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虎と失言

 インベントとアイナはナイワーフの町へ。


 道中――サダルパークの町から離れれば離れるにつれ、モンスターの群れが増えていく。

 インベントのテンションは鰻登り。


 モンスターに引き寄せられるようにインベントの高度が下がっていく。

 アイナが何度も何度も「まずはナイワーフの町まで行こうな」と語りかけ、どうにか高度を維持する。


 途中、サダルパーク同様にモンスター大量発生の被害を受けたタムテンの町を通過した。

 壊滅的な打撃を受け、破棄された町であり、避難が完了しているためもぬけの殻。


 魂が抜けた町を見たアイナは少し侘しい気持ちになった。

 と同時に、サダルパークの町を救う一助になれたことを少し誇らしく思うのだった。


****


 サダルパークの町を出て四日目。


 サダルパークの町民に、ナイワーフの町は荒野の真ん中にあり発見は容易であることは事前に確認していた。 

 と同時に、ナイワーフの特徴として町沿いの河川が非常に美しいとの情報を得ていた。

 それ以外には中央公園が有名であることなどなど。


 だが――


「お、おい、インベント」


「う、うん」


「サダルパークの人たちは()()のこと一言ひっとことも言ってなかったよな? な?」


「う、うん。す、凄いね」


 インベントたちはナイワーフの町から少し離れた場所に降り立っている。


 モンスターにしか興味の無いはずのインベントでさえ、興味深くナイワーフの町を眺めていた。

 

 ナイワーフの町は規模はサダルパークの街よりも倍近く大きいが、街並みとしてはさほど変わらない。

 だが、たった一つの建築物が異彩を放っていた。

 なぜサダルパークの住人が誰一人話題にしなかったのか理解できないほどの象徴的な建築物。


 それは非常に巨大な塔。

 高さとしては四階建てぐらいだろうか?


 オセラシア自治区は基本的に平屋が多いため、大きさからくる存在感は圧倒的。

 だが特筆すべきは大きさではなく、()()である。


 装飾と言うには――あまりに巨大で、あまりに精巧なのだが。


「あ、ありゃあ、虎か?」


「うん、虎だね」


 まるで生きているかのような巨大な虎の石像が、塔に跨っていた。

 その表情は怒りに満ちており、今にも咆哮が聞こえてきそうなほど迫力がある。

 町の遠くからでも確認できる象徴的な建造物。


「さ、サダルパークの人たちは、誰もあのトラちゃんのこと言ってなかったよな」


「うん」


「川とか公園なんかより、アレのこと言えよな……」


 「そうだね」と相槌を打ちつつ、首を傾げるインベント。


「ねえねえ」


「ん?」


「あの虎もだけど、塔も結構新しくない? まるでつい最近造られたみたいな」


「んあ? た、確かに妙に綺麗だな。

 で、でも最近ってことはないだろ。モンスターいっぱいでてんやわんやしてるって話だし。

 ハ、ハハ! 職人さんが毎日磨いてんじゃねえか?」

 

「そもそも、あれ、どうやって造ったんだろ?

 塔はまあわかるけど、あんな巨大な虎、どうやって?」


「そ、そりゃあ……」


「造ってから乗っけた?

 あんな巨大なものをどうやって?

 そもそものそもそも、あんな巨大な石像って造れるものなのかな?

 すっごく巨大な石から削り出したのかな?」


「うぇ~……わ、わかんねえな」


 塔は他の建造物に比べて二歩三歩進んだ建造物だが、理解の範疇。


 だが重機があるわけでもないこの世界で、どうやって造られたのか想像できない代物。

 常識を大きく逸脱した虎の石像。


「……本当はモンスターだったりしてね。ウヒヒ」


「ま、まさかあ~」


 ありえない。

 が、否定するにも否定しきる材料が無い。


「モンスターが石化……ウフフ、それはそれで中々」



 インベントは上機嫌でナイワーフの町に入っていった。


**


 ナイワーフの町の中は殺気立っていた。

 筋骨隆々とした男たちや、弓の手入れに勤しむアマゾネスのような女性が至る所に。


 戦争でも始まるのではないかという雰囲気に――


「こりゃ、観光するって雰囲気じゃねえな」


「そうだねえ」


 サダルパークの自警団とは全く違う。

 戦士たちが集っている。


 アイナは邪魔にならないように町を歩く。

 インベントはついていく。


「いやはや、おっかねえなあ。

 だけどまあ、これだけ人員を集めてれば問題なさそうだな。

 大物でも狩れるだろ、これならさ」


 インベントは鼻で笑うが、喧騒に掻き消えていく。


「さあ~て、クラマさんでも探すか。

 ここにいればいいんだけど、まあ手がかりぐらいあるといいな」


「そうだね。

 とりあえずあの塔まで行ってみない?」


「お、そりゃ妙案。出発~」


 アイナは兵士たちを横目に見つつ、塔に向かって歩き始めた。

 なんともいえない違和感を覚えつつ。


(な~んか引っかかるな。

 なんだろう……う~ん……わかんねえ)


