石ころ
夢。
幸せな夢。
凶悪なバケモノ相手に、勇敢な王がたったひとり立ち向かう冒険譚。
肉体は、まるで羽が生えたように軽やかに。
次々に閃くアイディアに身を任せると、面白いようにバケモノが翻弄される。
脳を蕩かせる全能感――『なんでもできる』感覚。
実際になんでもできてしまう状態なので、全能状態と言ってもいいだろう。
夢見心地。
だが――夢はコントロールできない。
快晴から嵐へ。
一転。
絶望への序曲が流れ始めた。
(や、やめろお、やめてくれええええええぇ!)
気持ち悪い雑音が頭の中で鳴り響く。
何度も何度も経験のある音の羅列。
序曲を聞いただけで胃液が暴れ狂い――
腹の奥のドス黒いナニカが大きく膨れ上がっていく。
(もう嫌だ――もう嫌だ! もう――吐きたくないのに!!)
心でどれだけ拒もうとも、身体は異物を排除しようとする。
些細な無駄な抵抗の後――嘔吐――
いつもいつもいつもいつも。
大事な時に――
大切な時に――
絶対に回避したい時に――
決まって流れる絶望へのオーケストラ。
無責任な他人は言う。
「王は心が繊細だ」
「王は精神的な弱さを克服できていない」
「王として自覚が足りない」
王――ゼナムスからすればたまったものではない。
この忌々しい曲――この忌々しい音の連続を聞いてもいない他人にとやかく言われたくないのだ。
聞いてもいない他人にわかるはずがあろうか?
この――『呪曲』を。
悲しかった記憶、辛かった記憶、失敗した記憶。
本来ならば、大半は歳を重ねるにつれ程よく忘れ、心の傷は癒える。
思い出に変わり、糧に成長できることもある。
だが――『呪曲』は心のカサブタを剥いでいく。
時が経過しようとも心を癒させない。
『オマエハ、マタ、アヤマチヲオカシタ』
****
眼下に広がる嘔吐物。
吐き終わった後――多少の爽快感と、押し寄せる後悔。
(あぁ……余はまた)
ゼナムスは放心状態。
ゼナムスにとって嘔吐物は失敗の象徴であり、見るだけで憂鬱な気分に。
「水を……」と周囲にいるであろう誰かに求めた。
だが――
目の前には土の柱が数本立っている。
柱の先には、必死に砂地獄から脱出しようとする『雷獣王』。
大チャンスである。
幸せな夢の続きが待っているのだ。
先ほどまでのように、【故郷】の力を存分に発揮すればいいのだ。
「ヒ、ヒアアア!?」
尻もちをつくゼナムス。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い!」
お尻を引きずりながら後退していくゼナムス。
先ほどまでの勇姿が嘘のように。
邪魔が入らなくなったため『雷獣王』は簡単に砂地獄からの脱出に成功する。
そして――一足飛びでゼナムスの眼前に
「ひ、ヒィィ!!」
恐怖し、ただただ震えるゼナムス。
元の『愚王』に逆戻り。
『雷獣王』が一振りすれば吹き飛ぶゼナムスの命。
そんな状況で走り出したのは――アイナだ。
(どうなってんだ! あの王様はよう!!)
駆けだしながら石を『雷獣王』の瞳目掛けて投げた。
『雷獣王』の攻撃意識をゼナムスから自身に向けさせ――
(その後は……どうしたらいいかわかんねえ!
意識逸らしは効きそうだけど、意識逸らしても攻撃が通りそうにねえけどな!
かったりー!)
アイナ決死の特攻。
決意の意思ならぬ、決意の石は『雷獣王』に命中する。
とは言え雷の衣に弾かれて終わりである。
意識をこちらに向かせれれば万々歳。
――――かと思いきや。
『雷獣王』の顔が首が捩れるほど吹き飛んだ。
あまりの衝撃に倒れそうになる『雷獣王』だが、どうにか踏ん張り耐えた。
「え、えええ!? ど、どゆことだ!?」
『決意の石』の驚愕の威力。
アイナの隠されたユニークスキル『投石超強化』が発現した――――わけではない。
タイミングよく石が着弾したと同時に、別の攻撃が『雷獣王』に放たれていたのだ。
「――――やはり……期待したワシが馬鹿じゃったか」
『雷獣王』から20メートル以上離れた位置にいるクラマ。
右手を突き出した体勢で立っていた。
クラマがどんな攻撃をしたのか?
