もう一人の目覚め
「きっかけ……がアタシ?」
インベントは「うん、と~っても感謝してる」と満面の笑み。
「いや……意味わかんねえんだけど」
「フフフ。
アナタがいなかったら、もっとも~っと時間がかかるはずだった。
どれだけシンクロ率を上げても『99.99999999999』から『100』にする方法は思いつかなかったもの。
画龍点睛っていうのかしらね。
――そう龍眼を探す旅路。
あの世とこの世の境界線――輪廻交差点。
森羅万象の中から一つの間違いも許されないの絶対的真理へ」
流暢に語りだすインベント。
「……ホントになに言ってんだ?」
言葉が重なれば重なるほどに、意味不明になっていく。
「フフ、矮小な人類には難しすぎたか。
簡単に言えば、あの……ル、ル、ル、ルドゼブ?
違うな……ルバイヤード? ルカリオ? ルナリーナ? ルイジアナ?
あ? ああ、そうそうそれそれ、ルベリオだ。
いちいち名前が覚えにくいんだよ。
ロイドとかアインとかメジャーな名前にしろっての、カカカ」
突如出てきたルベリオの名に驚くアイナ。
「ルベリオ? ってあのルベリオ?」
「そっそ。
無礼にも『闇枯れの淑女』様にタイマンを挑んできた不届き者。
フフフ、しかしまあ中々の強者であった」
「ちょ、ちょっと待て。
なんで今、ルベリオの話が出てくるんだよ?」
「アハン? そりゃあキッカケの話だからでしょうに」
「ル、ルベリオが――」
アイナが話を続けようとした時――
悲鳴が重なる。
こうしている間にも『雷獣王』は殺戮を繰り返しているのだ。
アイナは殺戮現場に目をやる。
クラマは一人で奮起しているものの『雷獣王』は倒せない。
注意を引くことはできても、完全にクラマをロックオンしてくれない。
撤退する時間を稼ぐので精一杯。
だが撤退命令を出すべきゼナムスは、立ち尽くして震えている。
エウラリアが攻撃命令を出してはいるものの、王を無視して撤退命令も出せないのだろう。
結果、ジワジワとオセラシア兵は倒されていく。
恐怖のあまり逃げ出す兵もいるが、『雷獣王』は逃がさない。
追いかけて、叩きのめして、戻ってくる。
たいした時間稼ぎにもならないのだ。
「チッ……こんなことしてる場合じゃねえ」
アイナは自らこめかみをグリグリし、気合を入れる。
「ふ~ん、行くの?」
インベントは他人事で尋ねる。
「行くしかねえだろ。さすがに放置はできねえよ」
「――死ぬよ?」
「へっ、かもな。でも……あそこにいる兵よりは戦える」
そう言ってアイナは駆けだした。
丘を駆け下り、『雷獣王』の元へ。
駆け下りながら――
(インベントがおかしくなっちまったのは……アタシのせい?)
ルベリオ戦のことを思い出す。
インベントがおかしくなったキッカケ。アイナには心当たりはある。
(ルベリオをモンスターだと刷り込んだ……アレがキッカケなのか?)
モンスター相手でないと本気を出せないインベント。
圧倒的な強さだったルベリオに対し、アイナは【伝】のルーンで『ルベリオ=モンスター』だと刷り込んだ。
キッカケが『ルベリオ』であり、『アイナ』であるのなら、それしか考えられない。
(クッソ……ああ、だめだめ!
