エピローグ
大森林の小さな家。
大樹を利用して造られたアドリー特製の家である。
ルベリオはベッドの上で目を醒ます。
「――やっと起きたさ。クソガキ」
ルベリオは横たわったまま、アドリーを見る。
「ハア……寝起きにババアの顔なんて見たくないねえ。
それにしても……ああ、身体が重い。特にお腹の中はかき回されているみたいだよ。
あ~あ、やんなっちゃうよね」
アドリーは溜息をつきながら「それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫さ」と言いながら水の入ったコップをルベリオの近くに置いた。
ルベリオは渋い顔でアドリーを一瞥し、顔を背け、不満げに溜息交じりながらも「まあ……世話をかけた」と言う。
「ハッ、キモチワルイさ。あ~キモい。
礼なんていいから、さっさと出ていって欲しいさ」
「うるさいな……わかっているよ。
ここ長居するつもりはない。
まだ動くのは辛いけどね。
――しかし、まさか看病してくれたとはねえ」
ルベリオは上半身が裸であることからアドリーが対処してくれたことを悟る。
ルベリオは笑い――
「てっきり、どこかに放置するかと思ったよ」
「ハッ! そうしたかったのはやまやまさ。
ま、さすがに放置して死なれたら、お父様が悲しむさね。
それに看病なんてしてないさ。汚え服のままベッドに入れたくなかったからね」
「なるほどね。
動けるようになったらラーエフにでも治してもらうよ」
「ヒヒヒ、あのジジイがちゃんと治すかねえ?
ま、三日も寝てたんだ。ちゃんと治した方がいいさね」
「――三日も寝てたのか」
「そうさ。
お陰でこっちは足止めされて迷惑極まりないさ。
それより喋る元気はありそうさね。だったら事の顛末を話すんだね。
種馬は脱走。そんでもってお前が三日も寝込むほどの重傷を負って、私に頼る事態にまで陥った。
こんな異常事態があるかい? お父様にも急いで報告しなければならないよ」
ルベリオは顔を顰めた。
「もとはと言えば……まあいい」
「あ?」
「とにかく話すよ。あの日、何が起こったかを」
**
ルベリオはあの日の顛末を語り終えた。
『偶然、突然、インベントがやってきた』という嘘から話し始めたが、それ以外はありのままに語るルベリオ。
話を聞き終えたアドリーは――
「――にわかに信じられねえな」
「なんだい? ボクの話が嘘だとでも?」
「いや、種馬に関することはまあ納得したさ。
ま、アレを単独でぶっ殺せるほどインベントが強いとは思わなかった……が。
いやまあ……それよりも」
アドリーは顔を歪ませる。
「なんだよ?」
「チッ。お前を圧倒したってのがどうにも信じられないのさ。
インベントは確かに強かった。だが……お前に勝った?
それも素手で? それも圧倒的に?」
アドリーはルベリオの強さを知っている。
だからこそインベント相手に負けたことが信じられないのだ。
ルベリオはアドリーを指差した。
「そこだ。そこだよクソババア」
「あ?」
「キミさあ、インベントに勝ったって言ったよね?
殺したって言ったよね?」
「は? ああ、まあな」
「アハハ、ァハ……。
わ、笑うと。お、お腹に響くね……。
インベントにキミが勝っただって?
冗談だろう?
キミが勝ったなんて嘘をつくからボクも油断したんだよ。
すっかり騙されたよ。
本当はインベントに負けたんだろ?
本当は命辛々逃げたんじゃないの?
ったく、殺したなんて言うからさ。すっかり騙されたよ」
「だからさ! 何度も言ってるだろうさ!
私は嘘なんてついていないさ!」
「どーだか。
そもそも殺したはずのインベントが生きてる時点でやっぱりおかしいよね?」
「背面からナイフを突き刺したら人間は死ぬもんさ!
絶対に背面からナイフをブスっと刺したさ!
