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もう遅い

 【フェオ】のルーン。

 動物の考えが多少理解できるようになったり、風向きが読めようになるルーン。


 また、全体的に危機察知能力が高い傾向がある。

 虫の知らせ――説明困難な勘が働くことが多い。


 だが、『門』を開き【フェオ】のルーンが強化された者は、もっと具体的に危機察知が働くようになる。


 危険な方向から風が見えるようになるのだ。

 もちろん風は可視できるものではないが、色がついた風のようなナニカが見えるようになる。



 さて――

 インベントがオセラシアにてゼナムスと遊んでいる時――


「――!?」


 『宵蛇よいばみ』の隊長であるデリータ。

 任務のため移動中だったが、咄嗟にある方向に視線を向ける。


(なん……だ?)


 突如――視線の先、オセラシアの方角から、妙に粘っこい風が吹いてくる。

 そして――自身に絡まってくる。

 まるで手招きするような風。


「ハハハ、どうした~? 事件か~?」


 デリータの前方にいたロメロが振り向いた。

 デリータの咄嗟の動きに反応したのだ。


 じっとロメロを見つめるデリータ。


「ん? なんだ?」


「――いや、なんでもない」


「ふ~ん、そうか」


 デリータは大きく息を吐いた。


(この風の原因は――ロメロではないな。

 やはり……クラマ様か?

 ……鬱陶しいな)


 デリータにとって、予測不能な風を起こすのは、大抵この二名なのだ。


 進化した【フェオ】のルーンであっても予知できない――

 そんな予測不能な風を巻き起こすのは決まって『門』を開いた人間である。


 だが――そんな風を巻き起こしたのはインベントである。



 そしてほぼ同時刻――


 デリータが風を感じるよりも早く――

 デリータの姉であるクリエも神猪カリューに跨り、遠く遠くを眺めていた。


 風の発生源であるナイワーフの町の方向を眺めつつ――

 肩を落とし「――ああ、だめだったか」と嘆いた。



 更に――もう一人。

 インベントが巻き起こす風に反応していた。

 そして、すぐに動き出した。



****


 ゼナムスが、クラマでも倒せないモンスターを倒しに行くことが決まった。

 決行日は明後日。


 自室に戻ったファティマはベッドに寝転がる。


「ククク……素晴らしい」


 インベントが大立ち回りを演じたインベント劇場。

 興奮冷めやらぬファティマは目を閉じて、感慨にふける。


(まさかこんな結果になるなんてね。

 私はあのふたりがゼナムスの機嫌を損ねて殺されたりしないように事前に情報を提供しただけ。

 何事もなく終わり、解放されればそれで良かった。

 なのに――)


 ファティマが提供した情報は、さほど多くない。

 短い時間の中でゼナムスの機嫌を損ねないために、要点を伝えただけだ。


 だが――


(まさに大立ち回り。

 ゼムナスを嫌味にならない程度に持ち上げ、共感し、迅速に良好な関係の構築。

 お爺ちゃんを共通敵にしたのは素晴らしい手段。

 でも……お爺ちゃん、インベントたちにも嫌われているのかしら? 少し心配だわ)


「うふ、ふふふ」


 ファティマは笑いが止まらない。


(――そう、お爺ちゃんが登場したのには驚いたわ。

 でも、そんな突発的な出来事さえも冷静に対処した。

 そして『星天狗』さえも利用した)


 一歩間違えれば、インベントは拘束される状況。

 そんな状況で、ゼナムスを揺さぶり、ゼナムスを誘導したのだ。


(大物――本当に大物だわ。

 まるで演劇の役をこなすかのように淡々と。

 そういえば彼、何歳いくつだったかしら?)


 ファティマがインベントを大物だと感じたのも当然と言えば当然である。


 なぜならばインベントにとって、ゼナムスとの謁見は『王様と謁見イベント』でしかないのだ。

 頭に浮かんだ選択肢の中から、ベストだと思われる選択肢をただ選ぶだけ。

 緊張などするはずもない。


 まるでゲームをプレイするかのように、他人事でイベントを消化しているだけなのだから。



(でも……まさか、ゼナムスが決断するとは意外だった。

 あのゲロを動かすなんて、たいした雄弁家。

 でも――妙なのよね。

 あのゼナムスが即座に決断するなんてあり得ない。

 いつもなら保留するか、否定から入るはず。

 それだけインベントの言葉に感銘を受けた?

