ゲロ王
現在のオセラシア自治区の王。
その名はゼナムス・オセラシア・ハイテングウ。
特別なルーンである【故郷】を授かり――
巨大な虎の石像を造った男であり――
『星天狗のクラマ』の孫であり――
クラマを憎んでいる男。
インベントは「設定盛り過ぎねえ」と嘆き――
アイナは「い、色々よくわからねえんだけど!」と困惑する。
「で、ですよねえ~、申し訳ないです~。
簡潔に説明するとですねえ、ゼナムスは【故郷】のルーンを授かったクラマ様の孫です。
オセラシア自治区の決まりに則り、産まれた時から王の座を約束されていました。
あ、ここまでは大丈夫ですか~?」
「あ、ああ」
「ですがゼナムスは本物のオバカさんなのです~。
どうしようもないクズでカスでゴミ人間なのです~」
「お、おいおい……。
ゼナムスってのは王様なんだろ?
悪口言ったりしたらマズいんじゃ?」
ファティマは笑いながら指をクルクルと回す。
「だから~人払いしたんじゃないですか~。
彼らはゼナムスと繋がっちゃってるので、追っ払ったのですよ~。ふふふ~」
アイナは苦笑い。
インベントは馬鹿にするように――
「二世の出来が悪いなんて珍しいことじゃない。
産まれた時から王様扱いされたら、増長して、傲慢になって、ひねくれてもおかしくないんじゃない?」
「どちらかと言えば――逆です~」
「ん~? 逆?」
「確かにゼナムスは産まれた時から王として扱われました。
皆、気を使っていましたし、まるでガラス玉を扱うように大事に大事にしてました~。
ですが、クラマ様は別です。
徹底的に厳し~く接したのです~」
インベントが「なるほどね」と頷く。
アイナは――
「つまり、クラマさんが英才教育したせいで反発して、逆にクラマさんを嫌うようになったってことか?」
ファティマは首を横に振る。
「確かにクラマ様は厳しかったです~。
ですがクラマ様はな~にひとつ悪く無いのです~。
悪いのは、ぜ~~んぶゼナムスのゴミカスクソ野郎のせいなのです~」
「ぜ、全部?」
「ゼナムスは何をやっても失敗続きなのです。
というよりも精神面がクソ雑魚なのです~。
プレッシャーがかかると、すぐにゲロしちゃうんです~」
アイナは「ゲロって、あの?」といい、嘔吐の真似をする。
「はい~ゲロですよ~。ゲロゲロ~。
大勢の前に立つとゲロしちゃうんです~。
ど~しようもないクズゲロ野郎なのですよ~」
インベントはせせら笑い――
「メンタルがクソザコナメクジなのね~。
そりゃあ王としては欠陥品だわ」
ファティマは首を縦に振る。
「全く持ってその通り――
ですがインベントさん」
「ん~?」
「ゼナムスは王として不適合者。
だからこそ、民衆は影で『愚王』と呼び蔑んでます。
ですが王としては欠陥品なのですが、能力面では凄まじいのです。
――忌々しいことに」
そう言ってファティマは虎の像を指差した。
「おふたりはあの虎の像を知らなかったそうですね~。
『愚虎』と呼ばれていることも知らなかったと聞いてます~。
オセラシアの民ならば誰でも『愚像』のことは知ってます。
『愚王』が作った愚かな像としてです~。
ちなみにサダルパークの町の近辺には『愚像』はありませんが、オセラシア各地に『愚像』があるんですよ~。
虎以外にも、馬、鳥、猿などなど、その数全部で14体」
「う、うぇ? あんなのが14体もあるの!?」
「うっふっふ~そうなのです~。
ちなみに建造された理由は様々で、『愚虎』に関しては――
『来たるべき脅威に対し反旗の咆哮を――』……という愚かな理由です~」
ファティマは溜息の後――
「ことあるごとに像を造りやがって……あのクソミソが」
――とぼやいた後、「で、ですう~」と笑って誤魔化した。
「ねえ、ファティマさん」
「なんでしょう? インベントさん」
「【故郷】のルーンは石像を造る能力?