**


 塔に近づいたものの、一つしかない入り口には兵士らしき男が四名体制。


「入れる感じじゃねえな」


「門番の人は、なんかちゃんとした兵士っぽいね」


 アイナは「そうみたいだな、しっかし高えな~」と塔を見上げる。

 インベントも見上げ、虎の像を見てニヤニヤする。


 そんなふたりに近づくおっさんがひとり。


「ガハハ、なにしてんだ? ボウズにお嬢ちゃん」


 白髭を蓄えた、日に焼けたおっさん。

 顔は年相応だが、鍛えられた肉体は年齢に抗っている。


 情報不足のアイナにとって、目の前のおっさんは渡りに船だと思い笑顔で話しかける。


「いやいや~凄い建物だと思ってですね~」


「ガハハ、なんだなんだナイワーフに来たのは初めてか?」


「あ、そうなんです~」


「こんな時期に珍しいな。輸送団の新人ってとこかぁ~?」


「いやまあ、そんなところです」


 おっさんは軽く周囲を見回した後――


「ガハハ、なるほどなあ。だから()()()の見物か。

 俺はペルゲの町から来たんだが、来たことあるか?」


「いや~行ったことないですね」


「そうかそうか。いいところだぞ~

 今の時期は見渡す限り金色の草原。なにより飯が上手くて、女が美人だ。

 な~のによお、()()なんて造りやがって。

 まったく……台無しだぜ! ()()()のせいでな!」


 アイナは手を挙げる。


「なあなあ、おっさん。

 ()()()とか、()()ってなんだ?」


 おっさんは顔をしかめ「んああ?」と驚きを隠せない。


「おいおい、()()()は、まあ最近だけどよお。

 ペルゲの()()って言えば有名だろうが」


 アイナは頭を掻いた。

 オセラシアの常識など知る由もないからである。


「い、いや~。サダルパークにはそういうの無いから」


 おっさんは目を潤ませ、泣き顔になる。


「おお、おお、サダルパーク出身なのか。

 そいつは大変だったなあ。町を失ったのは辛いだろうが……頑張れよ。な」


「え? ええ? あ~ああ」


 まさかサダルパークが壊滅したことになっているとは思わず、狼狽するアイナ。


(て、適当に話を合わせようと思ったけど、だめだこりゃ。

 軽く流してこの場を去るとするか)


 アイナは虎の石像を指差した。


「そ、そんなわけで、この虎のこともよく知らねえんだ。

 なんだっけ、()()()だっけ?

 『トラ』は『虎』のことかな? 『グ』はなんのことだ」


 おっさんは「()って言ったら愚か者の()に決まってんだろ」と鼻で笑う。


「え? 愚か?

 つ、つまりこの立派な虎さんは『愚かな虎』って意味なの?」


「カア~、立派な虎だァ!?

 お嬢ちゃん、冗談でもそんなことを言っちゃいけねえよ!

 ゼナムスが道楽で造ったこんなゴミクソを立派なんてよう!

 ったくロクなことしねえぜ、ゼナムスの野郎は!」


 アイナは「ゼナムス?」と呟く。


(あっれえ?

 聞いたことがある……けど、誰か知らねえな。

 なんだっけな……あ~思い出せねえ)


 アイナは虎ばかりみているインベントに――


「おい、ゼナムスって誰だっけ?」


 インベントは「知らない」と素っ気なく返す。

 だが――


「んああ!? ちょっと待て!

 ゼナムスを知らねえ!? そんな馬鹿な!」


 ゼナムスはオセラシア自治区の人間であれば、誰もが知る有名人のようである。

 アイナは少しだけ焦る。


 焦って――口走った。


「いやあ、実はアタシたちイング王国から来たんですよ~、アハハ~」


 それを聞いたおっさんは、後ずさり、狼狽する。


 そして震える声で――


「イ、イング王国だとお!?」


 と叫ぶ。





 失言だったと気づくにはもう遅かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] てっきり快楽殺人と暗殺の容疑で収監されたのかと思いました。
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