インベント劇場
『愚王』。
インベントの一言でその場の空気は一変する。
ゼナムス本人はもちろん、その場にいるもの全てが、ゼナムスが民衆から影で『愚王』と呼ばれていることを知っている。
そして――ゼナムスの前では禁句であることも知っている。
ゼナムスは顔を歪ませる。
そして隣にいるエウラリアはもちろん、オセラシア兵全員がインベントを睨みつけている。
だが、全方位から突き刺さる視線にもまったく動じないインベント。
逆にアイナは混乱し、開いた口が塞がらない。
ここまで上手く事が運んでいたのに、なぜぶち壊すのか意味が分からないのだ。
(こ、好感度はどうした!? だ、だめだ~! 終わった~!)
クラマは呆然としている。
(ゼナムスはプライドだけは高い男じゃぞ。
こりゃあ、自殺行為)
ただひとり――ファティマだけは、口元を手で隠している。
愉悦の笑みが周囲にバレないように。
(うふふ、凄い。予想外。
でもどうするのかしら? インベントさん。
この状況がひっくり返るとでも?? ふふふのふ~)
絶体絶命。
ゼナムスが「ひっ捕らえろ!」と命令すればすぐにインベントは拘束されるだろう。
一刻の猶予もない状況――
そんな状況の中、インベントの選択肢は――
・謝る
・言い訳をする
・諦める
・???
※時間制限:10秒
ノベルゲームやアドベンチャーゲームは、選択肢によって物語が進んでいくゲームだ。
本来時間制限の無いこれらのゲーム。
だが稀に、時間内に選択肢を選ばなければ強制的に失敗になるケースがある。
時限式選択肢は、正しい選択肢を選ぶことはもちろん、時間内に焦らず選択しなければならない。
ゲームであっても多少焦る状況。
それでもインベントは慌てない、狼狽えない。
(さて……どうでるかしら?)
インベントはあえて悠長に待つ。
実際には無いのだが制限時間をあえて無視する。
誰かが怒鳴るか、行動を起こすまで待つ。
インベントの選択肢は『沈黙』だった。
ゼナムスは待っていた。
自分以外の誰かがインベントに対し、批難するのを待っていた。
ゼナムスはこれまでのやりとりでインベントに対し好感を持っていた。
話の分かる少年。
イング王国は依然敵国だと思っているが、インベントは中々見どころがある。
それがインベントに対しての評価。
だからこそ、頭ごなしに怒鳴りつけたくないと思っている。
インベントが『愚王』と発言したのは、侮辱するつもりは無く、何かの間違いだと思っている。
「無礼だぞ!」と誰かが言ってくれれば、「まあまあ良いではないか」と寛大な王を演じようと思っている。
だが――
親衛隊たちも発言に躊躇していた。
ゼナムスがインベントに対し好感を持っているのは、皆が感じている。
インベントは『愚王』と発言するまでは客人として扱われていた。
そんなインベントを取り押さえて良いのだろうか?
それにインベントはイング王国の人間。
『愚王』という意味さえ知らずに発言しているかもしれない。
正しい選択肢がわからない。
選択を間違い、逆に王の怒りを買ってしまえば自分自身の首が飛ぶかもしれない。
だからこそ――この状況で発言すべき人物。
王の隣――宰相秘書官であるエウラリアに視線が集中する。
だが――エウラリアさえも発言を躊躇していた。
発言の譲り合いが産みだす沈黙。
ゼナムスは辛抱ならず、ぷるぷるし始める。
ぷるぷるして、顔が真っ赤になる。
なにか言葉を発しようとするが――
急遽、両手で口を押さえだした。
インベントは誰にも聞こえない声で「ああ、ゲロ王だったな」と呟く。
そして、自ら作り出した沈黙を自ら破っていく。
「――ゼナムス王」
「む、む?」
「ご存じの通り、私はイング王国の出身です。
そしてずっとサダルパークにいたため――」
インベントは掌を真上に向けた。
「この塔に跨る――勇猛な虎。
巨大な像を見た時、感銘を受けました」
「うえ……?」
「これほど見事な像は見たことがありません。
大きさはもちろんですが、細部の造形、そしてまるで生きているかのような猛々しさ。
私も運び屋の端くれ。美術品には眼がありません。
これほどの像を造りあげたのが王であると聞いたとき、感動せずにはいられませんでした」
「ゲ、ゲフ、ッヒヒ」
「ですが…………『愚王』――」
ゼナムスの表情は、喜びと憤りを行ったり来たり。
「信じられませんでした。民から尊敬されるべき王が、愚か者扱いなど」
