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混沌と悲劇の前に

 静かな朝だった。

 曇天だが風は心地よい。


 そして野営地に近づくモンスターが非常に少ない。

 ゼナムスは「王の威光!」と喜んだ。


 ――当然違う。


 ハウンドタイプモンスターが近づくことさえ許されない、『雷獣王』が接近しているのだ。


 圧倒的な強者に道を譲る。

 その様は、まさに『王』に相応しいと言える。


 ちなみに部隊の中にも数名、勘の良い人間がいる。

 不吉な予感、不穏な空気。


 だが残念な事に、誰も逃げはしなかった。

 不確かな()に従うことができなかったのだ。


 もしもひとりぼっちであれば、勘に従い逃げられたのかもしれない。

 だが今は、100名近い隊の中にいる。

 そして『雷獣王殲滅作戦』のために集められた人員は精鋭揃い。


 人間は群れになると安心してしまう。

 多少の不安も、群れに属している安心感が勝ってしまう。


 結果――根拠のない不安は、勘違いで片づけられてしまった。


**


 静かな朝をぶち壊す、太鼓と笛の音が野営地中心で鳴り響く。

 見張りなど最低限の人員以外は音の元に集まっていく。


 インベントとアイナはそれに倣う。


 小さな舞台が用意されている。

 宰相秘書官であるエウラリアが舞台の上に立ち、ゼナムスは後方に控えていた。


「静粛に!

 ただいまから、『雷獣王殲滅作戦』に向けて、ゼナムス王からお話がございます!」


 演説。

 作戦前、部隊を鼓舞するために、上官が演説するのは珍しいことではない。

 特に今回は、インベントにそそのかされたとは言え、ゼナムスが発案した作戦。


 ゼナムスが演説してもおかしい状況ではない。

 だが――皆知っている。


 ゼナムスは『愚王』なのだ。

 貧弱メンタルで、大人数の前で話すと吐いてしまう。


 そんな『愚王』が演説?

 相手が王ゆえに不敬な発言はできない。


 だが本音は『――ゲロ吐くぐらいなら黙っていろ』なのだ。



 ゼナムスは息を整えている。

 暖かいお茶を飲み、心も身体も整える。


(……大丈夫。今日は調子が良い)


 エウラリアが「では、どうぞ」とゼナムスに登壇を促した。

 ゼナムスは緊張を吐き出しながら「うむ」と応じ、舞台に上がる。


「ん、あ、ん!

 諸君、本日はオセラシアの歴史に刻まれるであろう一日になるだろう。

 オセラシアの精鋭たちとともに本作戦に参加できることを大変嬉しく思う」


 出だし好調。

 まともに喋り始めたことに、多少驚く聴衆。


「偉大なる前王ダイバが逝去されてもう20数年。

 彼は複数の豪族に支配されていたオセラシア全土に泰平をもたらした。

 争いの火の海にさらされた国民たちに、平和と言う希望の光をもたらしたのである。

 そして豪王ダイバと入れ替わるように産まれたのが余、ゼナムス・オセラシア・ハイテングウである」


 ゼナムスは息継ぎをする。


(うむ、問題無い! 今日は行けるぞ!)


「平和と繁栄の道を歩んできたオセラシア自治区。

 だが我々は未曽有の危機、痛ましい現実に向き合わねばならぬ時が来ている。

 北部の森から次々と現れるモンスターには、今もなお苦しめられている。

 しかし我らは屈してはならぬ! 継承してきた平和の光を絶やしてはならぬのだ!」


 聴衆が騒めいている。

 まさかまともに演説が行われるとは思いもしなかったのだ。


 自分の言葉に胸が熱くなるゼナムス。


「モンスターには煮え湯を飲まされてきた! 防戦一方であった!

 それは認めよう。

 だがこれからは打って出る。こちらからモンスターを駆逐し、防衛戦線を押し上げていくのだ!

 そしてこの『雷獣王殲滅作戦』は、試金石となるであろう!

 『星天狗』さえも対処できなかった『雷獣王』を必ずや――か、必ずや――」


 石の小屋に飾られた剣。インベントがプレゼントした剣。

 その剣を指差し「あの剣で、雷獣王の首を叩き斬ってくれる!」と言い、演説を終えるはずだった。


 だが――


(うぷ!? な、なんで!?)


 突如、強烈な吐き気に襲われるゼナムス。

 何度も何度も味わった忌々しい吐き気。


(あ、あと一言なのに! どうして! どうしてえ!?)


