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オセラシア

 ファティマ以外の四名尋問官は、前回同様に支給されたであろう制服を着用している。

 だがファティマはオセラシアの一般的な服装である。


 加えて、尋問官たちが努めて無表情にしている中、にこやかなファティマは一層浮いた存在。

 しかしながらその笑顔は魅力的であり、荒野に咲く花を見ているかのように、アイナは安心感を抱いていた。


 だが、インベントは一目見た瞬間からファティマという女を警戒していた。


(笑顔が気味悪いわねえ。

 この手のキャラは裏があるのが相場で決まってる。

 なぜ一般人を装ってる? 一般人がこの場所に呼ばれるわけなんてないし。

 尋問官の上司? だとしたら偽る必要が無い。

 私たちを油断させるため?

 実はこの女は道化で、裏から念話で指示されている可能性もあるか。

 そこまで手の込んだことする?)


 何者かわからず、グルグルと思考を巡らせるインベント。


 そして観察しているなかで確信する。

 明らかにファティマは他の尋問官よりも偉い立場であることを。


 尋問官たちはファティマに対し、特段目上扱いをしているわけではない。

 だが、ふとした瞬間の仕草が、明らかに目上に対してのそれなのだ。


 尋問官たちは演劇のプロではない。

 装うことはできても、完璧に演じることはできない。


 どういうわけかファティマの素性をばらさないように指示されているのは明らかだった。


(油断させて――なにをしようとしている?

 相手のルーンもわからないからねえ……いざとなれば――)


 インベントは最悪の事態を想定し、いつでも武器を取り出せるように準備している。

 インベントが警戒していることを察し、ファティマは目を潤ませる。


「うう~……警戒されてしまいましたです~。

 インベントさんは確か運び屋さんでしたねえ。

 やっぱり人の機微とかには敏感なんですね、ごめんなさいです~」


 ファティマは頭を下げる。

 ファティマが頭を下げる様に他の尋問官は怪訝な顔をした。


(『誰に頭を下げさせてるんだ』ってか?

 ったく、誰なんだよ?)


「色々お話聞きたいだけなんですよ~。

 う~ん……ああ、でもでもお話ししにくいですよねえ~こんなに人がいっぱいいると。

 よ~し、あなたたち外で待ってなさい」


 ファティマの提案にその場にいる全員が目を丸くした。

 そして尋問官の一人が――


「は!? な、なにを馬鹿なことを」


「あ、私のこと『バカ』って言いました? 今言いましたよね~?

 あ~不敬です~。不敬ですよ~?」


 尋問官は狼狽し「ち、違います!」と首を振る。


「伝達事項は私から伝えます~。

 もしも危険だったらちゃんと呼ぶんで大丈夫ですよ~。

 だからちょっと出ていってくださいです~」


「い、いや、しかしですね」


 ファティマは笑う。


「こーーんな私でも、あなた一人をどうにかするぐらいの力はあるんですよ~?

 さ、出てった出てったです~。しっしっし~」


 渋々と出ていく尋問官たち。

 そして部屋の中には三人だけ。



「な、なんだこの状況……」


 状況についていけていないアイナ。


「さてさて~お話を続けましょう~」


 マイペースに話を続けるファティマ。


「そうですね」


 平常心を貫くインベント。


「えっとですね~色々聞きたいんですが、こちらから聞いてばかりでは失礼ですね。

 質問があるのであれば私が答えられる範囲で答えますよ~?」


「それはありがたいですね。

 アイナ、なにかある?」


 アイナは「え? ま、任せる」と言う。


「そ。それじゃあ俺から。まずは――

 オセラシアは俺たちを拷問や殺害する気があるかどうか」


 アイナは「ハア!?」と絶句する。

 インベントは射貫くような瞳でファティマを観察している。


 だがファティマは笑顔を崩さない。


「う~ん、ほぼ、無いです~。

 拷問しろ~とか死刑にしろ~って人もいますが、流れとしては現状維持ということになってます~」


「ふ~ん……現状維持ってのはクラマさんが戻ってくるまで待とうって感じ?」


「まあそうですね。なので身の安全は保障しますよ~」


「わかりました。

 あと、クラマさんって何してるんですか?

