尋問と剣
アイナがおっさんに対しイング王国出身であること話した。
予想以上に驚いているおっさんを見て――
(あ~、イング王国とオセラシアってほとんど交流無いから、言わないほうがよかったか)
軽はずみに言うべきでは無かったと反省しつつも、些細な事だと思っていた。
大事になるなんて夢にも思わない。
だが――
「お、お前たち本当にイング王国から来たのかよ!?」
先ほどまで柔和だったおっさんが、険しい顔で指差す。
インベントがアイナの袖を引っ張る。
「なんか良くない感じがするよ」と耳打ちするインベント。
アイナも同じように感じていた。
立ち去る、というよりも逃げ去るか迷うアイナ。
だがもう遅い。
おっさんが「おい! 衛兵! 来てくれー!」と近くにいた衛兵を呼びつけたのだ。
「どうした?」
険しい顔の衛兵が二名が近寄ってきた。
おっさんが「こいつらイング王国の人間らしい」と伝える。
すると弁明の機会も無いまま、アイナとインベントは連れていかれてしまった。
まるで犯罪者扱い。
状況が理解できず慌てるアイナ。
逆にインベントは静かだった。
たった一言――
「イベントかしらねえ」
と呟いた。
****
インベントとアイナはとある一室に連れていかれた。
四人用のテーブルにオセラシア国軍と名乗るふたりと向き合うように座る。
インベントとアイナの背後には屈強な男がふたり。
好意的ではない表情で、腕組みしつつインベントたちを見降ろしていた。
完全に――取り調べである。
そこから押し問答のような取り調べがスタートした。
まず本当にイング王国から来たのか? という点で一時間以上時間を費やした。
そもそもイング王国とオセラシア自治区はほぼ交流が無いに等しい。
唯一行き来しているのはクラマのみである。
アイナが「アイレドって町からサダルパークに向かった」と言ってもアイレドの町など知らないのだ。
イング王国の人間がオセラシアのことをほとんど知らないように、オセラシアの人間もイング王国のことをほとんど知らないのだ。
尋問官が「ヤーカムの町から来たのでは無いのか?」と尋ねる。
アイナは「や、ヤーカム?」と聞いたことがあるような無いような地名に目を丸くする。
インベントが思い出したように話し始める。
「ヤーカムって言えば、現シュトリアの町だよ。
大昔に併合したんじゃ無かったかな」
「あ~あ! そんな話聞いたことあるな!
お、お前よく知ってんな~!」
「昔、父さんが言ってた気がする。
ほら、運び屋の仕事してるとさ~、色々と地名にも詳しくなるでしょ。
俺って運び屋だからさ」
インベントは自身が運び屋であることを強調する。
アイナはなぜなのかわからず混乱するが、インベントのことを気にしている場合では無かった。
尋問官が――
「ゴホン! 勝手に話を進めないでもらおうか?
とにかくヤーカムの町では無いのだな?
ヤーカムの町にはオセラシア自治区との友好の証となる石碑があると聞いているが?」
「インベント、知ってるか?」
「知らなーい」
とにかく話が進まない。
イング王国のアイレドという町の出身であること。
クラマに要請されてサダルパークの町に戦力として駆け付けたこと。
アイナは可能な限り正確に話を進めるが、信じてもらえない。
そもそも――クラマと知り合いであることから疑念を持たれている。
なぜなら――
「クラマ様は十年以上前からイング王国に行っていない」
と言い張るのだ。
三時間以上の時間を費やしたものの、クラマに来てもらわなければ話にならないという結論に至る。
そして――
「クラマ様は多忙のため、いつ戻ってくるかわからん。
あと、こういうご時世だ、ふたりの身柄は拘束させてもらうぞ」
「はあ~!?」
アイナは苛立った。
当然である。
なぜ来たくも無いオセラシアまでやってきて、尽力して、結果、拘束されなければならないのか。
「そもそもなんでイング王国を敵視してんだよ!
