ポンコツ必殺技
丘。
小高くなった場所。小さな山。
ある程度の知能がある生物であれば、目に見えないモノを見る力がある。
スピリチュアルな意味ではなく、想像力の話だ。
スーツを着ている男性を見れば、背面もスーツだと想像するだろう。
洋風な構えの家を見れば、中身も洋風に統一されていると想像できる。
まさか前面がスーツで、背面が素っ裸の変態紳士は想像しないだろう。
外見だけ洋風な日本家屋も想像し難い。
さて――
丘を上った先にはなにがあるのだろうか?
当然下りの丘がある。
多少の勾配の差があるかもしれないが、丘の先には丘があるものである。
だが――
インベントがおびき寄せた方向から見れば丘だが、横から見れば半分がごっそり削られた、まるで横長の三角定規のような形状になっている。
つまり、丘を越えた先は崖になっているのだ。
更に――
下を眺めるインベントは「ほお~」と驚きの声を上げた。
崖の先はまるで隕石が落下したかのように深く抉られていた。
(『でっかい蟻地獄』をつくれって命令したけどさ……こりゃまた予想以上の出来ね。
カカカ、王様よりも大工がお似合いねえ~。
大工と言うか公共事業? ま、どっちでもいいけどお~)
丘を削り、大地に蟻地獄をつくる。
こんな芸当が可能なのは、【故郷】のルーンを持つゼナムスだけである。
ゼナムスはインベントの期待以上の働きをしたのだ。
「空中じゃあ動けないわねえ~『雷獣王』」
インベントの謀略通り、崖から斜め上に飛び出した『雷獣王』。
重力に抗う術は無く、放物線を描き地面に落下していくだろう。
インベントの作戦は、落下する無防備な『雷獣王』に対しての攻撃――
もしくは蟻地獄に嵌っている状態の『雷獣王』に対しての攻撃である。
現状、まさに計画通り。
愉悦の笑みを浮かべるインベントに対し、『雷獣王』は『雷咆哮』を放つ。
『雷咆哮』は回避が難しい技だが、インベントは読んでいた。
「フフフ~、あなたに残された選択肢はブレスぐらいだもんねえ~」
そう言ってインベントは遥か上空を見る。
上空では『極星』を準備し、虎視眈々とタイミングを伺っているクラマ。
(チェックメイトかしらね。
さすがにこの状況ならポンコツ技でも当たるでしょ……)
「勝ったわね」と言いそうになるインベント。
だが、両手で口を塞ぐ。
(おっとっと、これは負けフラグ発言ね。
『やったか!?』は『やっていない』のがお約束。
ま、どうせ空中じゃ動けない……動けない……動け……え!?)
インベントは気付いてしまった。
『雷咆哮』を放った『雷獣王』が少しだけ位置がズレていることを。
****
インベントが到着する前――
狼煙を頼りに現地に辿り着いたクラマ。
インベントは「行けばわかる」と伝えていたが、確かに見れば一目でわかる状況になっていた。
到着した時点で既に丘が半分削り取られ、丘から崖になっていた。
更にゼナムスは両手を交差したまま大地に触れ、広範囲を地盤沈下させていく。
「――『天ノ陵』か」
そんな様子を眺めつつ、クラマは呟く。
『天ノ陵』。
先代のダイバ王が名付けた技。
ダイバは極力使用しないようにしていた恐ろしく強力で――残酷な技である。
『天ノ陵』は、主に建造物に対して使用する。
【故郷】の力で地盤を緩め、建造物の自重を利用し大地に飲み込ませる。
逃げ遅れれば建造物の中にいた人間諸共生き埋めにする。
非人道的な技とも言える。
ダイバは極力使用しなかった『天ノ陵』だが、オセラシアの統一を行う際に強く反発した豪族に対し数度使用している。
それは――見せしめのためである。
反発する心を折るために、あえて残酷かつ圧倒的な力の差を見せつけたのだ。
陵とは、丘の形をした大きな墓を意味する。
ダイバは建造物を沈めた後、供養――もしくは懺悔のためにその場所を丘にしたのだ。
故に『天ノ陵』である。
ゼナムスは『天ノ陵』を知るはずが無い。