 いつ戻ってくるんですか?」


 ファティマは申し訳なさそうに指でイジイジする。


「実はクラマ様がなにをしているのかわからないのです。

 恐らく町の周辺にいるとは思うのですが……う~ん。

 アハハ、なにしてるんでしょうねえ……」


「ん? この状況で遊んでるわけはないですよね?」


「も、もちろん。絶対に国のために尽力してるはずなのです~。

 だ、だけど……色々とあって、表立って行動できないというか……」


 アイナが「ちょ、ちょっと待って」と言い――


「クラマさんってのはイング王国でも英雄的な扱い。

 オセラシアでは違ったりするのか?」


「いえいえ! そんなことはありません!

 もちろん英雄ですよ~。

 先代の王、『豪王』ダイバ様の右腕として、オセラシアの平定、イング王国と友好を築いた立役者。

 『星天狗ほしてんぐ』の名はいまだ健在です~。

 そして――おそらく今でもオセラシアにおいて個人戦力としては最強。

 誰よりも有名で、誰よりも人気があります」


 アイナは改めてクラマの凄さを知る。

 だがやはり腑に落ちない。


「そんなクラマさんが表立って行動できないってのは」


「いやはや……お恥ずかしい話ですが、内輪揉めなんです」


「内輪揉め?」


「クラマ様は影響力がありすぎる。

 それが気にくわない人物がいるわけですよ~」


「ほ、ほう」


 自然とその人物が誰なのか気になる展開。

 だがファティマは急に話を変える。


「あ、ちょっと聞きたかったことがあるのです~。

 イング王国の国名の由来となった『イング』に関してです~」


「え? ああ、はい」


「これはクラマ様から聞いた話なんですが、イングというのは豊穣神である『イング神』が由来になっていると聞きました。

 そしてイング王は【豊穣神イング】のルーンを持つと」


 アイナは話の展開についていけず「いや、まあそういうお伽噺はあるけど」と言う。


「ふふ、恐らくお伽噺ではありませんです~」


「へ?」


「オセラシアとイング王国の国境があれほど異なるのは、【豊穣神イング】のルーンのせいです~。

 そうでなければ、豊穣なる森からいきなり荒野になる説明が尽きません」


 インベントは「ハハ、確かにバイオームみたいなもんにゃ」と呟く。

 アイナが「なんだって?」と尋ねるが、「こっちの話~」とあしらった。


「まあ、【豊穣神イング】のルーンがあると信じる理由はもう一つあるんです~。

 【豊穣神イング】のような特別なルーンを他に知っているからです~」


「特別なルーン?」


「【故郷オセル】というルーンがあります」


 インベントが「オセル……オセル……オセラーーシア」と呟く。


「ふふふ、お気づきの通り『故郷オセル』のルーンは国名の由来にもなっています。

 そもそも『オセラシア』とは『【故郷オセル】が護る大地』という意味なんです~。

 ちなみに先代の王であり天下泰平に導いた豪王、ダイバ・オセラシア・ハイテングウも【故郷オセル】のルーンの所持者でした。

 この国において【故郷オセル】のルーンは絶対的な意味を持ちます」


 ここでアイナがあることに気付いた。


「あれ……ハイテングウって。

 クラマさんもハイテングウだよな?」


「ふふふ、そうです~。

 クラマ様はダイバ様の実子です」


「ああ~そうなんだ。

 つまりクラマさん王族ってことか」


「そうですね~。

 ま、クラマ様が王になってくれれば良かったんですけどねえ……」


 大袈裟に落ち込むファティマ。


「血筋的にも名声的にもクラマさんが王様になりそうなもんだけどな」


「なはは~、実はオセラシアには困ったルールがあるのです~」


「ルール?」


「先ほどもお話しした通り、オセラシアでは【故郷オセル】のルーンが非常に大きな意味を持ちます。

 ゆえにオセラシアの王は【故郷オセル】を持つ者が担うことになっています」


「へえ~」


「そして先代のダイバ王が逝去された年――

 その年に産まれたとある子どもに【故郷オセル】のルーンは宿りました」


 ファティマはおもむろに立ち上がり、窓の外を指差した。

 その先には、巨大な塔と巨大な虎の石像。



「その子の名はゼナムス。

 あの忌々しい虎の像をつくった男であり――

 クラマ様の孫――

 そして――


 もっとも『星天狗ほしてんぐ』を憎む男です」

ネット小説大賞一次選考突破いたしました。

いつも読んでいただきありがとうございます。


そろそろインベントが活躍します。

いつもとは――違った方法ですけど。


広告の下の☆☆☆☆☆から応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネット小説大賞一次選考突破おめでとうございます。これからも応援しております。 [気になる点] 鴉天狗も憎まれそう [一言] 毎日更新が嬉しいです。
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