御乱心
「ま、爺ちゃんのスペックは把握したわ。
ホントはね~ソロでやりたいけど、まあ仕方ないわね~。
さあ~て、『雷獣王』退治がんばろ~」
インベントは気怠そうに拳を掲げる。
「た、倒せるというのか?」
インベントは指を三本立てた。
「『雷獣王』を倒すにはまず、アタッカーが必要。
現時点でまともに攻撃できるのが爺ちゃんしかいないので消去法で爺ちゃんが担当」
「しょ、消去法かいな」
インベントは微笑んで指を三から二本へ。
「次に、誘導役。
爺ちゃんの必殺技はまごうことなき欠陥品。
しっかりと撃ちやすい位置まで雷獣王を誘導しないとね。
これは私が適任」
残る指は一本。
「そんでもって――足止め役。
理想は――動きを止めれればベスト。
少なくとも一定時間雷獣王の動きを鈍らせるぐらいはしてもらいたいわね」
クラマは首を振る。
「そんなことができるやつは――――ま、まさか」
インベントは笑う。
「てことで、話してくるわ~。
その間、時間稼ぎよろしくね~」
そう言ってインベントは去ってしまった。
「お、おい!! ま、待て!」
去り行くインベントを眺めつつ――
「む、無理じゃ。
ゼナムスにはそんな大役……無理じゃ」
****
インベントはゼナムスたちがいる場所に向かう。
(王様たち、もう逃げちゃったかしらねえ?
さすがに同じ場所にはいないでしょうし。
後方部隊と合流しちゃったかしら?
う~ん、そうなるとちょっと面倒。
だけどまあ…………引っ張り出せばいいか、カカカ)
「――フフ、はいはい、仲直りね」
独り言を呟きながら、元居た場所に向かうインベント。
お目当てのゼナムスを探さなければならないかと危惧していたが、その必要は無かった。
なぜなら元居た場所で発見したからである。
だが――
「こ~~れは、どういう状況なのかしらねえ~?」
上空から見降ろすインベント。
なにが起こったのか?
インベントも想像できない状況になっていたのだ。
****
『雷獣王』がインベントを追っていった後。
残された者たちは皆、呆然としていた。
ゼナムスはずっと『雷獣王』が走り去っていった方角を眺めている。
もう見える位置にはいない。危険は去ったのだ。
いつの間にか頭の中で鳴り響いていた不快極まりない『呪曲』は止んでいた。
「ど、どうする? 王様」
アイナに話しかけられ我に返るゼナムス。
「あ、ああ、ふむ、ど、どうするか」
ゼナムスはどうすべきかわからない。
なにが正解なのかさっぱりわからない。
決断力やリーダーシップ。
そんなものはゼナムスには無いのだ。
先天的にも備わっても無ければ、育んでもこなかった。
「――王よ」
ゼナムスの後方からエウラリアが声をかけた。
「お、おお、エウラリア」
「一度、後方支援部隊と合流してはいかがでしょうか?
恐らく……逃亡した兵も後方支援部隊と合流しているでしょうし、王もお疲れでしょう?
休息を取られるべきかと思います」
「う、うむ、そうだな。
一度、戻ろう。そうだな、戻ろう」
エウラリアは笑みを浮かべ「後方部隊と合流します! あなたたちは周辺警戒を」と親衛隊に呼びかけた。
そんなエウラリアを見てアイナは――
(気丈な女ですねえ~)
と感心している。
だが、ふと見せたエウラリアの表情は疲労の色濃く――
(そりゃまあ……疲労はハンパねえだろうな。
王様のお守りしたり、部隊に命令したりで)
宰相秘書官エウラリア。
頼りない『愚王』を裏から支えつつ、王の心のケアも行い、人前に立ち命令もする。
王から絶大な信頼を得ている、非常に優秀な人物。
ふとエウラリアと目が合うアイナ。
アイナは愛想笑いするが、エウラリアは無視した。
(ハハハ、笑う元気も無いか。
この姉ちゃんも早く休ませてやらねえと)
ゼナムス、エウラリア、アイナ、そして親衛隊四名。
七名が野営地に向かおうとしたその時――
「いやはや~、お疲れ様なのです~」
今更ながら現れたのは、ファティマである。
丘の上で傍観していたファティマは何食わぬ顔で現れたのだ。
「ハア……なんだ姉さん。今頃になって」
「ふふ、いやあ、恐ろしかったですねえ~」
「ま、後にしてくれ。
今はとにかく野営地で休みたい」
ファティマは「はいです~」と返事しつつ、野営地へ向かう一行に加わった。
そして――自然とゼナムスの後方に。
親衛隊が最前線、その後ろにエウラリア。
ゼナムスの後方にファティマ。そして最後尾にアイナが続く。
歩き始めた一行――
大した危険もなさそうなので、アイナはファティマに声をかけた。
「ファティマさん、丘から降りてきたたんですね~」
だが、ファティマは返事しない。
「ん? お~い、ファティマさん?」
「ハッ!? な、なんですか? アイナさん」
驚き振り返るファティマ。
「え、あ、いやまあ……」
ファティマの表情は、強張っていた。
常に飄々としているイメージのファティマとは思えない表情に、アイナは言葉に詰まる。
(あ、あっれ?
