ボクらの絶対防御陣
一歩二歩――
後方にゆっくり歩いた後、ウホマルの下半身は倒れた。
宙を舞った上半身は、偶然にも下半身の近くに落下する。
まるで人体切断のマジックショーのような状況。
もちろんタネも仕掛けなく、元に戻るはずもない。
あまりにも美しく切断された上半身と下半身。
周囲の理解は追いつかず、呆気にとられる。
少し遅れて、それらがさきほどまで生きていた人間だと認識する。
更に少し遅れて、次は自分かもしれないと想像する。
更に更に少し遅れて、死が迫っていることを知る。
誰かが悲鳴をあげれば終わりである。
恐怖が恐怖を呼び、音叉のように連鎖し増幅し、パニックに陥る。
そうなればもう終わりだ。
統率が失われた弱者たちには、散り散りになって逃げるぐらいしか選択肢は無い。
「喝ッッ!!」
クラマの怒号が響いた。
その場にいる兵は驚き、口を噤む。
そしてその場の全員がクラマを見た。
『ネコちゃん』も含めた全員が。
クラマの髪は逆立ち、顔には鬼が宿っている。
そして両手を大きく広げる。
小柄なクラマから放たれる圧倒的な存在感に、皆、釘付けになる。
迫っていた死の恐怖さえ、瞬間忘れるほどに。
そして『ネコちゃん』は思い出す。
『ああ、コイツは敵だ。あの鬱陶しい敵だ』――と。
『ネコちゃん』から『獣王』に。
臨戦態勢――戦う表情に変わっていく。
そして先ほど、左前脚に微かに纏われていた幽力が、揺らぎ、濃くなっていく。
『獣王』から『雷獣王』に変わろうとしているのだ。
だがクラマは一手速い。
「さっさと退けい!!」
クラマが撤退命令を出す。
ゼナムスに? 否、誰でも良かった。
誰でもいいからさっさと逃げろと伝えたのだ。
そして――
クラマが消えた。
消えた瞬間――カンカンカンと金属を叩くような甲高い音が響く。
クラマが超前傾姿勢で駆ける。
ただでさえバランスのとりにくい天狗下駄で、あえて大きくバランスを崩すことによって得られる超高速。
【騎乗】のルーンから得られるバランス感覚を鍛え上げ、更に何年も修練を重ねたことによって会得したクラマ独自の技能。
『雷獣王』に成りきる前の『獣王』に対し――
まるで弾丸のように加速したクラマが掌底を喰らわせる。
鈍い破裂音が響く。
『獣王』は少しよろけ、距離をとろうとする。
追いすがるクラマ。
(もう一撃――!!)
大地を蹴る音。
蹴ったであろう場所から昇る砂煙。
肉薄。
続け顔面に向けた、縦拳による直突き。
体重全てを拳に乗せた一撃。
だが――
幽壁に阻まれる。
火花のように幽力が舞う。
攻撃を弾かれ、浮遊状態のクラマ。
(まっずいのう!)
