いつもツンツンしてる彼女がイメチェンしてました。~最悪なタイミングでイメチェンされても困るよ!?
クラマは祈っていた。
『雷獣王』と部隊の激突はもう避けられない。
三か月近く、できていたことがなぜか最悪のタイミングでできなくなってしまった。
部隊から引き離そうとしたのに、なぜかコントロールできなくなってしまった『雷獣王』。
渋々部隊に合流したクラマ。
ゼナムスには「また独断か」と呆れられた。
クラマにとって、そんなことはどうでもよかった。
重要なのは部隊と『雷獣王』を交戦させないこと。
否――『雷獣王』に蹂躙させないこと。
(アレに勝つ方法は、ロメロの阿呆を連れてくるか――
もしくはイング王国の精鋭部隊で持久戦をするしかない。
つまり……勝機は無い)
実現不可能なプランしか思いつかないクラマ。
クラマは勝つことを諦めていた。
しかしながらオセラシアの民の命を諦めるわけにはいかなかった。
可能ならば即時撤退させたい。
だがゼナムスは聞く耳を持たない。
それでもクラマは粘った。
反発するゼナムスに対して――
「見ればわかる。
アノ化け物を見れば、お前でもすぐに危険だとわかる。
だから意地を張るな。危険だと思ったらすぐに撤退命令を出せ」
あまりにも真剣なクラマに、ゼナムスは渋々「わかったわかった」と言った。
だから――クラマは祈っていた。
(どうぞ……あの馬鹿もんに、今だけでいい、正常な判断をさせてやってくれ。
意地を張らず……撤退命令を出させてやってくれ……。
神よ……!!)
**
野営地から少し離れた場所――
雷獣王殲滅作戦――最前線。
屈強な肉体を覆い隠すような大盾を装備した、盾兵を主軸に置き――
筋力が無ければ撃つことさえ難しい長弓を装備した弓兵――
そして鍛え抜かれた肉体を武器に戦う攻撃兵。
いつ『雷獣王』が現れても問題無い万全の状態で待機していた。
少し離れた場所――
小高い丘になっている場所に、高さ二メートルほどの台が造られていた。
物見やぐらの役割である。
大人ひとり立てるのがやっとの大きさだが、そこにはファティマが。
「目はいいのですよ~」――と見張り役を買って出たのだ。
そこにインベントとアイナもいる。
さて――
見晴らしのいい荒野。
ファティマはゆっくりと近づいてくる黒い物体を発見した。
「なにか来てますよ~!」
ファティマの掛け声に、舞台に緊張が走る。
そして「あれだ!」とひとりの兵が指差す。
四足歩行で巨大な体躯。
モンスターに間違いなかった。
だが『雷獣王』だとは断定できずにいた。
偶然、別のモンスターが現れたのかもしれないからである。
ゆっくりと近づいてくるモンスター。
その姿がくっきり見えるようになってきた。
だが、どれだけ近づいてこようとも『雷獣王』なのか誰も判断できずにいた。
なんと――クラマでさえも。
(ど、どういうこと…………なんじゃ?)
クラマは近づいてきているモンスターが『雷獣王』であるとわかっていた。
三か月近く逢瀬を重ねていた『雷獣王』を見間違うはずがないのである。
なのに、クラマの確信を揺らがせるほどの異常事態が起きているのだ。
ちなみに『雷獣王』という名はゼナムスが命名した。
クラマが『雷獣』と発言したので、安易に『雷獣王』と名付けた。
全身に纏った幽力がまるで稲妻のように、絶えず空気中に発散していく。
そして顔の周囲にはライオンのたてがみの様な幽力。
まさに『雷獣』。
だったのに――
(あの稲妻はどこにいったんじゃ??)