石像を産みだす能力?」
「さすがに無から石像を創りだすわけではないですよ~。
まず、国民に石材を集めさせます。この時点で国民はうんざりですね~。
そこからが【故郷】の出番。
石材を変化させていくんです~」
インベントはニヤニヤしながら「ハガレン……いやナルトか?」と呟いた。
「ちなみにあの虎の像は、製作日数三日といったところでしょうか」
「あ、あんなのを三日で作成したのかよ!?」
「そうなんですよ~アイナさん。
ちなみに先代のダイバ王は巨大な像を作成したりできなかったそうです。
つまり……忌々しさの極みですが、ゼナムスは【故郷】の扱いだけは天才的なのです。
ですがやっぱりゲロ王はゲロ王。
王としては不適格で、国民からの支持は得られません。
支持されないのに、馬鹿みたいな愚像を作り続ける。
ゼナムスなりの自己顕示なんでしょうが、逆効果です~」
ファティマはパンと柏手を打った。
「話が長くなってしまいましたです~。
とどのつまりですね~、ゼナムスは国民に愛されてません~。
なのにクラマ様は人気抜群。
ゼナムスとしてはクラマ様が疎ましい。
そんなこんなでふたりは険悪極まりないのです」
「ハア~めんどくさい状態なんだなあ~。
なあ、インベン……ト?」
インベントは目を細めている。
疑惑や疑念に満ちた表情。
アイナは初めて見るインベントの表情に困惑する。
「ど、どうした? インベント?」
インベントは表情を変えず「ふたつ気になることがある」という。
「うふふ、なんでしょうか~?」
「ひとつめ。
色々話を聞けばわかるかと思ったけど、今でもあなたが何者かわからない。
衛兵を人払いできるぐらいだ。偉い人なことは確か。
でも、まったく軍人には見えない。貴族的な立場?
にしてもこの場に来る理由が――」
ファティマは「やはりインベントさんは優秀ですねえ」と前置し――
「まあ、ゼナムスのことを散々批判しましたが私も私でクズのひとりです。
私の名は――ファティマ・ハイテングウ。
クラマは私のおじいちゃんであり、ゼナムスは私の弟です」
「えええ!? お姉ちゃん!?」
「はいなのです~。
ちなみに私たちは三人兄弟。
ガラム兄さんと、私、そしてゼナムスです。
ちなみにガラム兄さんはと~っても優秀ですが、優秀過ぎてゼナムスに嫌われて第一辺境偵察兵団の団長をさせられちゃってます~」
「辺境偵察兵団?」
「オセラシアの遠方を巡る兵団なのです~。
大半が移動なので辛い辛いお仕事なんですよ~。
それに比べ、私は遊んでばかりのクズ姉さんなので、フラフラしてるわけですよ~」
アイナは呆れ「それでいいのかよ……」と嘆くが――
インベントは「クズな――フリしてるわけね」と言うが――
ファティマは笑顔を崩さない。
「目をつけられたくないので、クズでいるほうが楽ちんなのです~。
そ~んな状況に甘んじている時点でやっぱりクズでしょ~う?」
インベントは嫌味っぽい笑みを浮かべて「まあいいよ。ファティマーー皇女殿下」と言う。
ファティマはやはり表情を崩さず「ふふ」と笑うだけだった。
「なるほどね。
王のお姉さんであれば内情にも詳しいし、そりゃ尋問官をあしらえる」
「あはは~、本当は権力を振りかざすのは苦手なのです~」
インベントは顎に手を当て、首を捻る。
「うん……やっぱりわからない。
どうして見ず知らずの私たちに、ここまで情報をくれるのか?
私たちは、敵国のイング王国の人間。
オセラシアのお家騒動に興味は無いけど、あまりペラペラと話していい情報では無かったと思う。
なにか――お望みでもあるのかな?」
「うふふ、私が見返りを求めてるとでも~?
それは残念ながらハズレなのです~」
ファティマはポンと手を叩く。
「色々とお話しさせてもらったのはですね~。
事前準備が必要じゃないかと思ったからですよ~」
「事前準備? なんの?」
「実はですねえ――ゼナムスのボケナスがおふたりに会いたがってます~」
そう聞いたインベントは――
「そっちのルートね」と笑みを浮かべた。