振りかぶられた『獣王』の右前足。
炎のように揺らぐ幽力が纏われている。
その密度は非常に濃い。
クラマは身体を丸め、下駄の足を『獣王』に向ける。
そして後方に急発進するが、回避しきれず下駄の足で攻撃を受け――吹き飛んだ。
地平線の彼方まで飛んでいく――と思いきや20メートルほどで急停止したクラマ。
ダメージは無い。
「フウゥ~~~」
クラマは息を大きく吐いた。
(しなやかな動きに、圧倒的な攻撃力。
ただでさえ強力なモンスターじゃ……それに加え――)
「ゴオォォォォォォォオ」
腹を脈動させ、独特な鳴き声を響かせる『獣王』。
顔の周囲に、幽力で形成された鬣が形成されていく。
まるで炎のように揺らめく鬣。
更にもう一鳴きすると、形状が炎から稲妻に変わっていく。
全身を覆うような雷の衣。
『雷獣王』の完成である。
「やはり……また鬼ごっこするしかないのう」
指をポキポキ鳴らすクラマ。
だが――
『雷獣王』はクラマではなく、動揺している隊に目をやる。
「なっ!? またか!」
クラマは駆けだす。
だが『雷獣王』も駆けだす。
部隊に迫る『雷獣王』。
追いすがるクラマだが間に合わない。
圧倒的な化け物の接近に、怯え硬直する面々。
だが――盾兵部隊のリーダーが叫ぶ。
「絶対防御陣!!」
リーダーの言葉にハッとした盾兵たち。彼らの心に小さい希望の火が灯る。
『絶対防御陣』。
大量発生したハウンドタイプモンスター相手に考案された防御陣である。
オセラシアは、イング王国のようにモンスターの脅威と隣り合わせの土地では無い。
極稀にモンスターの被害に合うことはあるが、それは不運な事故扱い。
だが昨今のハウンドタイプモンスターの大量発生。
モンスター対策のノウハウが無いオセラシア自治区の人々は戦々恐々としていた。
多くの被害を出し、煮え湯を飲まされてきた。
そんな中で開発されたのが『絶対防御陣』である。
大盾を装備した五名以上が横に連なり隙間ない巨大な盾になるのだ。
この作戦が大当たりした。
モンスターは盾を回避しようとしてこない。
真正面から、正々堂々向かってくる。
テリトリーに入った外敵に対し、真っすぐ向かってくるのはモンスターの基本パターンなのだ。
そして――『絶対防御陣』は着実に成果をあげる。
成果があがればあがるほど、それは自信に変わる。
そして『モンスター恐れるに足らず』と思いだすようになっていく。
『絶対防御陣』は、モンスター退治の心の支えなのだ。
(そうだ! 俺たちには『絶対防御陣』がある!!)
盾兵たちは、絶望の中から希望を見つけたのだ。
――それがまやかしの希望だとも知らずに。
「くるぞ! 構えーー!!」
隙間無く並べられた大盾。
隙間を縫って攻撃するのは至難の業。
『雷獣王』は盾など気にせず、雷を纏った一撃を薙ぎ払う。
一人目。
上半身と盾が吹き飛ぶ。
二人目。
盾と腕部が吹き飛ぶ。
三人目。
辛うじて盾でガードするが、衝撃に肉体が耐えれず腕部複雑骨折。
三人目のルーンは【大盾】だったため、微弱ながら幽力を盾に纏っていた。
お陰で致命傷は免れたのだ。
お陰で――死を自覚する時間を稼げた。
「――あ」
――バチン。
振り上げられた前足が振り下ろされる。
痛みも感じられないまま、絶命した。
そして『絶対防御陣』は無敗神話は崩壊する。
盾兵たちは無意味だと悟り、あるものはその場で恐怖のあまり震え――あるものは脱兎のごとく逃げ出した。
『雷獣王』は猫が虫を叩き潰すように、人間を一匹一匹叩き潰す。
クラマが「逃げろ!」と叫ぶが、もうどうにもならない。
そして残されたのは盾兵のリーダーである男。
どうにか正気を保ち、盾を構えている。
彼のルーンも【大盾】であり、盾には幽力が。
お陰でなんとか一撃を耐える。
もう一撃も耐えた――が盾はボロボロに。
(終わった――)
そう思った時――
「う、撃ちなさい!」
弓兵に対し発射命令が下される。
命令したのはゼナムス――の横にいたエウラリアである。
声は裏返っているものの、立派に責務を果たそうとしている。
震え立ち竦むゼナムスとは大違いである。
「は、早く! 撃ちなさい! 早く!!」
弓兵は戸惑いながらも、弓を射る。
極度の緊張の中、震えた腕から放たれた矢は、三割近くは明後日の方向へ。
だがオセラシアの兵の弓の腕は中々素晴らしく、特に【弓】のルーンを持つ者の矢は高い命中精度と威力を誇る。
さて、『雷獣王』は――
喉をガラガラと鳴らした後――
咆哮と同時に前方に稲妻が射出された。
射程距離は短いものの、その範囲の広さに皆、呆然自失になってしまう。
皆、気付いていた。
人間は雷に勝てない。
――――『雷獣王』は倒せない。
凄惨な光景をインベントは顔色一つ変えず眺めている。
丘の上から眺めている。
インベントは――それでも動かない。
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