ロゼ・サグラメント来襲②
本日は後一本投稿します。
「それじゃあ――やるか」
「ええ」
ロゼとノルドはすでに向かい合っている。
ノルドは立会人であるバンカースを見る。
バンカースはハンドサインで許可をだした。
ノルドは改めてロゼを眺める。
(こいつ……話を聞いた感じだとインベントと同期の新人だな。
新人が大物狩りのメンツに推薦されるってことは……。
よほどレアなルーンか、戦いのセンスがあるか、それか両方ってとこだろうな)
「へっ」
ロゼは構えたまま動かない。
ロゼは身長が170センチ近くあり、女性にしては長身である。
そして背筋がピンと伸びており実際よりも大きく見える。
(インベントの馬鹿野郎と違って、剣術のセンスは抜群って感じだな)
構えを見ただけで、ロゼが並みの新人ではないことを把握したノルド。
(とはいえ……こっちの馬鹿も滅茶苦茶なんだけどな……クハハ)
ノルドはインベントをチラとみて口角を少しだけ釣り上げた。
(ま、お手並み拝見といこうか)
ノルドは石を拾い、ロゼの顔目掛けて投げた。
模擬戦のスタートである。
ロゼは最小限の動きで石を剣で弾く。
石を剣で弾くのは、中々に難しいがロゼは難なくやってのける。
ノルドは再度石を投げた。
次は石を投げた瞬間、ノルドも動き出す。
インベントは――狩りの時の動きだ、と思う。
「――ッ」
ノルドの剣戟がロゼの顔面を襲う。
ロゼはいとも簡単に受け止める。
「いくぞ!!」
ノルドは足を止め、ロゼに連撃を浴びせる。
ロゼは受け止める。だがじりじりと後退していく。
「く……!!」
「おらおら、どうした!」
ロゼは反撃する余裕もなく、防戦一方だ。
「うは~、ノルドさん強いなあ」
「当たり前だろ。ノルドさんはアイレドでも指折りの実力だ」
インベントとバンカースは観戦しながら会話を始めた。
「むしろ、ロゼが良くやっていると思うぞ。
あれだけの連撃をなんとか捌ききっている。15歳の動きではないな」
「確かにそうですね……すごいや」
インベントには到底できない防御である。
ただインベントはモンスターを狩ること以外興味が無いので、だからどうしたという感覚だ。
さっさと終わって、モンスター狩りに行きたいな~なんて思っているのだ。
ノルドは攻撃を続ける。
(……なるほどねえ。確かにセンスはすげえ)
ロゼは戦いの中で、ノルドの攻撃に対応していく。
ロゼは防戦一方ではあるが、徐々に余裕をもって防御できるようになっていく。
(ま……だからどうしたって話だ)
ノルドは足を止めて攻撃していたが、小さくフェイントを入れた後、一気に加速する。
【馬】と【向上】のルーンを駆使した動きは、ロゼにノルドが消えたかのように感じさせた。
ノルドはロゼの背後に回り――
「痛ッ!」
ロゼを蹴っ飛ばした。
「……ハア。どうした? さっさと本気を出せ」
「ウフフ……さすがノルドさんだわ」
「ガキの割に悪くねえ動きだが……流石に大物狩りに推薦されるレベルではねえよ。
なんかあるんだろ? 特別なルーンがよ」
ロゼはにやりと笑う。
「それじゃあここからは……本気でいきますわ」
「さっさとしろよ。めんどくせえな」
ロゼは剣を構えた。
そして大きく上段に剣を掲げる。
(なんだ? 気持ち悪い構えだな)
ロゼはノルド目掛けて小さく飛び跳ねた。
(ただの上段切り……じゃねえ。なんだ? なんの違和感だ?)
ロゼが何かを企んでいる。だが何をしようとしているのかわからない。
真っすぐ過ぎる瞳にノルドは違和感を覚えつつ、未だロゼの策を看破できずにいる。
(稚拙な上段斬り……まさか防御は得意だが攻撃は下手くそ? なわけないよな?
【太陽】か? だったら上段斬りにする必要は無え……。
そもそも……なんで飛び跳ねた……? 視線を上に……誘導?)