詳しくは知らねえけど、イング王国とオセラシアってのは友好的関係なんだろ!?」
アイナの認識は正しい。
イング王国とオセラシア自治区は交流こそ無いが、友好関係を構築している。
だが――
そんな常識がつい最近崩れてしまっているのだ。
「俺たちもそう思っていた。
だが、イング王国が敵意を向けてきた以上、然るべき対応をせねばなるまい!」
「て、敵意? 敵意なんて向けてないだろ!?」
尋問官は非常に険しい顔でアイナを睨む。
「お前たちはサダルパークの町は無事だと言うがな、俺は信じていない。
なにせタムテンの町は滅ぼされてしまったからな。サダルパークが無事だとは思えん」
アイナが「いやだから」と話そうとするが遮られる。
「それほど脅威だったのだ。あのハウンドの群れは。
そう――イング王国が放ったハウンドの群れはな!」
「は!? 放った?」
「そうだ!
あの青や白のハウンドモンスターは確実にイング王国から来ている。
イング王国はモンスターの研究が進んでいるそうだな。
モンスターを使ってのオセラシアに対しての攻撃は、許されることではない!」
突飛な妄想にアイナは一瞬思考停止する。
「い、いやいや! モンスターをオセラシアにけしかけたっての?
無理無理! そんなことできるわけない……できるわけ……」
モンスターを利用するなどできるわけがない。
そもそもイング王国だって日夜モンスターの脅威にさらされながら生活しているのだ。
だが――
アイナはルベリオや種馬と呼ばれていた巨大なハウンドモンスターを思い出す。
(ル、ルベリオがやろうとしてたのは、モンスターを使ってオセラシアを攻撃しようとしていたんじゃなくって、オセラシアとイング王国を戦わせようとしてるってことか?
え? なんで?)
妄想が繋がる。
もしも――ルベリオがイング王国の人間だとすれば、オセラシアの主張は妄想とはいえなくなる。
そんな迷いが生じたアイナの顔を見て「やはり心当たりがあるんだろう」と言い捨てた。
「ち、違う。と、とにかくクラマさんと話を――」
アイナの叫びは無視され、尋問官は「連行しろ」と冷たく言い放った。
だが、ここで、ほとんど会話をアイナ任せだったインベントが手を挙げる。
「あの~」
「なんだ、話はもう終わりだ」
「あ、そうですね。
クラマさんがいないと話は進まないと思うので、話は終わりで大丈夫です」
「む? ではなんだ?」
「いや~、私、運び屋なものでして」
インベントは背後の二名に「あ、大丈夫ですからね」と声をかけた後――
二本の剣をゆっくりと取り出した。
極々普通の剣が二本。
一本は装飾が全く無い無骨な剣だが、もう一本は少しだけ――といっても多少装飾された程度の普通の剣。
(い、インベント? なにしてんだこいつ?)
驚くアイナを無視して話を続けるインベント。
「一応ですね。
運び屋なんですが、こちらは護身用の剣なんです」
「ほう」
尋問官はアイナの予想以上に興味深く剣を眺めている。
「えっとですね。拘束されるみたいですし武器とか持ってるとよくないですよね?」
「む? まあ……そうだな」
「ですのでそちらの二本の剣は処分してもらえますか?」
「処分……していいのか?」
「ええ、まあ返してくれてもいいですけど。
ちなみに、こちらは贈答用の剣でして、クラマさんにでも渡そうかと思ってました」
そう言ってインベントは装飾された剣の方を指差す。
「そ、そうか」
「もしよろしければ、ご迷惑かけてしまったお詫びとして差し上げます。
もちろん捨ててもらっても構いません……わ」
インベントは微笑んだ。
「よかったら、触ってみてください」
勧められるがまま、尋問官は剣を手に取る。
そして鞘から剣をゆっくりと抜く。
鍛えられた剣、独特の鉄の輝き。
インベントとアイナからすれば見慣れた一品。
だが――
「おぉ……これは……素晴らしい」
剣の輝きに魅入られている。
それは尋問官のふたりだけではなく、インベントの背後にいるふたりも同様に。
険悪なムードで終わるかに思えた尋問タイムは、インベントの突然の提案によりなんとも言えない雰囲気で終わった。
九章は格ゲー要素多目でした。
さて十章は?




