丘の上で
丘の上――
『雷獣王』が駆けてくれば、ものの数秒で到達する位置。
兵が――贄がいるため、まだ猶予はある。
とは言え危険な場所には違いない。
そんな危険な場所、台の上から、真剣な表情で戦況を眺めているファティマ。
王の姉である彼女が、危険を冒してまでこの場所にいる理由は――
**
同じく戦況を眺めているインベント。
「……はあ~あ」
モンスターが暴れているのに、その表情は浮かない。
(動きは速いわねえ。
ま~とは言え、ワンパターンと言えばワンパターン。
突進して、前足での攻撃ばかり。
動きは読みやすい、恐らく回避もさほど難しくない。
――雷さえなければ)
またひとり――兵が叩き潰された。
(あの雷、厄介ねえ。
常時発動してるし、リーチが微妙に変化して伸びる。
ジャスト回避は無理ね~。
腹の下はすり抜けれる気がするけど、さすがに『残機ゼロ』の状況で試せない。
あと……あの雷咆哮。
なによあれ~、範囲広すぎじゃない。
射程距離は五メートルってとこ?
まあ断定はできないわねえ~、事前に見れて良かったけど。
もう一度撃たないかしら~?
あ~……クソ兵ども!
逃げるな逃げるな~、全速前進~!
粉骨! 砕身! 大爆発!)
「――――ウフフ」
小さく笑うインベント。
だが、笑える状況ではない。
両拳を握りしめ、状況を眺めているアイナが驚いてインベントを見る。
「――お前、今笑ったか?」
「ん? ああ、笑ったかもね」
「笑える……笑える状況じゃないだろ!
このままじゃあ全滅する……、全員死んじゃうかもしれねえんだぞ!?」
インベントは「私には関係無い」と冷たく言い放った。
「か、関係無い!?
なに言ってんだ!?
お前が王様煽るから、こんな状況になってんじゃねえか!」
「私は提案しただけ。
提案に乗ったのは王様自身。
てゆ~か自業自得?」
「な、何だその無茶苦茶な理屈!
お前がモンスターと戦いたいから煽ったんじゃねえか!
なのに、なんで丘の上で観察続けてんだよ!?」
インベントは腕組みし、唸る。
「ホントはねえ~、一狩りいこうって思ってたんだけどねえ~。
あれ……ちょっと強すぎるね」
「は? な、なんだよそれ」
「攻撃を回避するのはそこまで難しくない気がする。
だけどねえ~、攻撃手段が思いつかない。
近接戦闘は自殺行為。だったら遠距離?
あの雷――強弱はあるけど全身に纏ってる。
遠距離攻撃も有効打にはならない気がするわね~。
当てるのも難しい気がするし。
となると――持久戦?
まあそれもまた難しいのよね~」
「なんでさ?」
「持久戦するにも、手持ちの武器が足りないんだもん。
補給するタイミングも無かったし。
丸太や木の杭じゃあ、焼石に水でしょ~?
それに『雷獣王』相手に、戦力になりそうなの、お爺ちゃんだけでしょ?
さすがに私とお爺ちゃんだけじゃ持久戦は無理無理。
こっちが先にバテて終わり」
極めて冷静に『雷獣王』を分析しているインベント。
モンスターの分析はインベントの十八番ではある――
だが、いつもならば戦いの中で分析する。
今回は――『モブの犠牲』を利用してである。
「じゃ、じゃあ、どうするのさ!?」
インベントは頭を回しながら「う~ん」とふざけた表情で考える。
そして――
「逃げちゃうのが一番かな~」
さらりと。
瞬間、呆然とするアイナ。
すぐに正気に戻り――
「あ、あの人たちはどうするんだよ!?