ノルドは下からのプレッシャーにぞわりとした。
何かわからないプレッシャー。そんな際にノルドが取る手は一つだ。
【馬】と【向上】のルーンを最大限に発揮し、一瞬のうちにその場から離脱。
そして――
「……おいおい、こりゃあまたレアなルーンだな」
ロゼの足元からは、うねうねと八本の触手のようなモノが蠢いていた。
**
「う、うわあ! なんですかあれ!?」
ロゼの足元から這い出る触手にインベントは驚いている。
「あれは……【束縛】のルーンだ」
「【束縛】??」
「相手を幽力で作った蔦のようなモノで捉えたりするルーンだな。
といっても……俺も実物を見るのは初めてだ。かなりレアなルーンだよ」
「へえ」
ノルドもノルドで驚いている。
「こいつは……【束縛】か……」
「へえ、ご存じなんですね」
「ああ、一人知り合いにいてな。だが――」
ノルドは蠢く触手をじっくりと観察した。
「一つ聞いていいか?」
「……なんでしょう?」
「その触手は、何本出せるんだ?」
「うふふ」
八本出ていた触手に二つ触手を追加し合計10本の触手が足元から這いでてくる。
(足から出せるのも知らなかったし10本も出せるのか。
こいつの才能か……努力か……。
ククク……才能のある若い奴を見ると、俺も老いたと思うもんだな)
「おい…………名前はなんだったか?」
「ロゼ・サグラメント」
「ロゼか。よし……もう少し付き合え」
ノルドは接近し、再度連撃を繰り出す。
ロゼは剣で防御しつつ――
(触手が足元から牽制してくるわけか……こりゃあめんどくさい)
うねうねと触手がノルドに襲い掛かる。
俊敏な動きとは言えないが、生き物のようにうねって攻撃を仕掛けてくるのでうっとおしいことこの上ない。
更に剣で触手を振り払ってみても――
(それほど縛り上げる力は強くなさそうだが……木剣では切れないか。
模擬戦だと無双できるな……こりゃ反則だ)
五分ほど模擬戦が経過したところで――
バンカースが戦いを止めた。
決着はつかなかった。
バンカースは「ダメか……」と呟いた。
バンカースがロゼを連れて、ノルドのもとに来たのには理由がある。
大物狩りのメンバーの中で、ロゼを倒せる人物はノルドが適任だと思ったからだ。
神童と言われたロゼは入隊試験も軽々と突破した。
それも【束縛】を使わずに。
そして入隊後、前線に配属されてからはメキメキと頭角を現してきた。
ハイレベルな剣術と【束縛】のルーンを併せ持ったロゼは間違いなく天才であり神童に相応しい。
だが有頂天になっているのも事実だ。
バンカースとしては、ノルドに勝ってほしいと考えていた。
伸びた鼻を叩き折ってもらうために。
そしてノルドも気づいた。
(ああ……そういうことかよ)
模擬戦が終わった後、ノルドはバンカースの願いに近い企みに気づいた。
(先に言えよ……相変わらずネゴシエーションが下手な男だ……ハア……)
ノルドは頭を掻いた。
(まあ……実際大物狩りのメンバーに加えてもいいレベルだ。
本気を出せば負かすこともできただろうが……う~ん今更だわな)
「ね、ねえ。すごいね!」
インベントがロゼに話しかけた。
戦いに興味は無かったが、【束縛】のルーンには興味津々のインベント。
「は?」
「あの触手みたいなの、凄い面白いよね!」
「――フン」
ロゼは無視した。
(あなたみたいなクソ雑魚が喋りかけてこないでほしいわ。でも――うふふ)
ロゼは表情を変えない。だが心の中では笑っている。
(バンカース総隊長は私を大物狩りメンバーに入れることは反対みたいね。
そのためにあのノルドとかいう狂人を私にぶつけてきたんでしょう?
信じられない速さだったし、真剣だったら負けてたかもしれない。
でもね! 模擬戦において私は無敵なのよ!
ほら! さっさと大物狩りメンバーに入れなさいよ!
私の栄光の道を邪魔させないのよ!)