クラマが驚くのも無理はない。
『雷獣王』が纏っていた稲妻が――綺麗さっぱり無くなってしまったのだ。
更に幽力のたてがみも無くなってしまった。
これでは――『雷獣王』では無く、『獣王』である。
とは言え――モンスターはモンスター。
稲妻が消え、黒い毛並みが露わになったが大型生物であることは間違いない。
太く逞しい前腕で薙ぎ払われたら、並みの人間は即死だ。
それはもう恐ろしい……恐ろしい……
そんな時――
オセラシア兵のひとり、ウホマルという男が呟いた。
「――うほぉ、可愛ゆい」
ウホマルは細目でマッチョな男である。
表情の変化がわかりにくく、無表情な印象を受ける。
だが……大の動物好き。
そんなウホマルは『雷獣王』改め、『獣王』を見て顔を赤らめている。
『獣王』は全身真っ黒な毛で覆われているが、毛並みが良い。
そして足取りは王の威厳など感じられない、忍び足のような歩き方。
更に表情に敵意は全く見られず、若干困り顔にも見える。
『獣王』がはっきりと視認できる位置に近づいてきた。
そしてウホマルは、ニコニコしながら声を弾ませて――
「うほお~、でっかい黒猫ちゃんだあ」
と、言った。
直後、一瞬静寂に包まれた後――ウホマルに同調する者が現れる。
「確かに……黒猫だな」
「ああ、確かに可愛いな。デカイけど」
ピリついていた雰囲気が一気に解放され、和やかな雰囲気に変わる。
ひとり呆然としているのはクラマだ。
(どうなっとるんじゃ……。
どうして稲妻が消えておる……。一度もそんなことは無かった。
それになんじゃ……あの腑抜けた表情は?)
クラマはこれまでにたくさんのモンスターを狩ってきたが、すり寄るように近づいてくるモンスターなど見たことも聞いたことも無い。
そして昨日からの急変。
クラマは「わからん――なんじゃ?」と何度も何度も呟いている。
そんな時――
「おーい!? おい! 爺さん!」
ゼナムスの呼ぶ声にハッとし顔を向ける。
ゼナムスは嘲笑していた。
「ゼナ……ムス」
「爺さん、あれはどういうことなんだァ?
ど~~こに雷獣がいるんだ~?」
「い、いや……」
「それに言ってたよな?
『見ればわかる』って言ってたよな?
余にはわからんぞ~? ど~こに『見ればわかる』凶悪なモンスターがいるのだ?」
ゼナムスは「なァ~?」と周囲に同意を求める。
側近のエウラリアはもちろん、兵たちも笑いをこらえていた。
クラマは反論しようにも言葉が出ない。
ここにいるのは伝説の『星天狗』ではなく、ただのホラ吹き爺さんだからだ。
「ゲフフ。まあいいさ。
『雷獣王殲滅作戦』ではなく、『ネコちゃん殲滅作戦』を開始しようとするか」
ゼナムスは手を挙げた。
ゼナムスの動きに呼応し、10名の盾兵が『ネコちゃん』に対し馬蹄形の包囲陣を敷く。
クラマは「油断するでない」と叫ぶが、ゼナムスの耳には届かない。
包囲された『ネコちゃん』。
戸惑いを隠せない可哀そうな『ネコちゃん』。
そんな『ネコちゃん』に対し、盾兵のひとりとして包囲陣に加わっているウホマルは可哀そうだと思ってしまう。
町を襲うモンスターと明らかに違うからだ。
そして――『もしかしたら懐くかもしれない』と思ったウホマル。
ウホマルは片手で盾を構えつつ、右手で手招きを始めた。
「チッチッチッチッチッチッチ。うほほ」
子猫をあやすようなウホマルの仕草に、あるものは笑い、またあるものは少し呆れている。
だが――誰も批判したりしなかった。容認していた。
そして『ネコちゃん』はウホマルに気付き、首を傾げた。
「うほほ、いい子だなあ。
ほ~ら、チッチッチッチッチ」
『ネコちゃん』は遊んで欲しそうに左前脚を上げた。
「うほうほほ、さすがにこの大きさじゃネコパンチも受け止めてあげられないなあ」
他の盾兵から笑いが零れる。和気藹々。
『ネコちゃん』はウホマルの盾をコツンコツンと叩く。
ウホマルは確信する。
この『ネコちゃん』は大きいだけで、普通のネコと変わらないと。
「うほ、可愛いなあ――――あ……れ?」
突如、『ネコちゃん』の瞳の色が――形が――変わった。
動物好きのウホマルだからこそ気付く変化だった。
(あ、警戒されて――
あれ? うほ?)
次の瞬間――ウホマルの視界の天地が入れ替わった。
真下に空があるのだ。
まさか、自身の上半身だけが宙に舞っているとはつゆ知らず。
――惨劇が始まる。
インベントは顔色一つ変えず眺めている。
丘の上から眺めている。
インベントは――動かない。
小説家になろうといえばロングタイトル。
そしてサヨナラ、ウホマル。