って何度も話しただろうが」
「フン……ま、これ以上は不毛か。
とりあえずインベントは想像以上に危険人物ってことだよ。
ああ、なんか疲れた。そろそろボクは休むよ」
ルベリオは水を飲む。
「ああ。
しっかし妙さね」
「妙? なにがだい?」
「いや、お前が話していたインベントと私が戦った時のインベント。
戦い方……というか印象が全然違うと思っただけさ」
「違う? どこがさ」
アドリーが小さく唸る。
「まあ……色々あるさ。
私の時は、すり抜けなんて使ってこなかったし。
あえて武器無しで戦ったってのも気持ちワリいさ。
躊躇なく人を殺しにくるようなやつだったからね。
そんな舐めた真似してくるようなやつじゃなかった気が――」
「ああ、快楽殺人者だとか言ってたね。快楽殺人者とは思えなかったけどね。
異常者ってのはまあ……その通りだったけど」
「う~ん……やっぱりお前が相手の時と、私が相手の時とまるで別人のようさ。
いや、もしかしたら私のことは殺すように命令されてたのかもしれないさ。
あ~でもなあ……。
ついでに言うとガンガン接近戦してきたってのが、信じられねえのさ。
あのガキはどっちかと言えば中距離がメイン。
武器をぶっ飛ばし……ってお前、鉄の塊でトドメ刺されたんだったな。
訳の分からねえ動きで撹乱した上で接近戦ってのはわかる。
だが接近戦が得意な感じじゃなかったはずさ。
剣の振り方とかはお粗末だった。
それなのにあえて接近戦? それもお前相手に?」
記憶とルベリオの話すインベントの食い違いに混乱するアドリー。
そしてせせら笑う。
「んでもって女口調だ?
ハッ、やっぱりまるで別人じゃねえか」
ルベリオはハッとする。
(そうだ……まるで別人。
それに……戦い始めた時は確かに中距離戦がメインだったね。
ボクの間合いに入ろうとしなかった。
アドリーが戦ったインベントと合致する。
だけど、変わった。どこで?
そう――あの瞬間だ)
ルベリオは鮮明に思い出す。
アイナがインベントの背中に飛びついたシーンを。
(忘れていた――いや、その後の印象が強すぎたのか。
あの女がインベントの背中に飛びついた後、全てが変わった。
性格も、戦い方も)
アイナがなにをしたのかはルベリオは知らない。
だがインベントとアイナには何かしらの深い繋がりがあるのではないかとの結論に至る。
ルベリオはくつくつと笑い――
「魔獣使い――いやインベント使いといったところかな?」
と小さく呟いた。
「あ? なんか言ったか?」
「いいや。なんでもないよ」
そして、笑顔で眼を閉じる。
(インベントの強さの鍵は、あの女にあることは間違いなさそうだ。
だったら――フフ。
主人を失ったら――――魔獣はどうなるのかなあ?
ウフフ。フフフフフフフ)
****
一方――
「い、痛い! ぜ、全身痛いよー!」
ルベリオとアドリーが逃走した後。
インベントは悶え苦しんでいた。
「お、おい、どうした? 怪我したのか?」
「わ、わかんないけど、全身が痛いー!」
急に襲い来る激痛。
と言ってもルベリオからは腹部に強烈な一撃を喰らっただけである。
ではなぜ全身が痛いのか?
その痛みは、全身の筋肉や関節の痛みである。
インベントはルベリオとの戦闘中、丸太で肉体を押し出すことによって移動から攻撃、回避に至るまで動きを制御していた。
だが丸太による自爆ダメージは多少あるが、全身の痛みの原因かと言われればそうではない。
多少の打撲程度。
前段として、インベントは格闘技など全くやったことがない。
そんなインベントが、天を衝くような蹴りを繰り出せばどうなるか?
空を引き裂くようなパンチを放てばどうなるか?
答えは簡単――――筋肉が悲鳴をあげる。悲鳴と言うよりも絶叫に近い。
「こむら返り」という言葉がある。
「こむら」とはふくらはぎのことであり、「こむら返り」はふくらはぎの筋肉が何かしらの理由で痙攣することだ。
そして「こむら返り」はもれなく――痛い。激痛である。
インベントは現在――言うなれば「全身こむら返り状態」なのだ。
「ど、どこが痛いんだよ?」
「あ、足……い、痛い!
あ、やば、やば、腿! 背中アアァ!
か、肩ァ!? 足、やっぱ首ィ!?」
全身の痛みに悶えるインベント。
まるで凍えているかのように全身を震わせている。
戸惑うアイナ。
「お、おいぃ。しっかりしてくれ~。
あ~やばい、やばいぞインベント」
アイナはインベントを心配する。
全身痛がる異常事態。
だがそれよりも問題が迫っていた。
空が――赤く染まってきているのだ。
このままでは森の中で野宿である。
この後、インベントに無理をさせてサダルパークの町に帰るふたり。
どうにかサダルパークに到着したのは深夜。
夜な夜なインベントの部屋からは悶える声と、ベッドが軋む音が聞こえてきたのだ。
「……ヤってるな」
「……ヤったな」
「……ヤったにゃ」
「……ヤりすぎ」
第九章 オセラシア防衛戦線 完
読んでいただきありがとうございます。
これにて九章完結です。
十章はこの物語のターニングポイントになる……かもしれません。