ノルドは考える。
(なんか癪だな。
あのロゼとかいうガキ、初見で見破られにくい能力であることをいいことに、恐らく隊長格のやつらにケンカ吹っ掛けたんだろうな。
そんでもって異例の速さで大物狩りメンバー入り……か。
――うぜえな)
今更ながら本気でぶちのめせば良かったと軽く後悔するノルド。
「ど、どうでしたか? ノルドさん」
「ん? ああ」
(情っさけねえ顔してんじゃねえよ……バンカース。
あ~……どうすっかな)
そんな時――
(……あ~、インベントか。ははは……そうだインベントがいるじゃねえか)
「総隊長」
「お、おう」
「まあまあいいんじゃないですか?」
ノルドの言葉に「うふふ」とロゼは笑う。
ノルドはしたり顔のロゼを見た後に――
「ん~とは言えなあ……大物狩りメンバーに入れるほどかと言われたら……
俺は推薦するほどじゃないと思いますけどねえ」
「そ、そうか?」
バンカースは顔が少しほころんだ。
逆にロゼは顔を顰める。
「あら? どうしてですか? ノルドさん?」
「あ?」
ノルドは食い下がってくるロゼに対し、無表情に対応する。
しかし心の中では――
(ハッハッハ、簡単に食いついてきやがったな。まだまだガキだぜ。
どうせ思い通りに推薦してもらえるとでも思ったんだろ?
掌で踊ってやるほどお人好しじゃねえんだよ)
「私はしっかりと力をアピールできたと思っていますし、大物狩りでも役に立てると思います」
「ほ~、自信家だな」
「い、いえ……自信家ではなく……謙虚に自分を評価した結果です」
(おりこうさんを演じるのは大変だな。ま、扱いやすくていいや)
ノルドは指を三本立てた。
「推薦できねえ理由は三つある」
「…………伺っても?」
「まず一つは、大物狩りのメンバーとしては単純に力不足だ」
「な、なんでですか!?」
「てめえ、大物狩りでどのポジションをやる気なんだ?
サポートか? ディフェンダーか? それともアタッカーか?」
「え……」
ノルドは大げさに呆れたリアクションをする。
「ディフェンダーにしてはオメエの防御は微妙だ。
人間相手なら中々の防御だが、大物の攻撃を防げるかと言えばそうでもねえ。
【大盾】の奴以上にモンスターの攻撃を捌けるとも思えねえしな。
おめえの【束縛】はそこまで強力じゃねえよ」
「な! そんなこと無いですわ! 現に隊長格の人たちだって攻めあぐねていますわ!」
ノルドはニヤリとした。
「まあそうだろうな。理由の二つ目は、それだ。
お前の戦い方は対人に特化しすぎている。
【束縛】はレアなルーンだ。だから初見だと見極めるのは難しい。
それに模擬戦だと剣が使えねえからな。その触手の対応方法が無い。
まあ~俺が本気を出せばどうにかできるが……さすがにガキンチョをぶちのめすわけにもいかねえからな」
ロゼの顔が歪む。
(ほ、本気を出せばですって……! 負け惜しみよ……!)
ノルドは軽く煽るが、ロゼは分かりやすく不満を露わにした。
ノルドとしてはしてやったり。
そして仕上げだ。
「いや……まあ~あれだな。納得はいかねえかもしれねえが……最後の理由が一番大きいな」
「な、なんですか!?」
「期待の新人、『神童』な~んて呼ばれてるんだろ?
力不足は否めねえが……まあ大物狩りメンバーに入れて将来を見据えて育てるのも悪くねえかもしれねえ。
なあ? バンカース総隊長さんよお?」
「え? ああ、まあ……いや、う~ん」
バンカースはキョトンとしている。
ノルドのシナリオの終着点が見えてないからだ。
「だがよお~、それだと困ったことになるんだ」
「……困ったこと……ですって?」
「そうなんだよ」
「なんでしょうか?」
ロゼは重いトーンで問う。
ノルドは思う。こんなに簡単に物事が進むなら人生楽なんだけどな――と。
「最後の理由はだな。
オメエがそこのインベントよりも弱いってことだな」
ロゼの怒りの双眸は、そろそろこの場所にいることが飽きてきたインベントに向けられた。




