Extra Round
徹甲弾を腹に喰らったルベリオは、立ち上がれないほどのダメージを受けていた。
だがルベリオとしては幸いなことに、インベントはルベリオに対し興味を失っている。
「――オンオフどうすりゃいいのかしらねえ?」
ひとりでなにかを呟いているが、とどめを刺すつもりはないようだ。
(つ、捕まるわけにはいかない。に、逃げなければ。
……だけど……ちょっと遠いな。
もう少し時間が欲しい。回復する時間が。
なのに…………本当に忌々しいね)
ルベリオはインベントのそのまた先を睨んでいる。
遠くで声が聞こえてくる。
「インベント~、どこだ~。
ちゃ、ちゃんと勝ってるか~?」
そう、アイナである。
アイナが【伝】で『ルベリオはモンスター』だと言い聞かせた直後――
インベントは意味不明な発言を連発しつつもキレのある動きでルベリオを翻弄していた。
その点は安堵していたアイナ。
だがインベントはアイナのことを気にもかけずルベリオと戦っていた。
そして戦いに巻き込まれないように遠目から見ていた。
その結果――見失ったのだ。
当然焦るアイナ。
なにせアイナは左腕が折れている。
無理すれば走ることはできるが、もしもモンスターと遭遇すればひとたまりもない。
「こ、こっちか~? 返事しろお~。
ぎゃ! な、なんだあ、風の音か。
ど、どこだ~、い、インベント~や~い」
非常に危険な迷子状態のアイナなのである。
だがアイナの声はインベントたちに届いている。
合流するのは時間の問題。
(まずい……あの女がこの状態のボクを見たら捕獲してくるだろう。
やっぱり、殺しておけばよかったみたいだね。
……クソ)
焦るルベリオ。
だが身体はまだ満足に動かない。
それでも――逃げる以外に選択肢は無かった。
インベントが「ここだよ~アイナ」と叫ぶ。
数秒後にはインベントとアイナは合流するであろう。
(もう……やるしかないみたいだね)
後は腹部の激痛を我慢しつつ、静かにインベントに気付かれないように距離をとる。
ベストはそのまま隠れてしまうこと。
かくれんぼならばルベリオの独擅場だ。
じりじりと距離をとる。
誤算だったのは、アイナが思ったよりも走りが速く、早々にインベントと合流してしまったことだ。
インベントと合流したアイナは――
逃げ隠れようとしているルベリオと目が合ってしまった。
アイナは状況がわかっていない。
だが――
「お、おい、アイツ逃げるぞ!」
かくれんぼから――鬼ごっこへ変わる。
**
「ハア! ハア! ハア!」
捕まれば終わり。
ルベリオは痛みを無視して走った。
森林地帯を駆け抜けるルベリオ。
だが逃げきれない。
「お、追え! あそこだ!」
アイナを背負ったインベントが猛追する。
トップスピードはインベントのほうが速い。
ルベリオは木々の合間を縫うように走り、なんとか捕獲を免れている状況だ。
ルーンでインベントの位置を完璧に把握できているからこそ、ギリギリ逃げられている。
だが――追う側よりも追われる側のほうが消耗するものである。
ルベリオの体力、そして痛みを無視している気力はいつ限界がきてもおかしくなかった。
「クク、ハアハアハアハア!!
