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前座

 数秒後、『雷獣王』は地面に激突する。


 当然、自身の体重に比例した相応のダメージは受ける。

 そんなことは『雷獣王』もわかっている。


 とは言え、雷の衣でガードし、しなやかな肉体を使ってダメージを分散させれば、ダメージは受けるとしても死ぬことは無い。

 だが――着地に気を使っている場合では無いことを、『雷獣王』は直感で理解していた。



 自らの直上にいるインベントを睨みつける『雷獣王』だが、神経が研ぎ澄まされていく。


 インベントの一挙手一投足はすべて見えている。

 インベント背後に恐ろしいナニかがあることもわかっている。


 加えて、周辺視野で捉えている、雲の形、遠くを飛ぶ鳥、インベントより上空にいるクラマも正確に把握している。


 脳がフル回転し、些細な事も見逃さない、覚醒状態と言っていいだろう。


 だが『雷獣王』は気づいていない。

 なぜ、覚醒状態になっているのかを。

 なぜ、落下時間が異常に長く感じているのかを。


 その理由は――

 自身の死が迫っているからに違いなかった。


**


 落下するインベント。

 上から見るか、下から見るか、横から見るか。


 上からはクラマ。

 下からは『雷獣王』。

 そして、横からは少し遠くから眺めているゼナムスと親衛隊二名。


 だが、どこから見ようが関係無い。

 どこから見たとしても、インベントがなにをしようとしているのかわかるはずがないからだ。



 上から。

 クラマはインベントに間違いなく『極星きょくせい』が命中した瞬間を見た。

 正確に言えば、命中した瞬間に『極星きょくせい』が消えるところまでを見た。


 横から。

 クラマが放った『極星きょくせい』が地面に向かい真っすぐに落ちていく。

 途中、インベントに当たった――いや通過した直後――


 急加速する『極星きょくせい』を見た。



 そして下から。

 

 インベントの左掌が光った。


 『雷獣王』は警戒する。

 回避するか? 防御するか?

 どんな攻撃でも反応できる自信があった。


 インベントは左掌の水かきが切れるほど、指と指を開いている。

 目は充血し、鼻血も流れている。

 そしてなにか呟いている。


 どうでもいいことまで見えてしまう『雷獣王』。

 だが、肝心要の『極星きょくせい』は――否。


「闇に還れ――

 『螺闇極星ダークコメット』」


 クラマが時間をかけて準備した『極星きょくせい』。


 高密度の幽力の弾。

 ただしスピードは並み。


 インベントは()()()()を使い、『極星きょくせい』を加速させ、更に旋回運動を与えた。


 ライフルなどでは、弾丸に旋回運動を与えることで直進性を高めたりする。

 ジャイロ効果というものだ。


 速度上昇と旋回運動を与えた『極星きょくせい』もとい『螺闇極星ダークコメット』。

 威力は跳ねあがり、回避は困難に。


 