 なにか……ひっかかる)


 ファティマは起き上がり、窓の外を眺めた。


(ああ――あと窓ね。

 あの時、偶然割れたのかしら? にしてはタイミングが良すぎたわ。

 彼がやったのかしら? どうやったのか見当もつかないけど)


 窓を割ったのはインベントで間違いない。

 そのことに気付いているのは、アイナとクラマのみ。


 しかしながら、可能性だけで言えばファティマも、インベントと同じ手段で窓を割ることができる。

 なぜなら――


「よいしょっと」


 ファティマは、虚空に手をかざす。

 そして前進させた手は、この世界から消えていく。

 現世うつしよから幽世かくりよへ。


 そう――収納空間の中に。


 そして――ゆっくりと時間をかけてあるものを取り出した。

 ナイフである。


「うふふ……時は来た。といったところかしら。

 ――ですです~」


 ファティマのルーンは【ペオース】である。


 そして、ファティマが収納空間から取り出されたナイフ。

 それが刺さる相手は――――


****


 ゼナムスは、クラマが手を焼くモンスターを倒す作戦を『雷獣王殲滅作戦』と名付けた。

 そして隊が組織される。その数総勢98名。


 そして道案内役としてクラマ。

 ゲストとしてインベントとアイナが加わった。

 インベントが「ぜひ同行させてください」と申し出たのだ。


 モンスター一体に対してかなりの大所帯。

 ゼナムスの本作戦を成功させるという並々ならぬ決意を、人数の多さが物語っている。


 だが――

 人数が多ければ多いほど良いとは限らない。


 モンスター狩り――それも特殊個体イレギュラーや大型モンスターを狩る際――

 人数はもちろんだが、個々人の質の高さが求められる。

 なぜならば、弱者は足手まといにしかならないからだ。



「おお、インベントよ。それにププリッツ」


 ナイワーフの町から出発する前――

 待機場所の片隅で座っているインベントと、ププリッツことアイナに声をかけたのはゼナムスだ。

 ゼナムスのすぐ後ろにはエウラリアが。


「これはこれは、おはようございます。ゼナムス王」


 インベントの形式ばった挨拶に続きアイナも挨拶する。


「グフフ、どうだ? 我が兵団は?

 精鋭たちを集めたのだ。これならばモンスター如き恐れるに足らん」


「さようでございますね。

 後は王がトドメを刺せば――」


「グフ、余の評判は鰻登り!」


「ええ、ええ。私は後方で見学させていただきますよ」


「ああ、わかった。

 なにか欲しいものがあれば、後方部隊に言うがよい。

 エウラリア。後方部隊にふたりは客人としてもてなすよう伝えよ」


 エウラリアは眉一つ動かさず「はい、伝えてまいります」と答える。


 アイナは――申し訳なさそうに笑う。


(インベント的に言えば、王様の好感度は上がった。

 けどもまあ、王様以外の人たちはそんなこと無えよなあ。

 まだ敵国の人って感じだろうし)


 オセラシアの精鋭部隊に同行する場違いな状況。

 かったるさマックスなのだが、アイナに拒否権は無い。


(まあ、王様との謁見はインベントのお陰で切り抜けたしな。

 なぜかモンスター退治に同行することになっちまったけどさ)


 アイナは大きく欠伸をしつつ、遥か遠くを眺めるインベントの横顔を見る。


(モンスター倒すためだけに、あそこまでやるとはねえ~。

 相変わらずモンスター狂い(インベント)してるぜ~)


 ガラスを割り――

 『愚王』と罵り――

 王の心を揺さぶり、結果的にはモンスターを狩るように促した。


 全てはモンスターを狩るため。

 インベントの行動原理としては間違っていない。


 ――と思えた。

 だが――


 アイナは疑問に思う。


(あっれ? な~んで王様に狩らせようとしてるんだ?

 いつもなら、真っ先にひとりで飛び出しちゃうだろうし。

 そもそも『狩らせる』って発想がおかしくね?

 まどろっこしい……。

 インベント……らしくない)


 アイナはインベントのことをよく知っている。

 モンスター大好きな変態さんだとよ~く知っている。


 『モンスターブレイカー』というゲームを夢で見ることも知っている。

 夢から影響を多大に受けていることも知っている。


 そう――

 急に戦い方が変化したり、急な女口調になるのも夢の影響――


 アイナは、多少の変化であれば、また夢の影響を受けているんだろうと思うようにしている。



 だが『モンスターを狩る』という執念。

 それはインベントの根幹にある信念。


 アイナが出会ったころから一貫して変わらないインベントらしさ。

 そんなインベントらしさに――なにか歪みのようなものを感じるアイナ。


 インベントの異常に気付き始めたアイナ。

  


 その異常にもう少し早く気付いていれば、未来は大きく変わったかもしれない。

 だが手遅れ。もう遅い。



 賽はもう――投げられている。

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