みんな死んじまうぞ!?」
インベントは無表情な顔から、口角だけを上げた。
無機質な笑顔。仮面のような笑み。
そして――
「知ったこっちゃないよ。
モブが――――雑魚が死のうと関係無い」
**
インベントは純粋な少年である。
夢で見る『モンスターブレーカー』というゲームの世界に強く憧れた少年。
モンスターを狩るという夢を実現するために森林警備隊に入隊した。
正義の心など全く無く、ただ狩るための足掛かりとして――
そして狩れば狩るほどインベントはモンスター狩りに目覚めていく。
モンスターを狩るためなら努力は惜しまない。
モンスターを狩るためなら努力を努力と思わない。
異常なスピードで成長し、変化し、狂っていく。
アイナはめんどくさがりな女性である。
過去の挫折を機に、アイレド森林警備隊の倉庫番としてダラダラ生きていくはずだった。
平々凡々、さざ波のような人生を送るつもりだった。
だが興味本位でインベントと関わってしまい、足だけ突っ込むつもりが、いつの間にか抜け出せなくなり今に至る。
まさか、オセラシアにまで来ることになろうとは思いもよらなかった。
かったるいことこの上ない。
さて、インベントに巻き込まれ人生設計が大きく狂ったアイナ。
ただ――いつの頃からかインベントに巻き込まれる日々が悪くないと思うようになっていた。
千変万化、紆余曲折、想定外の多事多難な日々。
絶対に嫌だと思っていたのに――そんな日々が案外楽しく感じている自分に気付いていた。
認めたくないが、ハマっているのだ。
慣れると美味なクセのあるチーズのように。
なんだかんだで共に行動してきたアイナ。
それゆえ、誰よりもインベントの変態具合を熟知している。
『モンブレ』の夢を見ていることも知っている。
夢の影響を多大に受けた結果、突飛な行動や発想に繋がっていることも知っている。
常に変な男。
だが……最近いつもにも増して変になった。
なにかがおかしいとは薄々感じていたが、その正体がなんなのかわからなかった。
言葉にすることができなかったアイナ。
それがやっとわかったのだ。
これまでのインベントと、現在のインベントとの決定的な違い――――
その正体は――――
**
アイナは――
「やっぱ、お前変だ。どうしちゃったんだよ!」
「……ハア?」
「お前が変なやつだってのはわかってる。
意味わかんねえことを思いついたり、想定外の行動するようなやつだって知ってる。
だけど……今のお前はおかしい!
インベントらしくねえ!」
インベントは白けた顔で「本人に『らしさ』を求められてもねえ」とせせら笑う。
「王様をそそのかしてる時から違和感はあった。
なんでそんな回りくどいことしてるんだろうってな。
いつもなら……制止するのも振り切ってモンスターのとこに向かうはずだ」
インベントは首を小さく傾げ――
「――モンスターの居場所を爺さんしか知らなかったし」
「ハッ、それが理由か? ――ウソつけ。
場所だけなら爺さんに聞けばよかっただろ」
「ハハ、聞くタイミング無かったじゃない」
「あえてつくらなかっただけだろ。
ただ狩りたいだけなら、どうにかしてクラマさんに話を聞きに行ったはずだ。
それができないお前じゃない。
お前はあえて王様が狩るように仕向けた」
アイナは『雷獣王』の方向を指差し――
「こうなることを予想してな」
――と言い放つ。
現在、この瞬間もまたひとり、兵が死んでいく。
「……ここまでとは予想してなかったけどね」
「だったらどこまで予想してたんだよ? え?」
インベントは観念したかのように両手を広げた。
「爺さん単独で勝てないってことは、かなり強いモンスターだとわかっていた。
アホなオセラシア兵が束になっても勝てないこともね。
――ま、攻略情報が欲しかったのさ」
「攻略……だと?」
「他人の失敗から学ぶのは重要でしょ~?
特にボスだからねえ、事前情報は多ければ多いほうがいい」
「情報のために……オセラシア兵を犠牲にしたってことかよ」
「ま、そうなるね」
アイナは行き場の無い怒りから、地面を強く踏む。
「なんで……なんでそんなことするんだよ!?
お前が誰かのために戦ってねえことは知ってる!
だからって――他人を利用するような奴じゃなかっただろ!!
そんな――悪意のあることをする奴じゃなかっただろ!?」
アイナが感じていた違和感の正体。
それは――悪意だ。
インベントには正義が無い。
だが悪意も無かった。
ただ純粋にモンスターを狩りたいだけだった。
なのに――いつからかインベントに悪意が混ざっていたのだ。
インベントは「悪意……か」と呟き――
声を上げて笑い始めた。
「な、なにがおかしいんだよ!?」
インベントは声が掠れるまで笑い――
「カカカ、おかしいに決まってるじゃない。
だって――キッカケはアナタなんだから」