インベントが命じたように『でっかい蟻地獄』を効率的につくろうとしているだけである。
クラマはゆっくりと首を振る。
(今はワシのやるべきことに集中せねば。
インベントがこの場所に『雷獣王』をおびき寄せれば、後はワシ次第)
クラマは空中で静止する。
徐々に大きくなる『蟻地獄』を眺めながら、『極星』の準備に入る。
【雹】は幽力の弾を撃ちだす、攻撃的なルーン。
溜めれば溜めるほど威力が上がる。
クラマは両手でボールを掴むような体勢をとる。
両手の中に幽力が集まっていく。
そしてバスケットボール程の弾をつくりあげた。
続けて弾に幽力を注ぎ込む。
じっくり時間をかけて。
**
10分後――
極限まで幽力を注ぎ込んだ【雹】――『極星』が完成する。
幽力は密度が高ければ高いほど、攻撃力が高まる。
『雷獣王』を纏う雷の衣は、膨大な幽力ではあるものの密度はそれほどでもない。
質よりも量と言える。
それに対し『極星』は質の極致ともいえる技。
【大盾】でどれだけ盾を強化したとしても防げないレベルの代物。
『雷獣王』であっても貫く自信がクラマにはある。
もちろん、直撃すればの話だが。
(ま……ロメロの阿呆なら、『極星』並みの攻撃を即座に出せるんじゃろうがのう。
才能の差か――生まれた星の違いかのう)
クラマは自虐的に「ははん」と笑う。
「後はインベントを待つのみ。
『極星』は維持するのもしんどいんじゃが……」
そんな時――こちらに向かってくる粉塵を発見する。
インベントと『雷獣王』に違いなかった。
「時間もぴったりかいな。
まったく……掌で踊らされておるのう。恐ろしいガキんちょじゃ」
****
そして時は来る。
インベントがおびき寄せ――
ゼナムスが準備した足止めの蟻地獄へ。
後は、クラマが動けなくなった『雷獣王』を狙い撃ちするだけだ。
一度きりのチャンス。
クラマは自身の位置を微調整し、『雷獣王』の真上に移動しようと試みる。
真っすぐ『極星』を落下させるのがベストだと考えたのだ。
そして――
丘から飛び出した『雷獣王』。
インベントに対して『雷咆哮』を放つ。
次の瞬間――真上から見ていたクラマは、『雷獣王』が静止したように見えた。
クラマはこう考える。
後は真っすぐに落下するだけだ――と。
「現在だッ!!
――む!?」
『極星』を放とうとするクラマだが寸前で停止する。
「な、なんでおぬしがコッチに来るんじゃ!?」
クラマは目を丸くする。
なぜかインベントがクラマに向かってきたのだ。
それも『極星』の射線上に。
このままでは『極星』がインベントに当たってしまう。
「さっさと撃て! ジジイ!!」
叫ぶインベントに対して、苛立つクラマ。
(お、お前がおるから撃てんのじゃろうが!!
ええ~い、もう知らんぞ! ちゃんと避けるんじゃぞ!!)
「ハッ!!」
『極星』がクラマから離れる。
インベントはその瞬間、停止する。
「カカカ、威力は凄そうだけど……スピードは無いわね~。
まったく――ポンコツなんだから」
迫りくる『極星』。
インベントは自由落下しつつ待つ。
そして――反転する。
『極星』に対し背を向けたのだ。
視線の先には『雷獣王』。目と目が合う両者。
『雷獣王』はインベントの背後から迫る『極星』を見ることはできない。
だが得体の知れないナニかが近づいてくることは感じ取っていた。
「クフフ……いいわねえ。
アイツもエネルギー弾に気付いたのかしら?
や~っぱり、あのままだったら回避されてたかもしれないわね。
は? 私がこっちに来たから気付いた?
……うっさい」
独り言?
だがインベントにも余裕などない。
その証拠にインベントの頬に汗が伝う。
なにせ背面には『極星』が迫ってきているのだから。
インベントは左掌を『雷獣王』に向ける。
右手はがっちりと左手首を掴んでいる。
「ぶっつけ本番だけど、やるわよ。
アンタも手伝いなさい――――シロ」




