、続けてどうぞ~」とイスクーサに促す。
「オセラシア自治区は腐敗しているだろう?
『愚王』を見たかい? 彼こそが腐敗の象徴だよ。
そんな腐敗を正すためには、一度壊さなければならないと思うだろう?」
「カカ、だからモンスターをけしかけてるって?」
「ま、その通りだね。
膿を出すためには犠牲が必要――」
インベントは高笑いをあげた。
「なにかな? なにか面白いところがあったかな?」
「そりゃぁおかしいでしょ。
テロリストのくせに正義の味方気取り?
ご大層なことをのたまってるけど、コソコソと人に言えないことばかりやってるキチガイ集団じゃな〜い。
悪の組織? 秘密結社? 黒の組織〜?
なんにせよロクなもんじゃないでしょ」
「ハハハ、まあ、わかるよ。
だが中々に理解されぬものだろう?
愚民は歴史が変わってから気付くのさ。
革命ってのはそういう――」
「ハッ! でたでた、革命。
バカって革命好きよねえ~。
まあ、王朝を滅ぼすってことなら革命でいいのか。
それはそれとして、ったく大義名分が好きねえ活動家ってのは。
オセラシア王家を掻き乱していた張本人のくせに。
どの口が言ってんのかしら。
マッチポンプマッチポンプ、カカカカカカ」
「モンスターをけしかけたことを言っているのなら、それは――」
「あ? 違う違う。
モンスターを利用するなんて素晴らしいことじゃん。
ジャンジャンやれ、もっとやれ。
この世にモンスターをもっと解き放て。
そんなことより気になっていたのよ。
この茶番革命っていつから計画してたのかしら?」
イスクーサは目を細め、話をしようとするがインベントは止まらない。
「そもそもアンタの目的ってなんなの?
モンスターけしかけてオセラシアを滅ぼすこと?
にしてはまどろっこしいわよねえ。
滅ぼしてどうするのかもわからないけど、アンタが王なろうとしてる?
カカカ、アンタ、王様って雰囲気じゃないのよねえ~?
どう頑張っても、王の側近が限界? 脇役なのよねえ~。
そもそもやってることが狡い。せこい。
モンスター操れるんなら、もっとババ~ンとやればいいのにねえ。
王様にゲロ吐かせて、王の威厳を失墜させるなんて狡い狡い。
てか何年かけてやってんの? ゲロ王計画、キャハハ」
イスクーサは「ちょっと待て」とインベントの話を遮る。
「んあ? なによ?」
「今、なんといった?」
「あ? 何年かけてんのってとこ?」
「――その前だ」
「あ~、王様ゲロ化計画のこと?」
イスクーサが動揺している。
表情に出さないようにしているが明らかに動揺している。
「あっらあ? もしかして私が気付いていないとでも?
エウラリアだっけえ? あの女はアンタの仲間なんでしょ~?」
「……なぜ? なぜそう思った」
「カカカ、さあてなぜでしょうねえ? クフ、クフフ」
「バカな。わかるはずが……」
「アッハ~ん?
なるほどなるほどお~、エウラリアの件はな~んにも知らないのね。
そりゃそっか、ついさっきの出来事だもんね。
あれあれ~? もしかしてバレたのは結構痛手なのかしら~?
ま、私としては別に王様をゲロ化させようがどうでもよかったんだけどねえ。
もうバレちゃったからどうしようもないわよ。
今頃、拘束されているんじゃないかしら。
王様と引き離して、ゲロ吐かなくなれば――
謎は全て解けた! ってな感じになるかしらね?」
挑発するインベント。
イスクーサは黙り、瞳を閉じる。
黙りながら額を指でトントンと叩き始めた。
そして――
「ふう~む。なるほど、これは面白い」
イスクーサから動揺が消えていく。
続いてインベントを射貫くような瞳で見つめるイスクーサ。
(なに? キモチワルイわね)
得体の知れないなにかを感じるが、その正体がわからないインベント。
イスクーサは指を一本たてた。
「ふふ、なぜエウラリアの正体がわかったのだろう?
インベント君が看破したのか? それとも別の誰か?
ふ~む、興味深いな」
イスクーサは立てた指を額に。
「想定外の展開が多い。
これは予期できなかった。面白い。なるほど。
フフフ、インベント君。
ちなみにエウラリアは20年近く前からゼナムスの側近として仕えている」
語り始めるイスクーサに面食らうインベント。
「そりゃまた随分長い。ってあのオバさんいくつだよ?」
「女性の年齢を聞くなんて野暮な男だ。
確か40歳ぐらいだったかな」
「は~、随分と若作りっていうかなんというか」
「ふ、ある条件をクリアすると老いるスピードが極端に遅くなるのさ」
「ああ~、門とかいうやつね」
イスクーサが頭を振った。
「まったくなんでも知っている。
クラマにでも教わったのかな。
君とクラマはただならぬ関係のようだしな。
ちなみに、私は『門』だとは思っていないがねえ」
「は?」
「門というよりも、道のほうが近いと思うが」
「カカ、なんだそりゃ」
「見解の相違というやつさ。
兎にも角にも、エウラリアはゼナムスの傍にずっといた。
信頼も獲得していた。簡単に尻尾を掴まれるほど彼女は愚かじゃない。
ちなみに嘔吐を誘発する方法も彼女が考案した。
あの子は優秀だ。まあ、生まれも良いしね」
「生まれ――ねえ。
ちなみに、どうやってゲロ吐かせてんの?」
インベントはダメ元で問いかける。
イスクーサは眉を上げる。
「――教えてあげよう」
「ほ? いいの?」
「実は人と話す機会というものが、乏しい身の上でね。
会話が特段好きなわけではないが、会話に飢えているのは本音なんだよ。
会話することで新たに発見できることもある」
「カカ、寂しいおっさんだ」
イスクーサは笑みを浮かべた。
「インベント君に、なにを話しても問題無いからね。
私の欲求を満たしつつ、君は知りたいことを知れるわけだ。
だったら色々と教えてあげようじゃないか」
インベントは言葉の意味が理解できない。
目を細めたが情報が得られるのであれば構わないと思い、沈黙し耳を傾けるのだった。