 どうにか胃からせりあがってくる忌々しいブツを押し戻そうとする。

 だがどうにもならず、口を両手で押さえる。


 兵たちは口には出さないが「ああ、またか」と呆れ顔になる。


 珍しく流暢に演説していたのに――

 少~しだけ期待していた分、落胆も大きい。



 そして決壊した。


**


 ゲロ王のゲロ王たる所以を目撃し、アイナはゼナムスを憐れんだ。

 ファティマは笑いを噛み殺していた。

 兵は呆れていた。

 クラマは全身の力が抜けていくような、情けない気分に陥った。


 しかしまあ、『愚王』として平常運転だったと言える。



 だがひとりだけ。

 やはりインベントだけが違った。


 アイナが「やっぱゲロ王だったな~」と声をかけようとした時――


「――いい演説だったねえ」


 と呟いた。


「は?」


「なかなか良い演説だったじゃない?」


 アイナは全く同意できず「ど、どこがだよ」と首を横に振る。


「王らしい演説って結構難しいと思うんだよね~。

 コンパクトだし、悪くない演説構成だったんじゃな~い?

 ……まあ声質がちょっと微妙。

 ()()()()は変えたいね。イケダとかオオツカ……フフ、渋過ぎか」


「セ、セイユー?

 まあ、よくわかんねえけど、最後があれじゃあなあ」


「ああ、最後は酷いね。確かに台無し……。

 そうか……そうだよねえ。

 あんな風に吐いてたら、まさに『愚王』……って思っちゃうよねえ。

 な~る~ほ~ど~ね」


「ん~? なんだよ。

 なんか気になる言い方だな」


 インベントは鼻で笑う。


「アイナは、あの王様がクソだと思った?

 『愚王』って呼ばれて当然な男だと思った?」


「いや、まあそりゃあ」


「ザコメンタルで、ゲロ吐いちゃうのは確か。

 でも美術的な教養は高いし、まともな演説を考えれる知能もある。

 【故郷オセル】のルーンが強力なのも確か。

 高圧的ではある――って言っても王様なんてあんなもんだろうし。

 もっと暴虐性が高いのかと思ったけど、そんなこともなかったし。

 それに、小太りだけどまだ若いよね~?

 決めつけちゃうほどのクズな『愚王』なのかな~?

 うふふふふふ」


「いや……そりゃあ……。

 だけど、やっぱり行いが悪かったから『愚王』なんて呼ばれるようになったんだろ?

 聞いた感じ、国民の共通認識になるぐらい広まっている。

 でなきゃそこまで浸透しないって」


 インベントは笑う。


「なるほど、そうだよねえ。

 国民に浸透するってことは、ことごとく失敗し続けたんだろうね。

 それも恐らく……大舞台ばかりでね。

 ――ま、どんな()を使ってるのか知らないけどね」


 アイナは「ん? 手? 手~? 手段ってこと?」と問う。


「そうだよ。なにかしらの方法でゼナムスは失敗するように――ゲロを吐くように操作されている。

 まっ、ゼナムスは『愚王』に仕立てられてるのよん」


 さらりと発言したインベント。

 だがアイナは思考が追い付かない。


 アイナは「シタテラレテ?」と数回復唱する。

 そして『仕立てる』という言葉に変換する。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょい待てい!

 話が飛躍しすぎだろ!」


「アハハ~、事実だよ」


 アイナは頭を抱える。


「いやいやいや! なんでわかんだよ!?

 そもそも王様に会って数日しか経ってねえのになんでわかるんだよ!?

 名探偵か? コノヤロウ!」


 インベントは本当に楽しそうに笑う。

 そして――


「確信はあるんだけどね。

 まあ、証拠は無いかな~。

 ふふん、でも大丈夫さ」


 インベントは眼鏡を位置を直すような仕草をした。

 もちろん眼鏡なんてかけていない。


「この殺人事件のトリックは必ず俺が暴いてみせる!

 名探偵モロタ・デクドーの名に懸けて!」


 インベントの決め台詞が鮮やかに決まった。




「いや、誰だよ……。

 お前はインベントだよ。

 そんでもって、殺人事件なんて起きてねえよ」

モロタ・デクドーは、見た目は子供。中身は色黒高校生探偵である。

ヒロインはセヤカ・テクドー。ライバルにホンマ・カクドーがいる。


……ブクマ、評価よろしくね★

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― 新着の感想 ―
[一言] わー(拍手) …ってなってたのにずっこけたじゃろうが工藤ー!!!!!
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