 『螺闇極星ダークコメット』を見た――いや、感じた瞬間に『雷獣王』は、視野全体を覆うほどの大きな何かが迫ってくるように見えた。


 そして気付く。


 避けれない。

 仮に地上にいたとしても難しい――と。


 そして、防げない――と。


 せめてもの抵抗で、身体の中に溜めていた幽力を全て放出し、咄嗟に『雷咆哮』として吐き出した。


 『螺闇極星ダークコメット』は雷を蹴散らして進む。

 雷が、まるで霞のように晴れていく。

 全く無意味な抵抗だったのだ。



 そして『螺闇極星ダークコメット』は『雷獣王』の腹部に命中する。

 『螺闇極星ダークコメット』は何事も無かったかのように真っすぐ突き進み、地面へ。


 地面を大きく穿ちながら、地中深くで行き場の無くなったエネルギーが大地を震わせた。


 続けて『雷獣王』が大地へ。

 受け身も取れず、『雷獣王』は蟻地獄を転げ落ちていく。


 成り行きに身を任せ、停止した『雷獣王』。

 どうにか呼吸を整えようとする。

 この時は、まだ自身の現状がわかっていない。


 だが、あるものを発見し、『雷獣王』は現状を把握した。

 それは、自らの()()()である。


 遥か遠くに転がる自らの下半身を発見した『雷獣王』は――理解する。

 全ては、もう終わったのだと。



**


 クラマは状況が理解できずにいた。


 クラマの想定では、『極星きょくせい』が命中すれば『雷獣王』に大ダメージを与える自信はあった。

 勝利の一歩手前ぐらいまでの結果は得られるのではないかと考えていた。

 だが、結果は想像以上。


 勝ち確定の状態だ。


 インベントがなにかしたのは間違いなかった。

 なにをしたのか気にはなっているが、それよりも『雷獣王』の状況を知るために大地に降り立つクラマ。


「こりゃあ……ひどいのう」


 痙攣が止まらず、命を留めるのがやっとの状態の『雷獣王』。

 否――雷の衣を維持することができなくなったため、見た目は死にかけの大きな黒猫。


 自らの死を覚悟しているためか、目は虚ろで、空を眺めているように見える。


 クラマはそんな様子を眺め、脅威は去ったことを確信する。

 そして両手を合わせ目を閉じた。


「ふむ……」


 続けて、クラマはふわりと飛び上がる。

 向かった先、それは――


「……よう」


 クラマは気まずそうに手を挙げて挨拶する。

 それに対し――


「あ……うむ」


 ゼナムスも気まずそうに返事をした。

 ゼナムスに随伴する親衛隊のふたりは、どうしていいのかわからず顔を見合わせた。


 クラマは「終わったみたいじゃ」と伝える。

 ゼナムスは「そうみたいだ……な」と応える。


 ギクシャクしている。だが、険悪さは無い。


「そういえば、エウラリアはどうしたんじゃ?

 まさか怪我でもしたのか?」


 気まずそうにする面々に、クラマは首を傾げる。

 親衛隊が「今は諸事情で野営地に」と伝えると、クラマは「そうか」と一応納得する。


「まあ、ええ。

 ゼナムスよ、すまんが一つ頼まれてくれんか」


 ゼナムスは「た、頼み?」と驚く。

 クラマがゼナムスに対し頼みごとをすることはもちろん、まともに会話することさえ何年も前のことである。


 クラマは歩み寄っているのだ。

 この難局を乗り越えられたのは、ゼナムスの【故郷オセル】の力のおかげである。


 背後にインベントが暗躍していたとはいえ、ゼナムスが動かなければ『雷獣王』を倒すことは不可能だった。


 少しでも可能性があるのならゼナムスに王としてオセラシア自治区をまとめていって欲しいと願っているのだ。

 なによりも実の孫だからである。


「な、なにをすればいい?」


「アレなんじゃがのう、ほれ、『雷獣王』」


「む?」


「もうすぐ死ぬじゃろうて。

 だからのう、埋葬してやってくれんか?」


「埋葬?」


「放置しても構わんのだが、あんなデカイ穴は埋めたほうがいいじゃろうて。

 それにのう、『天ノ陵(あまのみささぎ)』は、やはり丘にして供養するのが一番だと思うんじゃ」


「ん? なんだその、アマノ……?」


「ん、おお、すまんすまん、『天ノ陵(あまのみささぎ)』じゃ。

 ゼナムスは知らんじゃろうが、ダイバ王の技じゃよ」


「先代の……」


「ダイバ様の話はあまりしたことが無かったのう。

 まあそもそもここ数年ロクに話もしてこなかったが……」


 クラマはポリポリと頭を掻いた。


「まあ、追々話すとしよう。

 まずは――」


 そう言ってゼナムスを『雷獣王』の方に促した。


「うむ、わかった」



 長きに渡った『星天狗』とゼナムス王、爺と孫の確執はこれにて終わる。

 この日を境に、ゼナムスは急な吐き気を催すことは無くなった。


 オセラシア自治区は正常な状態に戻っていくのだ。


 だが――


 この物語では、そんなことはいたって些細な出来事である。



「あれ? そういえばインベントは?」


 ゼナムスがインベントを探す。

 だが、どこにもいない。


「む? アイツどこにいきおった?」


 クラマも探すが見つからない。



 インベント・リアルト。

 オセラシア王家の波乱をもたらした男。

 雨降って地固めた――いや豪雨を降らせて全て洗い流した男。


 王を脅迫した大罪人ではあるものの、『雷獣王』を倒せたのはインベントのお陰と言っても過言ではない。

 エウラリアの件に関しても、インベントがいなければ話題にもあがることはなかっただろう。


 そんなインベントは――



「さてと……新しいイベントを消化しに行きましょうかね」


 すでに飛び立っていた。

 インベントの中で『雷獣王』狩りは終わったイベントである。


 次のイベントは?

 普通に考えたら野営地である。

 エウラリアの件は問題提起したものの解決したわけでは無い。


 だが、インベントが向かっているのは野営地をとは真逆である。


 向かう先には、ある人物が待っている。



 ある人物との出会い――

 それがインベントにとってのターニングポイントになる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 旋回させたのは、銃の砲身のライフリングみたいに、収納空間の内側を変化させたのか。 今まで収納空間の空間内完全把握だったのが、空間の形状変化することが出来る様になった感じなのかね。
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