一旦忘れるぞ。今は……『雷獣王』に集中しねえとな)
**
アイナが去った後――
取り残されたインベント。
ファティマはふたりのいざこざに全く興味を示さず戦況を注視している。
インベントは座り込み、口を尖らせた。
「あ~あ、ど~したもんかねえ。
負けイベント~? アホらしいじゃん。
放置するわけにもいかない? いやいや、私は正義の味方じゃねえし」
ひとりごと。
丘の上からの見物人。
演目は殺戮ショー。
だが――状況は大きく変わっていく。
****
ゼナムスは震えていた。
(な、なんなのだ、これは……)
『雷獣王』の凄まじさにゼナムスは一歩も動けず、ただただ震えている。
目の前で兵たちの身体が散っていく。命が散っていく。
人間が虫けらを潰すように簡単に。
ハウンドタイプモンスターばかり相手にしてきたオセラシア自治区。
オセラシア自治区にとって――ゼナムスにとってモンスターは『ハウンドタイプ』と同義だった。
そんな中話題に上がった『雷獣王』。クラマが倒せないモンスター。
だがゼナムスからすれば、しょせんモンスターはモンスター。
クラマの実力を知らぬゼナムスは、クラマ一人だから倒せないのだろうと思っていた。
数の暴力で勝てると思っていた。
ハウンドタイプを完全攻略した現在、どうにかなるだろうと信じて疑わなかった。
だが――『雷獣王』はハウンドタイプとは次元が違う。
同じモンスターとは思えないほど凶悪。
盾は紙切れの如く破られ、矢は雷の鎧に阻まれる。
オセラシア兵自慢の屈強な肉体も、『雷獣王』の前には無意味である。
雷に素手で挑むなど愚の骨頂。
相手にしてはいけない相手だとやっと気付いたゼナムス。
そして呆然自失。
クラマが何度も「撤退しろ!」と叫んでいるが、ゼナムスは命令を出せずにいた
――いや、命令を出すのが自分自身であることさえ忘れていた。
『誰かがどうにかしてくれる』
ゼナムスに染みついた王として扱われてきた経験、甘やかされてきた記憶。
どれだけ失敗しても、吐いても、間違えても誰かが尻拭いしてくれる優しい世界。
堕落の沼に浸かり、愚王と呼ばれて。
クラマが常人では考えられない動きで戦っている。
エウラリアが兵に指示を出している。
オセラシア兵は、逃げ出すものもいるが恐怖に負けず戦っている。
それでも――命は散っていく。
それなのに――目の前で兵が死んでいっても、まだ待ち続けているゼナムス。
誰かがどうにかしてくれる優しい世界に。
だが世界は壊れていく。
盾兵が全滅し――『雷獣王』の狙いは次の獲物へ。
残るは自慢の大盾を持たない弓兵や攻撃兵。
「ひいいいぃ!」
兵たちが恐怖のあまり叫びだす。
そして蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
エウラリアが「逃げるな!! 撃て!!」と命令してももうどうしようもない。
未だ震えているゼナムスの周りには四名の親衛隊員とエウラリアのみになってしまった。
ゆっくりと近づいてくる『雷獣王』。
ゼナムスを護るものはもう何もない。
(よ、余は王だ。
オセラシア自治区を治める王だ。
『豪王ダイバ』から王位を継ぎし選ばれし王。
なぜこんな……なぜこんなことに!?)
ゆっくりと死が迫る。
エウラリアや親衛隊がなにか叫んでいるが、ゼナムスの耳には届かない。
絶体絶命の状況。
死を待つか、それとも自らの力で抗うか。
そんな状況に陥りやっと――目覚める。
ゆっくりとした瞬きの度に、身体から震えが消えていく。
深い呼吸の度、恐れを吐き出し、別人のような目つきに変わる。
そして――
「国史――
氏神鎮守せし村――オルゼン。
弱光なれど、全土を照らす、天下泰平の希望の礎――」
オセラシアに伝わる、忘れられた詩を読み上げるゼナムス。
続け――
「西方出兵。南方平定。東方友和。北方調和――
パルサシの内乱。オボイの戦い――
ジヒロ、ルンギニー、カイブハ、ルルーリア、ロセ、ムラト、六豪調停――――」
オセラシアの歴史で、重要な事件を次々と唱える。
そして――
「望郷――己の礎。
懐郷――過去から未来へ。
【故郷】――――受け継がれし歴史」
そう締めくくった後、ゼナムスはゆっくりと両手を交差させた。
次の瞬間――
大地が突如隆起し、『雷獣王』を吹き飛ばした。