もう少し……もう少しなんだァ!」
追い詰めているインベントたち。
インベントがルベリオを軽く攻撃すれば、この鬼ごっこはすぐに終わる。
だがインベントはルベリオに対して興味を完全に失っている。
「ルベリオを追うぞ!」とアイナが言うので、機械的に追っているだけ。
(「捕まえろ」って言うべきだったか。
言ってもいいのか? でもむやみに接近させるのは危険か……)
インベントとルベリオの戦いの経緯がわからないアイナ。
インベントがほぼノーダメージで勝ったことも知らない。
ルベリオの独擅場かと思われた接近戦で圧倒したことも知らない。
指示を出すには情報が少ない。
あえて接近させて返り討ちにあう可能性も考えているアイナ。
結果――アイナは現状維持を選択した。
(ルベリオの動きは悪い。どっか怪我してるな。
それに比べてインベントはピンピンだ。
先にへばるのはルベリオだ。もう少しこのまま追いかければ――)
アイナの見立ては正しい。
だが一つだけ忘れている。
相手がルベリオであるということを。
突如――
「15秒!!!!」
ルベリオが叫ぶ。怒号のように激しく。
まさかルベリオが叫ぶとは思わず、アイナは目を見開いた。
「い、いま、なんて言った?」
「う~ん……じゅうごびょう――かな。
15秒?」
なぜルベリオが叫んだのか?
それがわかるのは――まさに15秒後だった。
ルベリオは急停止からの急旋回。
腹部が張り裂けそうになる痛みを堪え、インベントを引き離す。
続けてルベリオはある大樹目掛けて走る。
そして大樹の幹に向けて――叫んだ。
「逃げるぞ! クソババア!」
――と。
直後――大樹の幹が中心から裂けた。
裂け目から、灰色の髪に、透き通るような白い肌をした少女が現れた。
幻想的な登場シーン。
だが、その表情には鬼が住み着いていた。
極限まで歪ませた少女の顔。
「なんで連れてきたのさ!? このクソガキが!」
アドリー・ルルーリア。
『軍隊鼠』の発生源を探しに来たインベントと戦い、【樹】のルーンで木々を操り――インベントを殺しかけた少女(39歳)。
インベントとアドリーの視線が交錯する。
「やっぱり――生きてやがったし!! インベントォ!」
アドリーは自身が入っていた大樹に両手を触れたままにしている。
いつでも大樹を操れるように――
「枝雨!!」
大樹から枝が伸びる。
まるで空中に根が張ったかのように大量の枝がインベントを襲う。
それに対し――
(……『人型モンスター』)
インベントはアドリーを――いやアドリーを思い出す。
つまり――『ぶっころスイッチ』がONになる。
インベントは急停止からの急反転。
しつつ――枝の合間を縫って槍を続けて三本発射する。
枝雨が逆にアドリーの視界を遮り、槍が飛来してくることに気付けないアドリー。
だが――アドリーには幽結界がある。
直撃する可能性は極めて低い。
だがしかし、それよりも早く――
「バカ! 逃げるんだよ!」
そう言ってルベリオは乱暴にアドリーの手を引いた。
大樹に刺さる槍。
アドリーはルベリオを睨みつける。
「バカはテメエだ! なんで逃げなきゃいけない……のさ?」
アドリーはルベリオを見る。
ルベリオの衣服は汚れ、その汚れは自らの血や吐瀉物も含まれている。
明らかに弱っている。ボロボロのルベリオ。
(このルベリオがこんな状態になってるの、見たこと無いさ)
異常事態であり緊急事態であることをアドリーは認識する。
舌打ちし、目線をルベリオからインベントに戻すアドリー。
「……どうするのさ?」
「全力で逃げる。ババアはとにかく遮蔽物を。
ボクはインベントの位置を正確に把握する。
ババアとボクならば逃げるぐらいならできるはずだ」
アドリーは「しょうがないさね」と言いつつ、再度大樹に触れた。
「異常成長」
枝雨で伸ばした枝から葉が所狭しと生い茂り、インベントの視界を遮った。
インベントは立ち竦む。
(既視感のある光景だな)
初めてアドリーと戦った時のことを思い出すインベント。
そして戦いの最後、背面から致命傷を負ったことも思い出す。
(相手が見えないのは危険だな)
インベントは背後を確認後、飛び上がる。
アドリーを探しつつ、反撃を警戒するインベント。
だが、反撃はいつまで待っても来なかった。
九章、後一話です。