ど、どうしたんだ? なんか変だぞ??)
なにかおかしい。
ファティマの異変に気付いたアイナ。
そして違和感を一度覚えれば、芋づる式に違和感を発見するものである。
(背中からじゃよくわかんねえけど……。
息が荒いし、肩が強張ってる。というか歩き方も変だ。
なにか……あったのか?
アタシと一緒に丘の上にいたときは……あれ? 普通だったか?
インベントのことばかり見てたから気にしてなかったな。
あ……もしかしてあのインベント、ファティマさんにまでなにか言ったのか?)
脳裏に浮かぶ丘の上での悪意に満ちたインベント――
だが、『雷獣王』を引き連れ、結果的にはアイナたちを助けたインベント――
(ああ~! もう! あいつはなんなんだコンチクショウ!)
アイナは苛立ち、天を仰ぐ。
ちょうどアイナが空を見上げている時――
ファティマの手には――収納空間から取り出したナイフが。
宝石が一つ飾られたナイフ。
両手で力一杯握りしめたナイフ。
あまりに強く握っているため自らの爪が、自身の掌に刺さり少し出血している。
だが出血など気にせず、ファティマはナイフを振り上げた。
(……え?)
振り上げたナイフの鈍い輝きに気付いたアイナ。
だが、なにをしようとしているのか理解できなかった。
思考が追い付かなかった。
一歩二歩と駆け、ゼナムスに飛びかかるファティマ。
たどたどしい動き。素人丸出しの動き。
だが――ナイフは心臓目掛けて突き進む。
ズブの素人であっても、背中から心臓にナイフを刺せば――結果は自明の理である。
アイナは、王を殺す現場の――姉が弟を殺す現場の目撃者に――――ならなかった。
ゼナムスとファティマ――
いや、ゼナムスとナイフの間に、間一髪エウラリアが飛び込んだのだ。
まさに身を挺す形で、ゼナムスを護るエウラリア。
ゼナムスの心臓を目指していたナイフは、エウラリアの心臓に向かう。
だが、幽壁が発動する事でナイフは弾かれ、宙を舞った。
エウラリアは「アア!」と叫び吹き飛ぶ。
「な、なんで――!?」
信じられない事態にファティマはたじろぐ。
そして弾かれたナイフを探し、見つけ、拾う。
再度――ゼナムスを狙うが――
「な、何やってんだよ!? ファティマさん!?」
アイナが止める。
森林警備隊では非力な部類のアイナだが、ファティマの手首を掴みナイフを取り上げることなど造作ない。
「は、離して! 離して!」
暴れるファティマ。
突然の事態に意味が分からず、狼狽するゼナムス。
エウラリアは――
「ファティマ様が御乱心だ!!
取り押さえろ! 早く!」
これまた状況が全く理解できていない親衛隊に命令するのであった。
**
親衛隊に組み伏されたファティマ。
そしてそんな状況を見下ろすインベント。
(なんかよくわからんけど、まああの子もなにか企んでたからねえ~)
状況は誰よりも理解できていないインベント。
だが、インベントにとってはそんなことは――
「ま、ど~でもいいけどね。
ったく」
ゆっくりと降下するインベント。
その表情は歪んでいる。
「しかっかしまあ……イベントが立て込んでるわねえ。
王家の騒動とか興味無いんだけど。
戦利品の一つでも寄こせっての。クッソゲー。
ハア……アドベンチャー要素もうお腹いっぱ~い。
そろそろダルくなってきた。ワロスワロス。
ここから王様激励イベント? バッカらしい。
アハア? もう実力行使でいいわね。
さっさと『雷獣王』討伐も終わらせたいし。
連携なんてクッソめんどくさいのよ、ホントは。
いっそ放置して…………はダメね。
アア~、さっさと終わらせよっと」
ご機嫌斜めなインベントが大地に舞い降りた。
もちろん、福音などもたらすはずも無く。
ネット小説大賞、最終選考で落選してしまい御乱心してました。
心機一転連載頑張ります。
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