ジェットコースターのように感情を揺さぶられるゼナムス。
ゼナムスの取り巻きは思う――
このイング王国の少年はなにを言い出すのかと。
だが、次にどんな言葉を紡ぎだすのか気にならずにはいられない。
止めるに止められない。
次第に場がインベントの言葉によって支配されていく。
ゼナムス以外に口を挟める状況ではなくなっている。
綱渡りの会話。
一歩間違えば、ゼナムスの怒りを買う。
それでもインベントは切り込んでいく。
「ああ、そういえばですね。
恥ずかしながら私も王と同じような経験をしたことがございます」
「同じ……ようなだと?」
「ハハハ、まあ、ゼナムス王とは比べ物になりません。
ですが――私もゼナムス王同様、優秀な肉親がいます。
私の場合は、優秀で偉大な――父が」
インベントにとっての父が、ゼナムスにとってのクラマだと。
似た者同士であるというアピールだ。
「ちなみに私の父は『商業王ロイド』と呼ばれています。
運び屋を経営し、弟子は1000人を越えています。
私はそんな父の一人息子――プレッシャーは絶大でした」
ゼナムスは真剣にインベントの話に耳を傾ける。
もちろんインベントの話は大半が嘘である。
父ロイドは今頃、大きなくしゃみをしているだろう。
「そんな偉大過ぎる父がいると、どれだけ努力をしても正当に評価されません。
普通のことは出来て当たり前。失敗すれば親の七光り。
私だって努力はしているのに……そんな憤りを感じたことは何度もございます」
運び屋の父の期待を裏切り、森林警備隊に入ったインベント。
そもそもお調子者のロイドに比べ、沈着冷静なインベントは運び屋としても非常に評価が高かった。
すべてはゼナムスの境遇に合わせた嘘八百。
だがインベントの嘘を証明できるのは、アイナぐらいである。
「偉大な親という壁を越える方法は二つあります」
「そ、それはなんだ?」
「一つは地道~に努力することですね。
長い時間をかけて、地力をつけ、自分という存在価値を証明していく」
まずは王道の正解を提示。
ゼナムスからすれば『そんなことはわかっている!』。
インベントからすれば『どうせ、キミにはできない』――答え。
自ずと興味を惹かれる――二つ目の答え。
「そしてもう一つは――――結果ですよ」
「……結果?」
「大きな結果を一つだけでいい。
おじいさんよりも優れた結果を、たった一つでもいい。出せばいいんですよ。
それだけで潮目は変わるでしょう。
『愚王』はあなたが愚かだからではない。
偉大なる『星天狗』に比べて、劣っているから愚かな王だと思われているだけです」
インベントの眼光がゼナムスの視線を逸らせる。
「だ、だが……その結果をどうやって得ればいい。
それが出来れば苦労しない……」
辿り着く。
逆算された正解に。
「あるじゃないですか」
「な、なにが?」
「結果ですよ」
「うぇ?」
「かの『星天狗』でも倒せないモンスターが――」
クラマは突然の展開に「は?」とだけ。
「『星天狗』が倒せないモンスターを、あなたが倒すんですよ。
ゼナムス王」
「余……余が?」
インベントの提案に、ゼナムスはあっけにとられる。
「ば、馬鹿言うんじゃないわい!!」
クラマがゼナムスとインベントの間に割って入る。
「こやつにアレが倒せるわけがなかろう!」
インベントは語気を強めて――
「そんなことはわからない!
少なくとも【故郷】のルーンなら対抗できる可能性は高いのでは?
これだけ立派な虎の像を造れるんです。
牢に閉じ込めたりできるんじゃないですか?」
「そ、それは……。
い、いや! こやつには無理じゃ!
そんな意気地は無いわい!」
クラマの発言は、不敬な発言である。
だが、誰も責めはしなかった。
『どうせできない』。
『そもそもやろうとしない』。
ゼナムスが『愚王』であることは民衆よりも、この場にいる皆が理解している。
だから――断るだろうと思っていた。
どうせ『王が安易に動くべきではない』と言い訳するだろうと思っていた。
ファティマも――
(インベントさん。
なかなか素晴らしい演説でしたが、それぐらいで動くゲロ王では無いのですよ)
――と、確信していた。
だが――
「――余は、やるぞ!
余が、モンスターを退治して見せよう!」
歴史が――動いた。
動いてしまったのだ。
広告の下の☆☆☆☆☆から応援よろしくお願いします!