それは――――
****
「ウッホオオ~、アハハハハハ~~スッゲエ~」
丘の上のインベント。
その一部始終を眺めていた。
そしてクラマの攻撃を見て、手を叩いて喜んでいる。
「今の見――――」
隣にいるはずのアイナに声をかけようとするインベント。
「いねえんだったな」と頭を掻く。
仕方なくインベントは、台の上のファティマの元へ。
「お~い、皇女殿下~。
見たか今の?」
ファティマは真剣な表情だが、ちらとインベントを見て「ええ」とだけ応える。
ファティマは会話する気が無いのか、冷たくインベントをあしらう。
だが単に話したいだけのインベントは独り言のように話し始めた。
「いやはや、ただの空飛ぶ爺さんかと思いきやあんな隠し玉を持ってるなんてな~。
しっかし面白い。
まさかエネルギー弾――
いや、この世界だと幽力弾ってとこか~? カカカ」
クラマは、バレーボール程度の幽力の塊を『雷獣王』に対し放ったのだ。
剣と魔法の世界なら『魔力弾』、気功の世界なら『気功弾』や『エネルギー弾』と呼ばれるだろう。
物理ならざる攻撃。
そしてその攻撃は、『雷獣王』の雷の衣をも突き破りダメージを与えることに成功した。
「――恐らくあれは『星弾』です」
ファティマが戦況を眺めながら言う。
「ホシダマ~? ああ~二つ名が『星天狗』だったわねえ~。
なるほど、『星弾』を使うから『星天狗』ってわけねえ」
ファティマは首を振う。
「空を舞い、天から舞い降りし流星の如き一撃……ゆえに『星天狗』。
『星弾』は関係無い……いや、上書きした?
なんにせよ『星弾』はおじいちゃんの古い知り合いが口を滑らせたから聞いたことがあるだけです。
ほぼ知られていない技」
「ん~? それじゃあ……」
「『星弾』は恐らく隠していた。
おじいちゃんは目立つのを極端に嫌う……だから隠していたのね……。
でも、あんな技があるなんて……想定外だわ」
爪を噛むファティマ。
そして「あれならおじいちゃん一人でも勝てるんじゃ……」と呟く。
それに対しインベントは――
「カカカカカ。
多分、爺ちゃん一人だと勝てないわよ」
「え?」
「あの『星弾』とやらは隠し玉なのかもしれない。
でもね、もしも使って勝てるなら出し惜しみせずに使ってたでしょうよ。
爺ちゃんは兵を見捨てたりできないでしょうし――」
インベントは続け『私と違って』と言うのを、自制した。
インベントは笑い――
「ふ~~ん、出力の問題か……。
タメが必要なのか……。
燃費がクソ悪いのか……カッカッカ。
いいわね、面白いじゃない」
インベントは舌なめずりした後――
腰を折り、右掌を地面に触れるほど上半身を傾けた。
続けて収納空間に指を入れ、槍の石突の部分を摘まむ。
そしてゆっくり垂直に槍を取り出した。
まるで異世界から槍を召喚したかのような演出。
「ンフフ」
「――やはり、まだ武器をお持ちだったんですね」
インベントは思い出したかのように――
「ああ~そうだった。武器は全部出したフリしてたんだった。
ウフフ、まあいいわ。もう――運び屋ゴッコは終わり。
一狩り行くとしますかねえ」
そして、槍を振り上げ、ファティマを見つめる。
「――『雷獣王』、殺してくるわね」
そう言って――槍を振り下ろす。
直後、インベントが急加速し丘から消えた。
「――え?」
ファティマは完全にインベントを見失った。
周囲を見渡し――
見渡す範囲を広げ――
四度、範囲を広げた際にインベントを発見する。
(い、一瞬であんな遠くへ!?
そ、それに……飛んでいる? 嘘でしょ!?)
唖然とするファティマ。
ファティマにとってインベントは異様な人間である。
どんな状況でも物怖じしない胆が据わった青年。
どんな人生を歩めば、インベントが出来上がるのか想像できない青年。
大物。もしくは大物になるであろうイング王国からやってきた『運び屋』。
そう――運び屋だと信じていた。
『運び屋』が槍を持ち、あまつさえ空まで飛んだ。
そして『雷獣王』を倒すと宣言した。
ファティマは再度爪を噛む。
そして――
「あ、あの子なんなのよ! 冗談じゃない!
『雷獣王』を倒されちゃ…………困るのよ!!」
そう言って、ファティマも駆けだした。
思惑が交錯する戦場へ。
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